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午睡

「ドリトンから書簡だ」


 珍しく眼鏡をかけていたシオン様が、煩わしそうにそれを放ると、後ろに撫で付けていた前髪をくしゃくしゃと崩した。


(今日はもう、執務はされないつもりだ)


 宰相殿の苦虫を噛み潰したような顔が浮かぶ。


 もうそろそろ夕刻である。私はこの時間帯が苦手になった。鬼神の如き父が、陛下を害したあの光景を思い出してしまうのだ。

 こちらに帰ってきてから、シオン様がなんとも中途半端な時間に私の私室を訪ねてくるようになったのは、そんな私を気遣ってのことなのかも知れなかった。

 いつもならば、大抵私の顔を見てすぐに執務に戻るというような簡単なものであったはず。ドリトンの書簡も気になるが、なにやら思い詰めた様な顔をしている。


「…なんだか不安そうな顔をしています」

「今日は胸騒ぎがする。この手紙のせいだけじゃなくて…」


 帰城後、医師から絶対安静を言い渡された私は、まるでベッドに磔になった気分だった。

 ずっとそんな状態の私という存在が怖いのだろうか。


「私が安静にしていれば、お腹の子は大丈夫ですよ」

「君な…!今日は予定日だろう、そわそわもする。…それは、つまりメイリーが心配で…」

「あら、そうでしたっけ!寝ているだけだと、どうも日にちの感覚というものが欠落してしまいます」


 へらへらっと笑う私の横に腰掛けたシオン様の手が伸びた。

 伸び放題の私の髪の毛を手櫛で整えると、おでこに口付けを落とす。


「君は本当に嘘をつくのが下手だ」

「へ?」

「本当は不安で夜もあまり眠れないのだろう?君がそういう顔をする時は、辛さを隠す時だ」

「ま、まさか、そんなことないですよ?」

「…メイリーが、洞窟でバジリスクの毒にやられて倒れた時、まさにそういう顔で笑っていた」

「シオン様…」


 上からふんわりと覆い被さる様に抱きしめられる。

 シオン様の香りが、心臓を跳ねさせた。


「君は、強い。けれど脆い。不安なんだよ、怖いんだ。またメイリーがいなくなったり、し…死の淵に立つ様なことが…あったらと…っっっ!!」

「大丈夫ですよ、私を誰だと思っているんですか?私は勇者・メイリーです」

「分かっている、分かっているんだ。弱いのは、僕自身の心だ。君のことになると、どうも上手く感情をコントロールできなくなる」


 彼の父親である国王陛下から聞いた。息子であるシオン様が幼少の頃から、親子というよりも対個人として接していたと。

 正妃様が幼い時に亡くなられてから、それは一層強くなった様に思う、と。今思えば突き放したも同然だったと。


(けれどそれは、シオン様を時期国王として期待するからこそ)


 父君の心の内を、シオン様も理解しているはずだ。しかし、ただの父一人子一人とはいかない。側室を娶らない、兄弟のいない、国王と王子。シオン様の両肩にのしかかる物を一層重いものにしてしまったのかもしれない。


(それも国王陛下のお考えあってのこと。私などが、当時の陛下のお気持ちの十分の一も、理解できるはずがない)


 でも、これだけは理解できる。


「シオン様の心の中で、所在なく膨らんだ愛情は、今になって私に対してのみ向けられているのですね」


 胸が暖かくなる。愛しい気持ちが湧き上がってくる。少し崩れた金色の髪の毛を、ふわふわと撫でた。


「……父から何か聞いたな?」

「さて?」


 くすくすと笑う私に、蹲った顔が上がる。


「そんなにムスッとしないでください」

「おかしなことを言う。僕は幼少より、そういう顔をしたことがない。教育係のリリッタだって、それだけは初めから感心していたくらいだ」

「なら、どうぞ、鏡を見たら良いでしょう」


 私の顔を覗き込んで、じっと見つめている。「え、」と言うと、彼は微笑んだ。


「…離れ難いのでな。君の大きな瞳は良い鏡になる。ああ…本当に、僕は不貞腐れているらしい。ふははっ!全く、初めてそんな自分の一面を知るな……メイリー?」

「もう、反則……」


 ゆっくりと時間をかけて重ねられた唇に、熱が伝わってくる。


「っ…シオン様…」

「好きだ」

「あの、ドリトンからの手紙…」

「後でいい」

「っっ…」


 まるでよく懐いた愛猫を甘やかす様に、頭や顎を撫でてくれる。


「僕も少し横で眠りたいな」

「もう、夜寝られなくなりますよ」

「ここのところ夜寝られていないのは、君の方じゃないか。不安を持て余してばかりでは、つまらないだろう?一緒に夜更かししよう」

「それは…嬉しいですけれど。お仕事に支障をきたします」

「だからこその仮眠だ」


 ふわ、とひとつあくびをしたシオン様は、まるで抱き枕の様に私を抱きしめた。


(不思議…)


 ここのところ目が冴えて仕方がなかったのに、久しぶりに微睡を覚える。甘く、重たい睡魔が、瞼を閉じさせてしまう。

 眠りに落ちるその瞬間、窓から差し込む西陽の嫌悪感が少しだけ薄らいだ気がした。

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