第13話 『もう!目が離せないじゃない!』
ユーリは推薦状を見てすぐに声を上げる。
「彼には無理です! 猪の魔物から逃げ回っていた上に、自爆しようとしていたんですよ⁉」
「推薦状には猪の魔物を剣術で七匹倒したとある。自爆の件も考えを改めたようで、魔法以外の戦い方も身に付けたようだね」
フレスカの言葉に、ユーリは頭を抱える。
(まさかあのとき私が猪の魔物を六匹倒したから、それを超える記録をつくったの⁉)
負けず嫌いにも程があるが、にわかに信じがたい。
「剣術といっても付け焼刃では?」
「そうだね、だから一匹ずつ誘導して各個撃破で倒したようだ」
なるほど、自分に見合った戦術は心得ているようだ。するとトバリが目を伏せて、隊長室に置いてあった灰皿に煙草を押しつけた。
「まあ、もともと魔導士としての戦闘経験は豊富だろうし。それにたぶんあいつが『黎明の魔導士』だろう」
「えっ⁉」
その二つ名は市井で広く伝わっている。
お茶好きの魔導士が五年前の魔物の大量発生の際に、薬膳茶を民に振舞って飢饉を防いだ。アークトゥルス家の女性という噂があったが……。
(ああ、なんかトリカブトを食した姿が妙に納得できてしまったわ)
実はオルヌスの基地の一階でも、薬膳茶の茶葉が売られている。あのお茶は救助先で体が冷えたときに、ユーリもよく飲んでいた。
そうそう、とフレスカは腕を組む。
「オスカーとブラックベリー兄弟のことは覚えているかい?」
脳裏に大男とひょろっとした兄弟の姿が浮かび、首を縦に振る。
「彼ら、ロズウェルの勧めで最近バルロ教会に勤めることになってね。本気で聖職者を目指しているらしい」
「……」
もう驚きすぎて言葉も出ない。ユーリは一息ついてから、わざと挑発的な笑みを浮かべる。
「バルロのみんなが黙っていないのでは?」
「そうだね。でも教会にはゼルツ殿もいるし、最近はロズウェル君も居候している。彼らに任せておけば大丈夫、と思えるような信頼感をロズウェル君はバルロのみんなから勝ち取ったんだよ」
フレスカは灰色の目を細め、片手で左の胸元にある羽を広げた鳥が刻まれた胸章を軽く叩く。
「私はね、彼をオルヌスの新人隊員として迎え入れようと思っている」
その声はたゆたう海のごとく隊長室に広がった。自然とユーリの姿勢が伸びる。
「正直、剣術の腕前はおぼつかないところがあるし、魔力が減った彼の戦闘力は未知数だ。だが、ほかにはない魅力がある。よその組織に取られる前にうちで引き取るから。いいよね?」
ユーリとトバリは顔を見合わせ、頷き合う。
「俺は別に構わないぜ?」
「私もフレスカさんに従います」
「やったね」
フレスカは拳を握り締めて屈託のない笑みを見せた。話が一段落したことから、トバリは次の煙草をくわえようとする。
ユーリは無言で煙草を奪ってから、フレスカの前に立つ。
「フレスカさん。ひとつお願いがあります」
告げた言葉に、フレスカは意外そうに目を見張り、トバリは面白いものを見るように口角を上げた。
(ロズウェル・アークトゥルス。あなたがオルヌスに入隊するというのなら、私も責任を取るわ)
灰紫色の瞳に鋭い光が宿った。
◇◆◇
ロズウェルは教会の畑の隣の更地で、剣を持ったオスカーと対峙する。
「おい‼ ロズウェル! 大振りになっている! もっと腰を低くしろ!」
ゼルツの激昂が飛んできた。ロズウェルは「はい!」と返事をする。
「あとオスカー! お前は動きが悪すぎる!」
「この服が動きづれェんだよ! くそじじい‼」
オスカーは胸元が空いただらしがない服ではなく、聖職者の白い礼服を首元から足先まできっちりと着こなしていた。
ロズウェルは長剣を振りかぶった。鍔と柄頭に装飾はなく、質素な剣だった。武器屋で一番手にしっくり来たのがこれだった。
(もう少しお金を出せばごっつい装飾がついた剣が買えたんだけど……)
かつて地面と同化した茶葉を市場で見つけてしまったため、質素な剣を買わざるを得なかった。
「ずいぶん動きが素直だなァ」
オスカーはニヤリと笑うと、右足で地面をこすり砂埃をロズウェルに浴びせる。
「君ならそうくると思っていたよ」
ロズウェルは機会を見計らって背中を向けると、勢いを殺さずに真横に剣を振る。オスカーの胴に当たれば勝ちだ。
だがオスカーも一筋縄ではいかない。鞘をベルトから引き抜いて避けると、二刀流のように構えた。
(ああ楽しい!)
鍛錬は好きだ。魔法での打ち合いみたいに、剣術もだいぶ形になってきた。
(でも魔導士としての名残のせいかな。大技を決めたいときについ技名を叫びたくなってしまう!)
ロズウェルはその場で跳躍してオスカーの背後に回り込む。我慢していても勝手に口が動いてしまう。
「氷柱のごとく串刺しにせよ!」
「おい! ダセェから黙っとけ‼」
オスカーは呆れながらロズウェルの攻撃を弾く。着地をしてからゼルツのほうを見ると、オスカーに賛同するように深々と頷いていた。