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第14話 『行ってきます!』

 ロズウェルは姿見の前に立って頷く。


「よし!」


 身にまとっていたのは、サファイアブルーのジャケットとズボンだ。


 肩と腕、そして足の側面にオレンジ色のラインが入っており、胸元には翼を広げた鳥の胸章があった。


 丈が足りていないのは新人隊員用の着回しされた制服だからだ。三か月の研修期間が終われば、仕立ててくれるらしい。


 ロズウェルは口角を上げつつ、腰のベルトに差し込んだ質素な長剣を撫でる。


「いよいよ初出勤だ。今日から頼むぞ、相棒」


 それから部屋を出て教会の聖堂に向かうとゼルツがいた。彼はロズウェルの制服姿を見て、目元を和ませる。


「ついに行くのじゃな」


「はい! いままでお世話になりました!」


 そういって、ロズウェルとゼルツは抱き合う。聖職者のローブ越しから感じる筋肉は、やはり衰え知らずのように感じる。


「ねえ、ゼルツさん。その名前ってあだ名か偽名ですよね。本名は有名な戦士でしょう?」


「うははは! お前さんが知らないということは、大したことがない戦士だったのじゃ」


「え~本当に?」


「うるせェぞ、二人とも」


 聖堂に並べられた長椅子から声が聞こえてくる。ロズウェルが長椅子を覗き込むと、オスカーが欠伸を噛みしめて寝そべっていた。


「たっく、朝からむさくるしいぜェ」


「おはよう、オスカー。今日こそ悪戯魔法を教えてくれると嬉しいな」


 ロズウェルが長椅子の背もたれに手をついて寄りかかると、彼は手を振って追い払う仕草を見せる。


「うぜェんだよ! 毎日毎日! ロズウェルてめェ、なんでここからオルヌスに通うんだよ。どっかの借家に行けよ」


「無理無理。お金ないし、君をここに引き込んだ手前、見張ってないとバルロのみんなに申し訳ないし。追い出したかったら、しっかり更生するんだね」


「…………」


 オスカーは無糖のお茶だと思ったら甘茶だったときのような、なんとも言えない顔をする。その傍らで床掃除を黙々としていたブラックベリー兄弟が「ブーメランくらっちまいましたね! 兄貴!」「頑張りましょうね、兄貴!」と鼓舞する。


「お前はいつまで寝とるんじゃ!」


 ゼルツがオスカーの鳩尾に容赦なく拳を下した。寸前のところでオスカーは膝でガードする。


「なにしやがるんだ! じじい!」


「お前も掃除を始めろ! 馬鹿たれ!」


 罵倒を浴びせ合っているが、つり上がっている眉がそっくりで、親子に見えなくもない。


 ロズウェルが口元を押さえて笑いをこらえていると、オスカーに「なに笑っているんだよォ! さっさと行けェ!」と睨まれた。


「はいはい。みんな、行ってきます!」




◇◆◇

(わくわくしてきた)


 ロズウェルはついにオルヌスの基地の前に立つ。


 木造二階建ての建物は古めかしいところもあるが、窓ガラスの縁が黄緑色でしゃれていて、どこか親しみやすさがあった。


「お前がロズウェルだな」


 しゃがれた声が聞こえて振り返ると、黒髪を雑にオールバックにした、三十代ほどの髭面の男性が立っていた。


 彼の隣には、赤い髪を紺色のリボンでひとつに結んだ丸眼鏡の青年もいる。


(本物の隊員だ!)


 いままでも遠目からサファイアブルーの制服を着た隊員を街中で見ていたが、やはり近くで見ると迫力がある。


 ロズウェルは背筋を伸ばし、精悍な顔を引き締める。


「はい、そうです。本日からお世話になります」


「そんな気負わなくていいぞ。俺はオルヌスの副隊長を務めるトバリだ。そしてこいつが相棒の……」


「レイノルドだ」


 丸眼鏡越しの視線は冷ややかで、頬の表情筋が全く動いていない。


(睨まれているのは気のせいだろうか)


 ロズウェルはレイノルドの立ち姿を見て、あることに気づく。


(この人、魔法の扱いに長けている)


 彼の赤髪は毛先に向けて癖がありつつも、枝毛が一切ない。どことなくロズウェルの父親を連想させるような、気品がにじみ出ていた。


(まあ、僕の身元を調べられているだろうし、魔力が十分の一になった元魔導士がなにをやらかすのか、警戒でもしているのかな?)


 思えば妹のアルティリエにも『決して人様の迷惑になるようなことはしないでくださいね』と念押しされていた。


(別に無鉄砲なことをやっている覚えはないのになあ)


 他人事にように思っていると、トバリが視線で基地に入るよう促す。


「入隊おめでとう。道中いろいろ気になるところがあるだろうが、まずは隊長室に来てもらうぞ」


「! はい」


 トバリの案内に従って、ロズウェルはついにオルヌスの基地の中に足を踏み入れる。


(へえ、酒場の跡地なのかな?)


 まず目に入ったのは天井から吊り下げられた、木製の輪の上にガラスランプがあるシャンデリアだった。鈍い光を放っているのに空間が暗くないのは、壁の高い位置にある細長いガラス窓から日光が差し込んでいるおかげだろう。


 一階の中央に階段があり、それを境とした左側が相談所になっていて、街の人がソファに座って隊員と話をしていた。


 その奥にはバーカウンターがあり、旅に欠かせない道具や救助隊を呼ぶための煙玉が置かれている。


 そして階段より右側には、テーブルと椅子がいくつも並べられ、壁には地図や気候について書かれている資料が貼られていた。


 そこには談笑中の隊員の姿があり、彼らはロズウェルに気づくと片手を上げてくれたり、会釈してくれるが、誰もが値踏みする視線を向けていた。


 魔導士の集会に足を運んだときのような居心地の悪い視線に、表情を引きつらせながらトバリに続いて階段を登っていく。


「緊張しているのか? 取って食ったりしないから気にするなよ。なあ、レイ。お前のときもこんな感じだったよな」


 トバリは階段の途中にある踊り場でふと足を止め、ロズウェルの後ろにいたレイノルドに声をかける。


「……ええ、まあ」


 レイノルドは丸眼鏡をかけ直し、控えめに答えた。それを見て、トバリは感慨深そうに笑みを浮かべる。


「こいつも半年前までは新人だったんだよ」


「え、そうなんですか⁉」


 一気に親近感が沸いた。ロズウェルが目を輝かせて振り返ると、レイノルドは眉間にしわを刻んで表情を険しくした。


「そういうのは言わなくていいです。時間の無駄ですから。早く行きますよ」


 レイノルドはロズウェルとトバリに背中を向けて階段を上っていく。トバリが「唯一の同い年なんだぞ~。仲良くしとけよ~」と声をかける。


「悪いな。生真面目な奴なんだよ。まあ、ゆっくり仲良くなってくれや」


 トバリは片手で詫びるが、ロズウェルは頷くことしかできなかった。


 二階に着くと、目の前が隊長室だった。トバリがノックをしてから、三人で中に入る。


「失礼します」 


 ロズウェルは深々と一礼してから顔を上げて、時が止まったかのように身を硬直させる。


 隊長室の席には、水色の短い髪を持つ中性的な顔立ちの隊長が座っていた。一目見るだけで魔力量が多く、魔法に対してかなりの練度があることがわかる。


 だが、ロズウェルが目を奪われたのは、隊長ではない。


 隣にいる金糸の髪を持つ少女――ユーリだ。


この回から【ドキドキ!救助隊編】スタートです!

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