第11話 『じゃあ誰ならオレを助けてくれるんだよォ!』
路地裏に茜色の光が差し込む。それは、オスカーの足元で潰えた。
冷たい石畳の上に、男が横たわっている。
一人、ではない。自分を含めた三人の男が積み重なっていた。
その上に、戦士のようないでたちの短い銀髪を持つ細身の男が、退屈そうに腰をかけ、膝上で頬杖をついていた。
(オレのほうが魔力も剣才もあるのに……このオレが力量を見誤ったのか⁉)
ロズウェル・アークトゥルスの剣術の腕前は頭に入っていた。その上で、疲弊をしているところを狙った。
せこいと言われもいい。最終的に勝てばいい。
バルロの大人は腰抜けで、暴力に訴えれば悪事を働いても見て見ぬふりをする。
街の自衛団とオルヌスは厄介だったが、二年前にバルロを出て東の都市を縄張りにしているギャングの下っ端になった途端、たまに街に帰ってきても追われることはなかった。
(オレはこいつより強い。勝てる勝負だったはずなのに……!)
いざ剣を構えたとき、一歩も動けなかった。
手刀相手になにもできず、鳩尾に拳を打ち込まれた。子分も「殺し合い」という言葉にすくんであっけなくやられた。
(クソッ、人を殺したことがなさそうな顔をしているくせに!)
そう思う一方で、調べ上げた情報が脳裏にちらつく。
ここにいるのは、王国の前線で戦ってきた元魔導士だ。戦闘経験はそこらの不良には遠く及ばない。及ぶはずがない。
彼の本気の殺気がそれを物語っていた。
「あのさ。どうして僕を狙ったの?」
冷ややかな声に、オスカーは肩を揺らす。子分たちはオスカーの真下で気絶をしていた。たぶん、そのまま寝ていたほうがいい。
「お金が必要になって、脅そうとしたんだよね?」
「……それは」
「もしかして、ギャングたちとなにかあった?」
「!」
心臓を掴まれた感覚がした。全身の血がすさまじい速さで駆け抜けるのに、呼吸が上手くできなくて、脳がぼうっとしてきた。
まるであのときみたいだ。
ギャングたちに情報通として重宝されていたうちが花だった。気づいたらナイフを握らされていて、人を殺せと命令されるようになった。
オスカーは人殺しだけはできなかった。与えられた仕事を放り出して、バルロまで逃げていた。ここにはゼルツがいる。ギャングたちと昔なにかあったようで、そう簡単には寄りつかない。
(バカはオレだ。ギャングに取り入ってまでなにをしたかったんだよォ)
怖い存在でなければ、強い存在でなければ、きっと誰も自分を見てくれなかった。だから、誰かに恐怖を与えられる人でいたかった。
そのために子どもの頃からバルロで恐喝事件や暴行を犯した。
「君たちはさ、悪いことをたくさんしてきたんだよね? じゃあさ、この機会に一度、清算したらどうかな?」
ロズウェルはにっこりと笑った気がした。
オスカーは何度か瞬きをする。逆光で彼の表情が見えない。段々と彼の姿が、いままで自分が襲ってきた弱者の姿と重なる。
――彼らはきっと怒っている。
ああ、俺たちはどうなってしまうのだろう。初めて感じる恐怖にどうしていいのかわからない。
助けて、と思った。
同時に、誰も助けてはくれないとも思った。
親はいない。子分たちはこのざまだし、いまここで叫び声を上げても誰も駆けつけてはくれない。だって悪いのはすべてオスカーだから。
誰もいない。誰も己を救えない。誰も導いてはくれない。
(違う。いたんだよォ、手を差し伸べてくれる人が)
ゼルツの優しさを信じることができなくて、剣を振りかざし、彼に怪我を負わせたのは自分だ。
もしもあのとき、ゼルツの手を取っていたらなにかが変わっていただろうか。
「オスカー」
ロズウェルに名を呼ばれ、オスカーは虚ろな目で彼を見つめる。
「ほら、いまこそ祈るべきじゃないか? 神さま助けてって」
「――」
喉の奥がひりついて声が出ない。その代わり、一筋の涙が流れた。




