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第17話 『失われた青春がそこに』

 ガンッと刃と刃がぶつかり合う音が響く。


 ユーリの細腕からは想像できないほどの重い一撃が来ると知っているはずなのに、実際に剣で受け止めると腕がしびれる。


(たぶん、体幹が優れているのだろう。体の重心が安定しているから、鋭い技が繰り出せる)


 ロズウェルがユーリに勝っている点は、純粋な力比べと、小手先の悪あがきくらいか。


「はッ!」


 気合を入れて剣を振り落とし、ユーリの右肩を狙う。彼女は表情を変えないまま、剣を両手で握ると、ロズウェルの攻撃を受け止める。


 かと思いきやロズウェルの勢いに合わせて剣を後ろに引き、ロズウェルの体勢が前のめりになった瞬間、左蹴りを入れてきた。


(おっと!)


 ロズウェルは寸前のところで身をひるがえして避ける。


 ユーリは片足立ちをしながら不敵に微笑んでいるが、いくら黒タイツを履いているとはいえ、膝丈より短いスカートにはあとで物申したい。


 ふう、と息を吐き、再び剣を構えて彼女の間合いを見極める。


 ロズウェルのほうが手足が長い。間合いは彼女より有利のはずなのに、距離をつめても簡単に引き離されてしまう。


 そこで一拍置いてフェイントをかけてから間合いをつめようとするが、腕の死角からユーリが懐に飛んできて、ロズウェルの胴に剣の腹を添えた。


(速い)


「はい、真っ二つ」


 すれ違い際、彼女がささやいた。ロズウェルは眉をひそめてから背後に向かって剣を横に振り回すが、かすりもしなかった。


 再び距離を取って剣を構え合う。


(音もなく忍び寄って来るし、なんなんだこの強さは)


 ロズウェルはわずかに息が上がってきたが、ユーリは平然としている。


「魔法を使ってもいいわよ」


 ユーリの挑発的な提案に、ロズウェルは苦笑する。


「やめておくよ。君に追いつくためにも!」


「上等‼」


 今度はユーリから攻めてきた。彼女の攻撃を必死に避けていくが、さばききれない。一本の剣なのに、まるで二本の剣で攻められているくらい、反撃の隙がない。


(じゃあ僕も二刀流にすれば……!)


 オスカーの戦い方を真似て鞘を右手に持ち、長剣を左手で持って構え、今度はロズウェルから猛追する。しかし簡単にいなされてしまう。


「悪いけど、私の剣の師匠はトバリさんなの。トバリさんは――二刀流よ」


 どうりで敵わないわけである。


 ロズウェルはなけなしの悪あがきで、体勢を立て直すために砂埃を散らせて距離を取ろうとするが、上から足を踏まれてしまった。無理に動けば関節を痛めそうだ。


 ロズウェルが冷や汗をかきながらにっこりと微笑めば、ユーリもにっこりと微笑む。


「足癖が悪いのは意外ね」


「それはどうも」


「でも使い場面はもっと見極めないと」


 そういって彼女は瞬時にベルトから鞘を外すと、鞘でロズウェルの頭をぽこっと軽く叩いた。




◇◆◇

「はい、では採点します」


「アリガトウゴザイマス」


 ロズウェルは片言になりながら、地面に膝をついて座る。目の前でユーリが仁王立ちしていた。


 いつの間にかお昼時になっていて、食堂でくつろぐ他の隊員からの視線が痛い。


「あなたに剣術以外の戦闘経験があるのはわかったけど、剣を振りかぶるときの動作や足さばきがやっぱり遅いのよね」


「ごもっともです」


 魔導士のときは一対一で大型魔物とやり合ったり、戦士とやり合ったことがあるが、あのときはその場から動かなくても魔法で攻撃できた。


 頭ではこう動きたいというイメージが浮かんでも、体がそれに追いつかない感覚は、ロズウェル自身が一番わかっていた。


「ゼルツさんからの推薦状には、猪の魔物を七匹倒したと書いてあったけど、各個撃破で倒したのよね? 時間はどれくらいかかったの?」


「あのときは十五分くらいでした」


「本当に?」


「……罠を張った時間を合わせると三十分です」


「遅い」


 ユーリはいつにもなく覇気がこもった声で断言した。そして前のめりになってロズウェルを見下ろす。


「いい? 救助活動中に魔物に襲われることなんてざらにある。救助者を守りながら戦わなければならないから、各個撃破は難しいの」


「う、はい」


 ロズウェルは目をぎゅっと閉じて、苦茶を飲んだときのように顔を顰める。それを見て、ユーリはくすりと笑う。


「この一週間は日勤よ。毎朝ここで打ち合いをするから。早めに来てね」


「稽古をつけてくれるの?」


「あなたが私の初めての相棒なんだもの! 一緒に強くなってもらわないと!」


 浮足立ったユーリの声に、ロズウェルは素っ頓狂な声を上げる。


「え、僕が君の初めての相棒なの⁉」


「実はね。いつも誰かにくっついて三人で行動していたから。最近だとトバリさんとレイさんの班に混ぜてもらっていたの」


 先ほどレイノルドは半年前に入隊したとうかがっていたことを思い出した。つまりトバリがレイノルドを指導している姿をユーリに見せていたということか。


「私もまだまだ至らないところがあるから、一緒に頑張りましょうね! 大丈夫! あなたに伸びしろがあるのは十分にわかったから!」


(女神だ……)


 彼女の笑みが眩しすぎて目が開かない。


(言動に高圧的なところがあるとか、ちょっとポンコツ感がにじみ出るところが王太子に似ているけど……そこがなおさら可愛い)


 ちゃんと彼女の期待には応えなければと身を引き締める。


「最後にあなたからなにか言いたいことはある?」


 ロズウェルは「えっと」と視線を彷徨わせてから手を挙げた。


「じゃあひとつだけ」


「どうぞ」


「君のスカートの丈の長さなんだけど、もう少し長いほうがいいんじゃないかな」


「なっ……どこ見ているのよ。えっち」


「ちが、そういう意味じゃなくて! 僕の周りにいたのがローブとかドレス姿ばかりの女性だったから、目のやり場に困るというか。動きやすいのはわかるけど」


「だから黒タイツを履いているでしょう⁉」


「あ、こら! 見せるな見せるな」




◇◆◇

「あはは、面白いなあ。あの二人は」


 隊長室の窓に二人分の影があった。


 フレスカが中庭を見下ろして、声を出して笑った。その隣でトバリが壁の柱に寄りかかりながら「ロズウェルは尻に敷かれるタイプだな」と苦笑する。


 どこか呑気に見える二人の大人に対して、レイノルドは眉間にしわを寄せる。


「あの、なぜロズウェル・アークトゥルスの教育者がユーリさんなのですか?」


 つい問いかけると、フレスカとトバリは顔を見合わせる。やがてフレスカが悪戯心たっぷりの笑みを浮かべ、人差し指を立てる。


「組ませれば面白そうだと思って。ほら、失われた青春を見ているようだろう?」


 ずいぶんとおっさん染みた言い方に、レイノルドは眉を跳ね上げる。


「冗談ですよね?」


 呆れ声で問うと、フレスカは一拍置いてから「もちろん冗談さ」と肩をすくめた。


「ユーリは小さい頃からオルヌスにかかわっていて、そのくせ隊員の中で一番年下だろう? そろそろ可愛がられる後輩という立場を卒業させてもいいかな~と思ってね」


「……なるほど」


 フレスカは窓に引っ付いて「ユーリ! しっかりやるんだよ~」と激を飛ばす。


 レイノルドはふと目を見張った。


 トバリの表情がやけに穏やかだったからだ。彼の視線はフレスカとユーリのほうに向いている。


 この三人は街の外れの民家に一緒に住んでいる。


(まさか、隊員の中で噂されているフレスカさんとトバリさんの子どもがユーリというのは本当なのか?)


 しかしフレスカは男だという噂もあった。


 レイノルドは丸眼鏡越しからじっとトバリを観察する。途中で彼が視線に気づいて「なんだよ」と怪訝な顔をした。


 改めて髭面を見ると、ユーリとどこも似ていない。


(親子であってたまるか)


 心の中でキッパリ否定した。


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