交代(メリッサ、過去視点)
手足の爪が剥がされたので歩きにくい。
看守達の様々な拷問は、良く聞こえる様に、良く見える様にと、耳と眼だけは虐めなかったから却ってタチが悪い。
「さっさと歩けよ、王女様」
四方から人々の目線が刺さる。その表情は、これから行われる断罪の幕開けを嬉々として見守っていた。つくづく反吐が出る。
(アニエル…アニエルは…?)
首を思い切り捻って、国王の隣に座る妹を見つけた。退屈そうに欠伸をして、指輪をころころと弄んでいる。
妹の様子に、理不尽さから怒りが迫り上がってくる。その怒りは、全てを采配し、整えた神に対して向かった。
天に向かって、悲鳴に近い声で訴えた。
「神よ!なぜ…なぜこの様な目に遭うのが私なのですか…!私がこんなに醜くなければ…アニエルがちゃんと国のためを思えたら…!!もっと状況は違っていたのではないのですか!!!」
空は酷く晴れていた。冷たい雪が降ったなんて、信じられないほどに。
「神よ!!!どうしてこの国を祝福したのですか!!!人々はそれに胡座をかき、国は腐り切って…」
「うるせえ!」「俺たちの血税で好き勝手しやがって!」「なにが王女だ!ふざけるな!」
あちこちから石礫が飛んで来て、その一つが私の右目を潰した。
知らぬ間に蔓延した様々な憶測と噂、それを一身に背負うことになって、私の心は呪いで満ちた。
もう何も言う気力はなく、断頭台に登る足取りは、寧ろ軽やかだったと言って良い。
執行人がキビキビとやってきて、素早く国王にお辞儀すると、姿勢を正して罪状が書いてある紙をピンと広げた。
「罪人、メリッサ・コネチカルト!第二王女、アニエル・コネチカルトに対する暴行、並びに殺害未遂、防衛費の横領、更には妄言によって人心を乱した!その罪は重い。よってこの者を王族から廃位し、斬首刑に処す!」
(横領…ね、それはアニエルかお父様の分かしら。私で帳尻合わせをするつもりなのね)
笑ってしまいそうになる。私は父と妹に何を期待していたのだろう。
ぐい、と首を掴まれた時だった。
「アレン…」
聴衆の中に、ローブを着た弟の姿を見つけた。アレンは私を見つめたまま、壊れた人形の様に首を傾げて突っ立っていた。
「いないと思ったら、そんな所にいたの」
「おい、黙らないと猿轡を噛ませるぞ」
思い切り頭を固定されてしまった。
(アレン、どうしてあなたは醜い私を愛したの?もし私がアニエルの様に美しかったら…)
そこではたと気が付く。醜い私を愛するくらいだから、アレンはアニエルとも関係を持っていたのじゃないか、と。大体、アニエルの方は父と関係を持っていたのだ。なら、あり得ないことじゃない。
「アレン…あ、貴方は…本当に…私だけを」
首が冷たい。
「愛していたのよね?」
溢れた言葉に、父が振り向く。
その瞬間、オルガンのように歓声が湧いた。
「なんだ?アニエル」
「?」
「五月蝿くて聞こえんのだ、用件があるから後で言いなさい」
歓声で聞こえないけれど、父の口がそんなふうに動いた。
下を向くと、逆剥けを無理に剥がしたのか、親指から出血していた。
思わず首を触る。自分が知っている首よりも一回り細い気がした。
(私、お父様の隣に座っている…)
「どうして…?」
父が立ち上がり、右手を翳すと、聴衆から発せられる歓声はピタリと止んだ。
「罪人は処された!ヤイレスの民のため、私は命を賭して信頼回復に努めると約束しよう!」
再び大きな歓声が上がったので、耳鳴りがした。頭にモヤがかかったように、気分が優れない。
父はこちらに向き直ると、やれやれと言うふうに退がった。
状況が読み込めず、しばし呆けていた私に父が言い放った。
「今後はお前の浪費癖も考えものだな、アニエル。次は庇えんかもしれんぞ。当分慎め」
大袈裟なため息を何度もついて、大義そうに城に入っていく父をじっと見つめる。これは夢だろうか。私は死んだのではないのか。
よろめきながら立ち上がって、バルコニーの縁を掴んだ。恐る恐る覗き込むと、真下で醜い私の首がこちらを向いて死んでいた。
「っっっ!!!」
「アニエル様、刺激が強うございます。どうかもうお下がり下さい」
駆け寄ってきた侍女に支えられて、城内を歩く。その間中、心臓が跳ねて倒れそうになる。その度に侍女は私に声をかけた。
向かったのは、やはりアニエルの部屋だ。美しく整えられたベッドに横たわる。私の趣味じゃない色合い、好みじゃない調度品。
(私が、アニエル…?)
侍女が去った後、恐る恐る鏡台の鏡を覗き込んだ。
「ひっ!!!」
この世のものとは思えないほどに整った美しい顔。紛うことなきアニエルの顔。
死後の世界なのか、もう一度与えられた人生なのか、はたまた本当は元々私がアニエルだったのかもしれない。考えれば考えるほどに混乱する。
(じゃあ、アニエルは?アニエルはどうなったの?)
「まさか…入れ替わって…」
ならば、アニエルが死んだのだろうか。醜い私の身体で。
『お姉様の様に醜かったら死んでしまいたい』と言い放った妹の言葉は、おかしな意味合いで叶ってしまったことになる。
「そんな…そんな…」
私の身体は震えた。恐ろしさではない、悲しみでもない。
それは、明らかに歓喜だった。
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