神だという人
「私はこの地を作った神さ」
「はあ!?」
「…死竜を倒した勇者よ。お前は頭が高いな。低頭低頭」
私の頭を地面に押さえつけると、右足でぎりぎりと踏みつけた。頭が割れそうだ。人間の力とは思えない。
神だというその人は、私の頭を踏みつけながら不思議な抑揚の声で言った。
「人形遊びをしたことがあるか?完璧な女の子と、完璧な箱庭。それを引き立たせるには、歪な犬と、不幸なストーリーが必要だ」
「お、思わないわよ…残念、私はね、人形遊びをする様な可愛い女の子じゃなかったの」
「ははっ!!その目、嫌いじゃない。死竜が倒された訳が分かる気がする」
「貴方が本当に、創造主だというの?」
随分と大義そうに私の頭から右足を退かすと、ふうと大きく息を吐いて天を仰いだ。
「この器はガバガバだ。出入りしやすい。主人格が死んで、二人が住んでいただけあるな」
なんとか立ち上がって、フェンネルの剣を握りしめた。頭がくらくらする。
「答えなさいよ、貴方は…」
「五月蝿いな。創造主、お前ら人間が勝手にそう呼んでいるだけだろう?お前らに合わせてやってるんだぞ?感謝が足りないな。その辺の草花を見てみろ、私に少しでも気に入られようと必死だ」
「そんな風には見えないけど」
「…この声が聞こえないのか?人間はそこまで堕ちたのか、哀れだな…」
ちら、と見たドリトンはあわあわとしていて、落ち着きがない。そのアレンの側近は、急に私に声をかけられたので、肩が跳ねた。
「…ドリー!構わないわよね!?アニエル様に手を掛け、我が国の王太子までも…」
「…っっっ!!」
聞くまでもない、ここで私が応戦しなければ、こちらがやられるのだ。ドリトンがそれを妨害するならば、後々彼もその責を負うことになる。
頭を抱えて「うぅ」と呻いた。
(大した忠誠心だわ…)
「私を殺す気か?…スピアリーの神とて神殺しを許す訳が…」
「何よ?」
虹彩がぎゅっと瞳を収縮させた。それからもう一度膨張する。
神だというアレンの額から、汗が一筋流れた。
私の後ろをじっと見つめたまま、「分かったよ」と言った。
なにがなんだか分からない私は、ちらっと後ろを振り向く。ただ母国の領土が見えるばかりだ。
「…お前を怒らせると面倒だからな、仕方がない、退散しようか」
「ちょ、ちょっと!」
「どうやら、相当気に入られているらしい。メイリーと言ったか、お前のことは覚えておこう」
ズボンを脱いだまま歩く様な具合で、随分と歩きにくそうにメリッサ様の元に近づくと、頬を撫でた。
「…ヤイレスは、もっと威厳のある国であるべきだ。このまま腐敗していくなら世界を作り直そう」
その言葉に再び剣を構えた。風魔法を使って、谷底から戻ってきたシオン様も魔杖を構える。
厳しい声でシオン様が問うた。
「お前は神だという。ならば聞く。メリッサ殿とアニエル殿に、一体何を望んでいたのだ」
「うん?…それだけど、どうやら勘違いしているらしいな。私は贄など希望していない。いらないぞ。そんなもの、気色悪い」
「だったらなぜメリッサ殿に北極に来る様、夢見になど立ったのだ」
神は立ち上がり、こちらを振り向くけれど、右肩が思い切り下がっている。よっこらせという調子で右肩を上げると、今度は左肩が下がった。
「ああもう、人間の身体は動かしにくいな…。私は…二人に力を授けようとしただけだ。メリッサは美しい魂を持っていたし、アニエルは人々に愛される運命にあった。あの二人が力を合わせれば、きっとヤイレスは良い箱庭になったんだ。結局、メリッサにしか力を与えられなかったけれど」
「何かを…挟む、力…」
変な体勢のまま、手のひらをひらひらと振って「あー、違う違う」と言った。
「あれは使い方が間違っている。本来は、人々の心の中に種を植える物だ。信仰心という種を」
「なによ、それは…」
「お前に話しても分からないだろうな。人の善悪など、時代によって変わるものだからな。唯一不変のものは神の裁量だ」
「くっだらないわね!」
私の剥き出しの嫌悪感に、シオン様が「やめておけ」と言った。
きっと私ではこの神とやらに敵わないからだろう。
「懸命だな、王子」
「それはどうも」
「そうだ、最後にいいことを教えてやろう。ヤイレスからの手紙、スピアリーからの手紙、持ち帰ったのは私だ」
「なっ!何のために…」
シオン様は、掴み掛かろうという勢いで問うたが、その瞬間、私はハッとした。
「あなた、創造主なんかじゃないわね?」
「………っぷっ!…くっくっく…」
「何がおかしいのよ」
「私を疑うのか、面白いことを言う」
「そんな小細工を、なぜ創造主が?人間の些細な問題のために?」
「さあて?どうだろう?」
そいつは、ぐらぐらと揺れ動いて、ヤイレス側を向いた。
「長居しすぎたな。そろそろ暇としようか」
「まッ!待ちなさいよ!」
「どうやら、あの紙切れは大事なものだったらしい。私がこの身体を借りた証に、あちらに持ち帰っただけなのだが…随分と困らせた様だな。生憎こちらとは時間の流れ方が違うのでね、ほら人間の日にちが刻印されているだろう?丁度良かっただけだ」
「はあ…」
「別に理解しなくてもいい。私もお前たちが心底分からない」
ぐぐぐ、と身体が盛り上がって、次の瞬間シュルシュルと萎んだ。
どさり、とアレン様の身体が地面に崩れ落ちた。
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