捜索、後編(シオン視点)
それから二日間、捜索した所で状況が一変した。
逃げられぬよう、掴んだ肩を震わせているのは、ドリトンだ。
「ヤイレスというのは、こそこそと他国に鼠の穴を掘るのが趣味なのか?」
「は、な、なんのことか…」
「僕も通らせてもらったぞ。ヒューダの四つ辻から王城まで、僅か15分足らずか。これからあの隠し通路の利用を検討しようか」
「シオンさ…」
「つまり、僕とこのレントもお前の後を追ってここに居る。我々がいた場所から王城まで走ったって30分はかかるからな、嘘じゃないだろ。…つまり全部バレてるんだよ」
「あっ…」
ドリトンは力なく、地面に伏した。もちろん、スピアリーは彼を無事に帰国させる。異論状のお土産付きで、だ。待っているのはヤイレスからのお咎めだろう。
こちらとしては、十分に問題にしてやろうと目論んでいる。
ことの発端は、何分か前に遡る。
捜索指揮を執っていた僕に、駆け寄ってきた側近は息を切らしながら言った。
「殿下!ヤイレスより、火急の報せが届いております!」
「なんだ、申せ」
「それが…まずはドリトン殿に引き継ぎたいとのことで私も詳細は存じませんで…」
「そんなもの知ったことか。僕も行くだけだ」
ドリトンが俄かに慌てて、手揉みしつつ「どうか穏便に」と言っている。
僕はため息をつきつつ、王城へと踵を返そうとした時だった。
それは僕が不在の間、レントに総指揮を一旦預けようとした一瞬のこと。ドリトンが脇道に逸れたのである。
僕はそれにすごく違和感を覚えて、敢えて声をかけずに目線で彼を追った。
「…殿下?」
声をかけるレントを片手で制して、ちょいちょいと人差し指で路地裏を指差した。
何か察したらしいレントは、冒険の時のような顔に戻って僕の後に続いた。
「殿下、奴は…」
「メイリーの言うとおり只者じゃないらしいな。隙のつきかたや身のこなしが変わった」
「…どこへ行こうと言うのでしょうか?」
「さあな」
ドリトンは辺りの民家の壁をぺたぺたと触ると、一つのレンガをコンと叩いた。
カコッという音と共に、壁が丁度一人分の幅にスライドした。
「なんだ、あれは…」
ドリトンの耳がぴくりと立つ。
(くそっ)
瞬間的に、樽置き場に身を隠す。こちらをきょろきょろ見回したドリトンは、どうやら僕らに気がつかなかったらしい。
そのまま彼は壁に吸い込まれていった。
「後を追うぞ」
「危険があるかもしれません。殿下は残ってください。俺が様子を見てきます」
ぽっかりと開いた隙間の入り口を、大柄なレントが立ち塞がった。僕は斜に睨む。
「退け」
「なりません」
「王太子命令だ!そこを退け、レント!」
太い肩が跳ねる。強面の男は眉根を寄せ、おずおずと壁から離れた。
「…俺も行きます。良いですね?」
「勝手にしろ」
「俺が前を歩きますからね?良いですね?」
「ああ!もう!分かったから早く行ってくれ!」
中は、暗い。どこまでも暗闇が続いているようにも見えるし、すぐそこまでなのかもしれなかった。抑揚のない、のっぺりとした闇だけが広がっている。
「っ!!」
レントが足を滑らせたらしい。吐息と緊張感だけが伝わってくる。
「どうやら階段らしい。慎重に降りよう」
「で、殿下ぁ…っ」
僕はごくごく小さな炎魔法で足元を照らした。二十段ぐらいだろうか、そこを降りれば平坦な通路が先に見えた。
「助かります…」
「ドリトンは、ずっと奥に行っているらしいな。もし振り返られたら明かりに気づかれてしまうだろう。下まで降りたら炎を消すからな」
「そんな…っ…。わ、わかりました」
極力音を立てぬように階段を降りると、頼りだった魔法の炎を消した。
奥の方から僕らのものではない、微かな足音が聞こえる。
(ドリトンはかなり先を歩いているらしいな。随分と慣れた足取りだ。ドリトンめ、ここに来るのは何度目だ)
視覚をほとんど奪われてしまった僕たちは、暗闇の中をただひたすらにまっすぐに進んだ。
壁についた右手を頼りに進んでいくが、曲がり角はなかった。
どれくらい進んだだろうか、前を歩くドリトンの足音が変わった。階段を登っているのだろう。
つまり、そこまでは平らかであるはずだ。それに気がついた我々の歩調が速くなる。
(ドリトンは、そろそろ登り切ったらしい)
遂に僕たち以外の足音が消えた。魔法の炎を灯し、上に続く階段まで駆ける。
下から階段を見上げると、青空が覗いていた。
(一体、どこに続いていたというのだ)
僕とレントは階段を一気に駆け上った。
たった数分のことなのに、日差しが目に刺さる。
「で、殿下…ここは…」
翳した右手を下ろす。
目を疑った。
それは、王城の目の前だったのだ。
「あの男、諜報員か。…よくも他人の国にこんなものを作ってくれたな」
「ヤイレスから、間諜が出入りしているという噂は聞いたことがありましたが、まさかここまでするとは…いかがされますか?」
「問い詰めるだけだ」
いそいそと前を走るドリトンに追いつくと、その肩を叩いて引き止めた。
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