欲しかったもの(✳︎✳︎✳︎以降、メリッサ過去視点)
蹲って嗚咽を漏らすアニエル、いや、メリッサ様の頭が、慈しむ様にゆっくりと撫でられる。
アレンは銀糸の髪の毛を一束掬うと、口付けを落とした。
「…アレン…」
「可哀想なメリッサ。その醜さ故に、父に疎まれ、妹に嫌悪され、国民に蔑まれ、弟に縋るしかなかったのだな」
そろりと上がった美しい顔。頬を撫でる手つきは、まるで愛猫を甘やかすようだ。それでまた、メリッサ様は大粒の涙をこぼした。
「あ、あぁ…」
「でも良かったじゃないか。殺したいほどに羨ましかったんだろう?妹の、アニエルの美貌が」
影のある笑顔から発せられる恐ろしい言葉に、当のメリッサ様は硬直する。
「まさか入れ替わるなんてなぁ。ああ、北極にアニエルを連れて行こうとしたというのも、神に人格の交換を頼もうとしたのか?」
「ち、違う…。違う!このままではヤイレスの恩恵が得られなくなると…私たちに贄となる様、神が夢見に立たれたのであって…」
「それはおかしいな。結局その身を捧げなかったんだろう?知ってると思うが、ヤイレスの雪は温かいままだ」
縋る様な瞳から溢れる涙は、ぼたぼたと地面を濡らす。
「神は私とアニエルに、何を望まれたのかしらね…」
「…見てくれだけじゃなく、心までも醜く堕ちたな。姉上。アニエルの身体を得たなら、そのまま身を捧げれば良かったじゃないか。いくらでも時間はあっただろう?それをしなかったのは、美しい妹の身体を手に入れて、欲が出たんじゃないか?」
「そんな、そんなこと…」
「アンタは結局、アレンの心が欲しかったんじゃない。アニエルの容れ物が欲しかっただけだ」
「違う!!!違う違う違う違う!!!違う!!!ねえ!!ねえ、アレンは…本当のアレンは、私を本当に愛してくれていたのよね?私だけを…」
駄々を捏ねる子どもを仕方なく思う様な、くすりと笑う眼差しは、メリッサの言葉を遮った。
「知らねぇよ」
メリッサの前髪を掴む。白い肌に血管が浮き出ている。
アレンは懐の短剣を取り出して、横に払った。
赤い鮮血が、綺麗な銀髪を華やかに彩る。
「ア レ ン」
「本来、アンタの首がつながっているのがおかしいんだろう?」
どさり、と地面に落ちたメリッサ様はぜえぜえと荒い呼吸をしている。
「メリッサ様!!!」
「メイリー、よせ!!」
私の呼びかけに、大きな目がこちらを向いた。それが私には、死の間際の抗いに見える。
「メイリー・ミュークレイ」
✳︎ ✳︎ ✳︎
(きっとアレンなら分かってくれる)
この身体がアニエルの物でも、この御霊は正真正銘メリッサ、私のものなのだ、と。
けれど、その希望はすぐに踏み躙られることになる。
「…気でも違ったのか」
何度説明しても理解してくれないどころか、アレンが私のことを気狂いだと思い始めたのだ。
「アニエル、お前はまだ幼い故に心が不安定なのだろう。父上には黙っていてやるから」
(優しい…)
アニエルとアレンが会話しているところなどほとんど見たことがない。それはアレンが美しい妹を毛嫌いしているからだと思っていたが、果たして本当にそうなのだろうか。
「アレン…貴方は私を…」
「?アニエル、二人きりの時でも、私を名前で呼ぶのは良さないか」
「貴方はっ!最後に北極に向かう私を名前で呼んだわ!?」
息が切れる。自分の感情を抑えられなかった。
アレンは…
「…北極?なんのことだ?」
(ああ、この人はアレンじゃない)
私が妹と入れ替わった様に、きっとアレンの人格もどこかに行ってしまったんだ。そう理解した。
(探さなくては…)
けれど、それはすぐに見つかることになる。
スピアリーで行われた立太子式からアレンが帰国した時のこと。
明らかに頬が高潮していて、すぐに何かあったのだと気がついた。
潤んだ瞳で食卓に並んだ食事を見つめ、手をつけようともしない。
その夜、私はアレンの部屋の前で耳をそばだてた。
「メイリー、メイリー・ミュークレイ…メイリー・ミュークレイ」
(誰?スピアリーの貴族かしら?)
初めて聞く、女の名前。
胸の奥で、重たいものが膨れ上がった。
がん!!
部屋の中から、突然大きな音がしたので、驚き尻餅をつく。
それで、私はついノックをしてしまったのだ。
「アレ…お、お兄様?メ…アニエルです」
ずかずかと大股でこちらに近づく音がした。大層な音を立てて扉が開くと、そこにはアニエルを蔑む様な目で見下すアレンがいた。
「…何の用だ」
「あ、今、その、部屋から大きな音が…」
アニエルである私を、頭からつま先まで眺め回すと、無言で扉を閉めた。
(アレン!!!アレンだわ!!)
「見つけた…私の、アレン」
やっぱり私だけを愛していた。私だけを…!
それが分かってホッとした反面、美しい妹と入れ替わってしまったことを強烈に後悔した。
✳︎ ✳︎ ✳︎
(あれが、メイリー・ミュークレイ)
妹の身体で二度目の成人を果たした私は、スピアリーの建国祭にいた。
シオン王太子殿下の側室に治るべく出した書簡の、お断りの返信が来たばかりであるが気まずさなどない。あちらだって同じだろう。政治的意味合いを存分に含む隣国との付き合いなど、そんなものである。
(お陰でアレンには、勘違いをされたみたいだけれど)
私がスピアリーの王城に潜り込めれば、メイリー様を操ることができる。そう思ってのことだった。
どうやら彼女が入れ替わりのトリガーらしいことは承知している。
(それには、やっぱりメイリー様が欲しい)
しかし、シオン様としっかり腕を組んでいる様子を見ると、なかなか一筋縄ではいかなさそうである。
アレンは、といえば、表には出さないまでも、ギリギリのところで理性を保っていた。
(やっぱりそうなんだ)
私はあれ以来、本当のアレンに会えていない。早く会いたい。会って私がメリッサだと伝えなければ。
アレンの視線に気がついたシオン様が、メイリー様の腰に手を回した。
(ふぅん)
仲睦まじく、見つめあって会話している。私は愛する人が目の前にいながら、会うことすら叶わないというのに。
ああ、壊してしまいたいな。
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