挟むのが得意(アニエル視点)
「兄は私を嫌っています。昔も、今も…」
カップを手に取って自嘲の笑みを浮かべた。
ちらりと目線をやると、スピアリーの国王は私をしっかりと見ている。その表情は、暗い。警戒しているのだろうか。
「…アニエル殿は…」
威厳のある声が、私をそう呼んだ時だった。
思い切り大きな音を立てて扉が開かれる。現れたのはシオン王太子殿下だ。
彼は大股でこちらに近づくと、わざと私の前でテーブルを叩いた。
ダン!と大きな音がして、カップの紅茶が揺れる。こんなことでは動じない。
「こちらの国では、テーブルを叩くのがマナーなのですか」
「…国境の崖から馬車ごと落とせば、生きて帰れる者はいないと思ったか?焦っただろうな、皆殺しにしたはずの一人が帰ってきたのだから」
「馬車?さあ。一体なんのことです」
「惚けても無駄だ。メイリーが乗ってきた馬車は、帰りは君が乗ったそうじゃないか。母国から懸命に落ち延びた風を装って、我が王国の従者に偽りを述べ馬車に乗り込むとはな。さぞ快適な乗り心地だっただろう?」
「命からがら帰城したという侍女の方がそう言ったのですか?獣にでも襲われて、記憶錯誤なのでは?よっぽど怖い思いをしたのでしょう、可哀想に」
「……今までのらりくらりしていたのが、急に良く喋るじゃないか。まさか生き残りがいたとは、計算外だったか?」
「おかしなことを…まるで私が落としたようなことを言います。このように非力な私がどうやって?私は怪我一つしていないというのに?」
シオン様は、腕を組んで私を覗き込むと、大きな目で私を捕らえてから誦じた。
「私、物を挟むのが得意なの。だそうだな。馬に何をした?」
「私は馬車に乗っていたのですよ!?どうやって馬に……あっ」
シオン様は、ふっと蔑むように笑った。なんと嫌味な男なのだろう。腹が立つ。
「ああ、やはり馬車に乗ってきたのだな?」
「それは…!」
「それに、君が物を挟むのが得意なのを、僕は知っている」
すっと目の前に出されたのは、側室に私を勧める書簡と、同封した走り書きの小さな紙切れ。
メイリー様がヤイレスに来るきっかけとなった、誘い文句。
「紙を魔法で忍ばせるのが容易なら、馬の喉に何かを仕込むのは実に容易いことだろうな」
勝ち誇ったような顔で私を見下すシオン様を見上げて、私は…
嗤った。
「…それが…何だというのですか、シオン様。この手紙を魔法で仕込んだと書いてあるからですか?私がそう書いたのは、そうでもしないとメイリー様に来ていただけそうになかったからですわ」
「何が言いたい」
「面白いことを教えて差し上げましょう。シオン様の側室に私を勧める手紙を書いたのは…私自身」
国王も、シオン様も固まった。どうやら思考がうまく働かないらしかった。それはそうだろう、国王のサインを偽造したのなら大罪だ。
私は丁寧に説明して差し上げる。
「だって、父は半年前に亡くなったのですよ。だったらその書簡は誰が書いたのでしょう。子どもでも分かることですわ」
「だから君はそんな魔法は使っていないと、そう言いたいのか」
微笑を浮かべて、少し溢れて中身が減った紅茶を啜る。
そんな私の様子を見て、血が滲むほど拳を握ったシオン様が低い声で言った。
「父上、僕はアニエル殿を連れて国境へ行き、馬の見分をしたいと思います」
「…うむ…。賢明な判断だ。行くからには必ずヤイレスに乗り込む手掛かりを得ろ」
二人のやりとりに、笑いそうになるのを必死に堪えていたが、遂に「ふふ」と声が漏れてしまう。
「何がおかしい」
「いえ?だって、挟むのが得意ということは抜き取るのも得意って思わないのでしょうか。ああ、私のことじゃないですよ?私はそんな魔法は使えませんから。普通そう考えないかなと思っただけのことです。馬から何も見つからなかったら、どうします?ふっ…くく」
「この…っ!!!」
綺麗な顔の王太子は口元を戦慄かせた。「食わせ者が」と言いかけたのを思い切り飲み下している。
「スピアリーの方は本当に我慢強い」
褒めたつもりなのに、却ってその言葉に怒りを露わにしたシオン様から、殺気がひしひしと伝わってくる。
国王が「シオン」と窘めたが、眉間の皺が深くなるだけだった。
息子が沸騰しているのを見て、仕方がなさそうに、ひとつため息をついて険しい声で問うた。
「何が目的だ」
私は立ち上がって、ふうと息を吐き目を閉じる。
「一つ言えることは、この世界がどうなろうと、私には…もうどうでもいいのです。さあ、"馬からは"何も出なかったら…」
そして思い切り息を吸った。
それが挟んだ物を回収しようとしていることに気がついたシオン様は、物凄い勢いで魔杖を出現させて詠唱を始めたが、当然間に合うはずもない。
目を開ければ、私の手の中には詰まらせた紙屑があるはずで…。
「ない…。な、ない!!なぜ……!!」
何度も何度も息を吐いては吸って、吸っては吐いたが、馬の喉に詰まらせたはずの物が現れることはなかった。
国王とシオン様はお互いを見合って頷いている。
「メイリーが国境にいる。あれはまた無茶をしているらしい」
「まさか!そんな!」
「君の目的が何か知らないが、アレン殿もそこにいるのだろう。そこで引き渡しといこうじゃないか」
失敗した。この人たちをここに留める事に注力しすぎたのだ。なぜもっと早く回収しなかったのかと自分を責める。
「君も着いてきてもらおうか。因みに、もし僕や父、馬や御者に何かを挟むそぶりを見せたら…」
「別に…もう私を殺したって構いません。けれどさっきの詠唱はファイヤーレイですか?女一人を止めるのに、随分と派手な魔法を使うのですね」
「こちらも余裕がないものでな」
振り返ったシオン様は、少し焦った様子で国王を見た。
「儂はここで待つ。メイリーに会ったら、孫ができた報告はできれば本人から聞きたかったと伝えてくれ」
「分かりました」
なぜだかホッとした様子の王太子殿下を見て、羨ましいと思ってしまった。
(汚れた私には、眩しいほどだわ)
私を伴って部屋を出たシオン様は、ただ前だけを向く。
扉が閉じる刹那、国王は右手で顔を覆ったのが見えた。
「まさかと思うが、ヤイレスの国王を殺したのは…」
「お疑いかと思いますが、私じゃありません」
「ならば本当にアレン殿が?…アニエル殿が言うほどアレン殿が非道という風には思えなくてね」
「それはそうでしょう。あれは表向きの顔なのですから」
「…君たち兄妹の真実がまるで見えん。もう勘弁してくれないか…」
「メリッサ…」
「?」
「第一王女・メリッサが死んだ事が全ての始まりでした」
もう心に留め置いても致し方ないだろう。
足を止めた私を、射抜くように見たシオン様は、ギョッとした顔をしている。
一体何を見たのだろう。
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