メイリーの勘
「んんんんメイリー殿っっっ!!!!!!あ、あな、あなたと言う方はっっ!!!!!」
跳躍して、岸壁に迫り出した根や岩を足がかりにアレン様とドリトンが待つ山道に戻る。岩肌をよじ登るよりも、飛び乗った方が早いだろうと判断したからだ。
(ドレスやヒールの高い靴のせいだけじゃない。一度の跳躍で飛び乗れないなんて、本当に体が鈍ったわ…ん?)
見れば、アレン様は顔を真っ青にして狼狽えているし、ドリトンはげっそりして頭痛患者よろしく額を抑えていた。
「二人とも具合が悪そうですが…」
「メイリー殿っ!!!全く、崖を飛び降りたかと思ったら飛び乗るなんて…はあ…、こちらは寿命が縮まる思いです!!!」
フェンネルの剣をよいこらせと担いで、ハンカチで汗を拭う。そんな私の様子を、ドリトンは遠い物を見るような目で見て諦観の笑みを浮かべている。けれど、アレン様はまだ怒りが収まらないらしい。
「聞いておられるのですかっ!!?」
「何を驚いていらっしゃるのでしょう?これくらいのことができなければ、冒険は…」
「貴方は王太子妃で、お腹にお子がいるのでしょう!!?」
「あ……。重々わかっているのですが、つわりが晴れたので、つい……。その、自重します…ご心配をおかけしました」
「…全く、心臓がいくつあっても足りませんよ」
たはは、と笑う私に、アレン様は本当に肝を冷やしたと言う風に袖で額の汗を拭った。
「…ところで、それは?」
私が手に持っている物を、アレン様が覗き込んでいる。
一頭の馬の口から僅かに覗いていたそれは、六頭全ての馬の喉に詰まっていた。そのままにしておくにはあまりにも不憫で、なんとか抜き取ったのである。
「見てください。これ…下で死んでいた馬の口に詰まっていたのですが…。紙片、でしょうか?」
そんな訳で私の袖が汚れていると知ったアレン様は、眉間に皺を寄せて「貴方は…」とだけ言って口を閉ざす。私はそれがどんな感情なのか読み取れない。どうやら私は普通の貴族令嬢とはかなりかけ離れた感覚を持っているようだから、こう言う場合大抵が不愉快に思われていると考えておけば概ね正解である。
けれど、今はそんなことを構っている時間はなさそうだ。私は気にせずこの手掛かりについて話し始めた。
「死んだ馬に、わざわざ詰めるなんてことは考えられませんよね…」
アレン様は私のことをじっと見つめてから、手の上のそれに目線を落とすと、今度は首を傾げた。
「……崖からの転落は、これが原因ということでしょうか?確かにメイリー殿の仰る通り、死んだ馬の喉に紙片を詰め込むのが趣味の変質者がいたとは考えにくい。…が、こんなに細い道で、一体誰が…どうやって馬の喉に?馬だって抵抗するでしょうから、ほとんど不可能でしょう」
(気がついていないフリをしているのか…本当に気がついていないのか、分からない)
私の口から言うのは気が引ける。ため息をついて、くしゃりと紙を握り込んだ。仕方がなく推論を述べる。
「…私がヤイレスに来た理由は、アニエル殿が忍ばせた手紙です。そこには手紙を魔法で紛れさせた、と書いてありました」
「アニエルが?そんな魔法を?」
「ご存知、ないのですか?」
私の指摘に、アレン殿の目線がうろうろと辺りを彷徨った。その様は、困惑しているような、叱られて言い訳を探している子どものようだった。
私が「アレン様」と呼びかけた声に、彼の声が被さる。
「ああ、どうも私は以前の記憶が曖昧なのです。以前話しましたでしょう?姉が亡くなってから、どうも記憶が抜けているところがあって…」
捲し立てるような早口に少し驚く。
私の違和感は膨らんだ。
「ご兄妹でしょう?使える魔法をご存知ないなんてこと…」
「私はあれを極力避けて生きてきたのです」
(それにしたって…)
この兄妹には、他にもなにか隠していることがある。それだけは分かった。
アレン様が焦ったように続けた。
「今回のことだって、アニエルが発端だ。そうまでしてシオン様に……」
「それ、シオン様に対する恋心。本当にアニエル様にあったのでしょうか」
「…え?」
私は紙片を握り込んだ拳に目を落とす。
アニエル様を側室に勧める手紙から始まって、シオン様と離縁するように勧められた。確かにそれは事実だ。
けれど、アレン様と既成事実を作ってしまおうだとか、シオン様に恋心を抱いていたとか、それは全て…
「…アレン様の憶測でしょう?アニエル様が使える魔法すらご存知ない、それほどに妹君を避けている貴方が、どうしてアニエル様がシオン様に恋心を抱いているなどと断言できるのでしょうか」
「それは……けれどアニエルには、お前が誰を好きになろうが勝手だが、国民の冷ややかな視線は避けられぬと窘めたのですよ」
「アニエル様は、その時なんと?」
「俯くばかりでした。けれど否定はしなかった。それにはやはり、思うところがあったのでは…」
「私は、同じ女として、アニエル様が夫にそのような好意を寄せているとは思えませんでした」
「…え?」
「ずっと考えていたのです。建国祭で、シオン様と共にアニエル様にご挨拶しましたが、アレン様が仰るような感情を妹君から読み取れただろうか、と。けれどどんなに思い出してみても、思い出されるのは、あの天使のような美しさと、僅かな微笑みばかり」
アレン様は思い切り訳がわからないと言う顔で首を傾げている。
ああ、殿方には分からぬのだな、と思う。
「自分の夫に向けられる好意に気が付かないほど、私は鈍感ではありません」
「好意…?」
混乱している。どうやら、私が言っている事が理解できないらしかった。
「そういう勘というものを、女は持っていると言う事です」
「ならば、一体…」
「今回の騒動の起因はなんなのでしょうね?アレン様に思い当たることはないのですか?」
一歩前に踏み出した。反対に、アレン様は一歩後退する。ドリトンが主人を匿うように背中に隠す。
「ドリトン、そこを退いてちょうだい」
「メイリー様、どうかもうご勘弁ください」
アレン様はまた困惑したような、言い訳を探す子どものような妙な表情になる。ぶつぶつと何か呟くように口元が動いて、指差し確認のように指があちこちを指している。
「私は、私は…」
「アレン様、貴方は…」
ドリトンの表情が険しくなる。やはり、と思った。どうやら彼はただの側近ではなさそうだ。
「メイリー様、これ以上は」
ガタン、と大きな音がする。振り返るとそこには、スピアリーの王族の紋章が付いた馬車が、私たちを認めて停車していた。
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