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馬車酔い

 酷い喘鳴が聞こえる。

 駆け寄ろうとするのを、シオン様にがっしりと止められて身動きが取れなかった。


「姉上、アンタが大層醜かったというのは、なんとなく覚えているよ。ぼんやりとな。本当のアレンの記憶のカケラだろうが…。そうだ、一つ聞きたい。城中の肖像画、どうして自分の顔を塗りつぶしたり切り刻んだりしたんだ?あれはアンタだろ?」


 メリッサ様は、ふっと含み笑いをしてから、大きく息を吸った。


「はあ?なにして……っ」


 次の瞬間、アレンがよろめいて膝をついた。焦った様子で、自分の首を抑えたり胸を叩いたりしている。


「っっ!!…あっ!!!がっ……」


 白目を剥いて、口を限界まで開けて、手を伸ばす。

 それを見て、メリッサ様は満足そうに笑った。


「私、物を挟むのが…得意、なのよ…」

「っっっ!!!!」

「本当は…私に、も、もっと懇願して、欲しかったのかしら?…ぜぇ…ぜぇ…私を愛してくれないアレンなんか…いらないのよ」


 色の白い額に血管が浮き出る。仰向けに転がって、ぐん、と背中を逸らした。痙攣が治ったと同時に、アレンは力なく横たわった。


「ア、アレン、様っっ!!」

「おい!ワカナチ!いつまで横になっている!出てこい!」


 直後、馬車が大きく揺れる。どかどかと大きな足音で降りてきたのは、真っ青な顔をしたワカナチだった。


「うっ…ぷ…」

「ワカナチ、来てくれたの!?」


 その言葉に、シオン様が少しムッとしてから、「酷い馬車酔いだと」と言った。


「酒豪なのに…」

「うるせぇな」


 すぐ真横は断崖だというのに、千鳥足で歩くワカナチに肝を冷やす。

 なんとかメリッサ様の元に辿り着いて、彼女を仰向けにすると、首元に手を当てた。

 喘鳴が弱くなっている。


「…こりゃ賭けだな…おい、分かるか?」


 光をなくした瞳には何も映らない様子だ。

 ワカナチはぐるり周囲を見回し、天を見上げた。


「まあ、ぎりぎりスピアリーだな」


(そうか、土地の神様に祈るから、ここがどちらの領地なのかが重要なんだわ)


 ならば、私に付き添ってワカナチを連れてきたとしても、ヤイレスでは力を発揮できなかったわけなのだ。

 ワカナチの周りにくるくると光が集まっていく。

 それは次第にメリッサ様の首元に集中した。


「…神よ、この者の傷を癒やし給え」


 何度見ても神秘的な光景である。首元の光は、一層の輝きを放ってからやがて消えた。

 遠目に傷は塞がっている様に見える。心臓あたりに耳を当てたワカナチが「問題ない」と言ったので、全員が胸を撫で下ろした。


「それで…」


 ワカナチがアレン様に近寄った。誰がどう見ても、死んでいる。


「こっちだが」


 多分「手の施しようがない」と言おうとしたのだろう。

 しかし、こちらを振り向いたワカナチの背後で、アレン様がむくりと起き上がった。

 突然の気配に、ワカナチの身体が反応した時だった。


 それは、一瞬のことである。異国の回復師は、思い切り飛ばされてヤイレス側の地面に叩きつけられたのだ。

 アレン様の裏拳が命中したのである。


 全員がたじろいで、一歩後退した。

 ゆらりと立ち上がるアレン様は、余裕の笑みを浮かべていた。

 べろり、と舌を出すと、そこには紙片が覗いている。

 ぺっと吐き出したそれは、先ほどメリッサ様が喉に詰まらせた物だろう。


「…つまらないことをする」

「アレン殿…?」

「ふ、お前がスピアリーの王子か?」


(なんだか様子が…)


 どう見ても死んだ様に思えた。それになぜ死の間際にあって、動揺しないどころか冷静でいられるのだろう。それに、ワカナチを裏拳で飛ばすほどのあの力は…


「呪われた、魔物が湧く地の、王子」

「急に何だというのだ。魔物なら、このメイリーが死竜を倒して鎮静化した」

「私はそのようなこと、望んでいないなあ」


 じり、じり、とこちらに近づいてくるアレン様は独特な歩幅で、威圧感のあるオーラが空気をピリつかせた。


「ヤイレスを祝福し、スピアリーを呪った。それが均衡というもの。その均衡を乱した者は、お前か」


 私の顎を掴んだアレン様の瞳を見て思う。


(これは、あの二人のアレン様のどちらでもないッッ!)


「やめろ!メイリーに触るな!!」


 慌てて突き放そうとしたシオン様の肩を、とん、と手のひらで軽く押した。


「え…」

「シオン様!!!」


 シオン様は思い切り飛ばされると、断崖を真っ逆さまに落ちて行った。


「くっ!!ブラストインパクト!!」


 突風が巻き上がる。どうやら、風魔法で着地の衝撃を和らげたらしいことは分かる。


「シオン様!!!!シオン様っっっ!!!」

「……ぶ、無事だ…」


 遥か下から微かに聞こえた彼の声に、ほっと胸を撫で下ろしたけれど、動悸は止まらなかった。


「ふうん、ただの王子じゃあないらしい」

「離して頂戴。貴方、アレン様じゃないわ。一体誰なの!?」


 私の顎を掴む手に、ぎゅうと力がこもる。顎が割れてしまいそうな程の握力だ。

 その人は肩を竦ませると、困った様に笑う。


「私か?私はこの地を作った神さ」

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