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国境を越えて

「私が、お姉様…メリッサ様に似ているというのですか?」

「なんとなく、そんな気がするのです。メイリー殿と初めてご挨拶をさせて頂いたのは、三年ほど前でしたか…」

「その頃には、メリッサ様は既に鬼籍に入られていたと記憶しています。……そうですか、それはぜひメリッサ様とお会いしてみたかったです」


 アレン様はぽりぽりと頭を掻いた。照れ笑いのような、思い出し笑いのような笑顔を浮かべる。


「…そうは言っても、どうも姉の記憶は曖昧で…気がするというだけなのですが」

「肖像画などがありますでしょう?」

「それがどう言うわけか、姉の顔だけ切り裂かれていたり黒く塗りつぶされていたりしていて、顔が全くわからないのです」


 なぜそんなことが…。考えられることはいくつかあるが、例えば…


(何か罪を犯したとか…)


 けれど、懐かしいものを見るような目の彼に、そんなことは言えなかった。


(まさかね)


 浅慮だった。何年か前に、父からメリッサ様は北極の地で神にその身を捧げたと聞いている。罪を犯しただなんて有り得ない。


(でも、なぜご自身が贄となるようなことになったのだろう?)


 ヤイレスは祝福された国だ。その国の王女自身が身を捧げるようなことがあるのだろうか。

 アレン様は、どうやらメリッサ様の死に関する記憶も曖昧らしかった。


「父に姉のことをなんとか聞き出そうとするのですが、どうにもはぐらかされてしまって。そんな父も、とうとう…」


(とうとう?)


 なぜだか、その言い回しに居心地の悪さを感じる。


「アニエル様がヤイレスの国王陛下を手にかけたのでは、と仰いましたが、それはなぜでしょうか?その…アニエル様は寵愛を受けていたと聞いておりますが…」

「寵愛の…度が過ぎたのだろうと思います。つまり、父はアニエルを"そう言う目"で見ていたと…」


 絶句する。

 ドリトンの表情が翳った。国の恥とも言うべき事柄を他国の王太子妃に話してしまったからだろうか。


「アニエル様は何を企んでおいでなのですか?」

「恐らくですが、メイリー様を廃位させ、自分こそが正妃になるのだと思っているのかも…。メイリー様がお忍びでヤイレスに来ていると聞いて、私は焦ったのです。案の定おかしな事が起こった」

「廃位?何の理由で…」


 そこまで言ってハッとする。まさか…


「まさか…アレン様のもう一人の人格を利用して?」

「この際既成事実を作ってしまおうと言うわけではないでしょうか」

「ああ、だから私が孕っていることにアニエル様は動揺していたのですね」


 あの天使のような可憐な王女が、そんな恐ろしいことを考えていたというのだろうか。

 ならば、シオン様は今頃籠絡されているのだろうか。

 そんなことを考えて頭を何度も振った。


「…我が国に送った書簡の返事がないと。失礼ですが、本当に送りましたか?」

「その場合、アニエルに私が加担していることになります。それだけはあり得ません」

「もう一人の方は、分からないでしょう?」

「それが、入れ替わりの刹那だけもう一人の自分と会話ができます。書簡については既に彼にも聞いてみました。結果としては、どちらの私も確実に破棄してなどいないと言えます」


 あのアレンが?本当にそうなのだろうか、と思ったけれど、それは私の希望が随分と含まれている。

 書簡は確実に国に届いていて、その上で返事がないのならば、アニエルの言葉を鵜呑みにしたシオン様は私を見限ったということになる。


「シオン様…」


 ぽつり、と呟いた言葉に、アレン様は居た堪れないというような目で私を見た。

 その眼差しが辛くて、ふと窓の外を見る。

 国境を越えたあたりだろうか。眼下は崖だ。

 崖の下には、川が流れている。川岸には、車輪の外れた馬車が転がっていた。


「えっ……」


 アレン様も釣られて眼下に広がる川を見た。

 その光景に息を呑んで、ドリトンに馬車を止めるよう指示を出す。


「隊列止まれ!!!」


 程なくして止まったが、御者が慌てて駆けてきた。


「ここで馬車を止めるのは、あまりにも危険です!間も無く道が広がりますから、そこまで……」そう言いかけたが、私たちの視線に釣られて眼下を覗き込んだ御者は、腰を抜かした。山肌を背にして、座り込んでしまったのだ。


「道幅の広いところで待機していてくれ。至急確認せねばなるまい」


 アレン様の言葉に、口をパクパクさせながら何度も頷いて、御者台に乗り込むと、私たちを置いて、馬車は進路を進んだ。


「しかし、降りようにもこの崖では…」


(なるべく貴方に負担がないように降りるわね)


 少し膨らんだお腹を撫でる。

 急に私が飛び降りたので、アレン様とドリトンが発狂した。

 くるくるくる、と六回転してから、木の枝を頼りに、着地の衝撃を和らげた。


「っっっっっ!!!!!んんんんんんんっっメイリー殿っっっっ!!!!!」


 頭上からアレン様の声がこだました。


「シオン様には内緒でお願いします!!!アレン様はそちらでお待ちください!!!」

「ああああっっっ!!!!勘弁してくれぇ……」


(本当に別人なんだな…)


 お腹の中をボコボコと蹴られている。楽しんでいるのか、もしかすると怒っているのかもしれない。


「ごめんね、びっくりしたの?でも、私の大切な人たちが大変かもしれないの、少しだけ協力してくれる?」


 アレン様とドリーは、崖の上から心配そうに私を覗き込んでいる。

 彼らに目線をやって一つ頷くと、落下していた馬車に近づいてみる。

 それはどう見ても、私がヤイレスに来た時に乗った馬車だった。


(みんなは…?馬は…?)


 嫌な汗が流れる。

 下流に目を向けると、そこには馬が二頭重なるように倒れていた。川上から滑る水が、容赦なく二頭を打ちつけている。


(まさか……!!)


 二頭の馬に駆け寄ると、一見しただけで、死んでから日にちが立っている事が分かる。

 その先には、何匹もの馬と、何人もの人たちが、ある馬は岩に引っかかり、ある者は川岸に流れ着きして転々と倒れていた。

 まだ助かるかもしれない、という思いはすぐに打ち砕かれる。


「アニエル様が…?ほ、本当に?」


 本当に、こんなに酷いことを?あの方が?いや、彼女も一緒に落馬していることは考えられないだろうか。けれど、その場合なぜアニエル様を国にお連れしようとしたのか疑問が残る。

 玉砂利を握り込んで、ハッとした。


「トリアリ!!トリアリ!!!!」


 けれど、どんなに探しても、その侍女の姿はなかった。

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