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第15話 『おかしいな、感動の再会になると思っていたんだけど』

「初めまして。隊長のフレスカ・エニフだ」


 たゆたう海のような不思議な声だった。聞いているだけで緊張感が和らぐ。


「君のよき噂はゼルツ殿から聞いているよ。バルロのためにずいぶんと頑張ってくれたね」


 フレスカは立ち上がると、ロズウェルに手を差し出す。柔らかそうなのに、大きな手のひらだった。「ありがとうございます」と握手に応える。


「オルヌスは発足して十年のまだ若い部隊でね。ぜひ我が部隊で、君の知識と経験を生かしてほしい」


 フレスカは戦力、とは言わなかった。


 優しい声色に反して、この数か月で使い物にならなかった出がらしは捨てるぞ、という威圧を感じさせた。


 つい背中の産毛が逆立つが、ロズウェルは負けずと勝気な笑みを浮かべる。


「はい! 期待に応えられるよう頑張ります!」


「楽しみにしているよ。早速だが、君の指導者兼相棒を紹介しよう」


「指導者兼相棒、ですか?」


「ああ、オルヌスには現在三十七人の隊員がいて、三交代で勤務にあたっているが、必ず二人一組で行動しているんだ」


 ロズウェルは『相棒』という言葉を舌の上で転がしてから、眉間にしわを寄せる。


(さっきトバリさんは、レイノルドさんのことを相棒と言っていたな)


 となると、相棒候補はフレスカとユーリのどちらかになる。


(これでユーリさんが相棒じゃなかったら、なんでここにいるって話じゃないか……?)


 段々と冷や汗が出てきて背中を伝った。


(あっ、え⁉ 嘘! 緊張してきた)


 ロズウェルはごくりと息を呑み、フレスカの一挙手一投足を見逃さないよう注視する。


 やがて、静まり返った空間の中で、一人の少女が前に出る。


「あなたの相棒は私よ」


 柔らかい陽だまりのような声に、ロズウェルは膝が崩れ落ちそうになるのを必死でこらえる。


(嬉しい! 嬉しいんだけど……‼ 緊張して仕事にならなかったらどうしよう)


 ただでさえ戦力としては期待されていないのに、彼女にだけは醜態をさらしたくない。できることなら全力でカッコつけたいのだ。


「ユーリです。よろしく」


「ロ、ロズウェルです。よ、よろしくお願いします」


 ロズウェルは顔のあらゆる筋肉に力を入れて引き締める。変な顔になってないはずだ、たぶん。


 灰紫色の瞳とかち合ったとき、ロズウェルは息を呑む。彼女は微笑んでいるのに目の奥は冷ややかだった。


「私が指導役では不満かしら?」


「え?」


「不服そうな顔をしているから。まあ、あなたより二歳年下の指導役だから、気持ちはわからなくもないけど」


「違うよ!」


 ロズウェルは勢いよく否定する。


「ごめん、緊張しているだけだから。君は十分に強いし、実際に目の当たりにしている。君の実力を疑ってなんかない」


 ユーリは一拍置いてから「そう、ならよかった!」とニコッと微笑むが、どこか怖い。怒らせてしまったかとロズウェルが冷や冷やしていると、彼女は口を開く。


「ではひとつだけ質問をしてもいいかしら?」


「え、あっはい、どうぞ」


「ロズウェルさん。あなたはなぜ魔力量が減っても、守る側であろうとするの?」


「それは……」


 以前、オスカーと対峙したときにも同じことを言われていた。

 あのときに出せなかった答えが、いまなら出せる。


「僕は、生まれたときから人を守る側の立場だったと自負している」


 名家に生まれ、魔力量に恵まれ、人よりも魔法の扱いに長けていた。だから子どもの頃から魔物の討伐の依頼を受けた際は、誰よりも早く駆けつけて、誰よりも早く討伐した。


「力のある者が弱い者を守るのは当たり前のことだ。だけど魔力量が十分の一になって、僕は戦う力を失った。もう前と同じようには戦えない。でも」


 ふと猪の魔物と戦ったときのことを思い出す。


 茶葉が地面と同化したことに激しい怒りを覚えて反撃しようとしたが、間違いだった。でもその間違いのおかげであることに気づいた。


 ロズウェルは眩しいものを見るように目を細め、ユーリと向き合う。


「僕は誰かの安心しきったような、ほっとした表情が好きなんだ」


 胸元に手を当てて、過去に出会ってきた人々の表情を脳裏に思い浮かべる。


 ロズウェルは魔導士として多くの魔物と戦い、多くの人を守り抜いてきた。


 さらに五年前の魔物の大量発生の際に薬膳茶を考案したときは、家族や使用人がすごく喜んでくれた。


(お茶好きが功を奏したのは偶然に過ぎないけど……)


 自分の行動によって、誰かが安らいだ顔や安心した顔を浮かべてくれると、胸元が温かくなって自分も嬉しくなる。


 ロズウェルは腰を折ってユーリの視線に合わせると、心より微笑む。


「ユーリさん。君のように誰かに希望を与える存在にもう一度なりたくて、僕はオルヌス入隊を目指したんだ。あのとき、助けてくれてありがとう」


 少しだけ声が震えてしまったが、上手く伝わっただろうか。


(よかった。やっとお礼を言えた!)


 一人で舞い上がっていると、周囲の空気が生ぬるくなったことに気づく。


 フレスカとトバリは親心の塊のようににっこりしていた。レイノルドは眼鏡のレンズが逆光になっていてわかりづらかったが、険しさが和らいでいた。


 一方で、ユーリはいまにも泣きそうな顔をして、目を閉じていた。


(え、どうしてそんな顔をするんだ? なにか失敗した⁉ あ、そうか!)


 ロズウェルは一歩踏み出すと、ユーリの右手を取ってその場で跪く。


「ごめん。言葉が足りなかったね」


「えっ?」


 狼狽えたユーリに対して、ロズウェルは真剣な眼差しで告げる。


「君のおかげで僕は新しい道を進むことができたんだ。感謝している。ぜひお礼をさせてほしい」


「ひぇっ、あ、えっと」


「食事なんてどうかな? 欲しいものでもいい。どうか君に似合うものをプレゼントさせてくれ」


 そのためのお金はお茶代を削ってでもどうにかする。


 ユーリの反応をうかがうが、返事はない。彼女の顔を覗き込もうとしたとき、フレスカが咳払いをした。


「ロズウェル君、ユーリを口説くのはやめようか」


 フレスカの言葉に、ロズウェルは「口説く?」と小首を傾げる。


「……? いや、口説いてないです‼」


 沸騰したお湯のように顔を赤くしてから、勢いよく立ち上がってユーリと距離を取る。彼女を見つめると、ロズウェル以上に耳や首筋まで真っ赤にしてうつむいていた。


 すかさずトバリが「さすがお坊ちゃま、口が達者で」と冷やかしてきた。


「え、だって女性に借りをつくったら三倍返しが礼儀ですよね⁉」


 切羽詰まった顔で告げると、トバリがふき出す。


「おいおい、誰に教えられたんだよ」


「妹ですけど」


 ロズウェルは手ぶりを使って妹のアルティリエとのやり取りを伝える。


 彼女からちょっと羽ペンなどといった道具を借りただけで、


『お兄さま、ケーキが美味しいお店知っていますの。お礼に連れて行ってください』

『お兄さま、このペンダント、私に似合うと思いませんか? このあいだの貸しを返してください』


 いつも奢るし買わされた。そういうものだと思っていた。


 これにはフレスカも苦笑する。


「うーん、なかなか強かな妹さんをお持ちで」


 どうやらユーリに対して間違った対応をしてしまったようだ。


 ロズウェルは泣きたい気持ちをこらえて同い年のレイノルドに小声で助けを求める。


「こういうときってどうするのが正解だったのかな?」


「知らん! 俺に聞くな!」


 距離を取られてしまった。その傍らでトバリがユーリに耳打ちする。


「ユーリ、付き合うならこういう男のほうがいいぞ」


「ひぇっ、付き合う? え⁉」


 ロズウェルの耳にもばっちり聞こえた。ユーリを困らせるためにオルヌスに入隊したわけではない。


「あの!」


 声を張り上げると、みんなが注目した。ロズウェルは拳を握り締める。


「ユーリさんのことは好きですが、公私はきちんと分けますので!」


「なんだよ? 告白か?」


 なぜかトバリが両頬に手を当て、乙女の顔をした。


「あ、違う。いや、好きですけど、尊敬しているって意味で‼」


 ロズウェルは自分でもなにを言っているのかわからなくなる。


 その傍らでトバリは「ファーー」とラッパの如く奇声を上げ、フレスカは口元を手で覆って笑いをこらえ、レイノルドは戸惑ったまま固まっていた。


 ユーリはというと……うつむいて小さな肩を震わせていた。


「ごめん、弁明させて!」


 ロズウェルが近づこうとしたとき、


「~~もう喋らないで」


「え」


 この日、ロズウェルは人生で初めて頬をグーで殴られた。


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