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スピアリーへ(アレン視点)

 メイリー殿が馬車を目の前にして、嫌悪の視線を向ける。当たり前だ。


「同じ馬車に乗るのは嫌でしょうが…」と前置きしてから、私は45度の姿勢で謝罪した。


「…大変申し訳ありません。この通り、お詫び申し上げます。あれはもう一人の私の仕業なのです」


 メイリー殿は目線を逸らして「頭を上げてください」と言った。


「信じられないかもしれませんが…。どうか私の話を聞いてほしいのです」

「滞在中、話す機会ならいくらでもありましたでしょう?」


 皮肉を込めた物言いに、私は何も言えなくなってしまう。

 けれど、だじろぐ私をみて、どうやら話の半分くらいは腑に落ちたらしい。メイリー殿は、何度か頷いて言った。


「あれが貴方の本性なのか、別人格なのか真意は置いておいて…。確かに今の貴方からは不思議とあの殺気は感じられませんね」


 私は幾分かホッとして、再度頭を下げた。


「もし何かあれば刺し殺して構いません。あまり聞かれたくない話なのです。どうか、スピアリーに向かう道中、私に説明の機会を与えてください」

「だから馬車で二人きりになりたいと言うのですか?刺し殺すなど…できるはずもないことを軽々しく仰います」

「それは、ここに控えている最側近のドリーも一緒に乗りますから」


 左脇に控えていたドリーが頭を下げたのが分かる。


(…動揺しすぎだ…。愛称で呼ぶなど)


「ドリトンと申します」

「…必ず、アレン様の隣に座ってください」

「その様に」


 剣を抜く前に、側近であるドリーが止められなければ、ドリーも私もただでは済まないということだ。メイリー殿は、鋭い視線でドリーを見ている。

 実はドリーこそが諜報員だということに、気づいただろうか。けれど、他の誰にも聞かれたくない話であった。


(どこまでも自分本位だ)


 馬車に乗り込んでから、出発するまでの間、なんとも気まずい時間がだらだらと長く続く。


「…荷物が少ないのは幸いでした」

「このようなことになって申し訳ありません」

「いえ、倒れた私が悪いのですから」

「書簡の返事がないなど悠長なことを言わず、どうにかすべきでした」

「他国の王太子妃が、それも身重の身体で倒れたら、そちらが慎重になる気持ちもわかります」

「メイリー殿が倒れた時、私は恐らく別人格でした」

「私が目を覚ました時には、もうベッドの上でした。けれど、倒れる時アニエル様が確かに「兄上」と呼んだ声がしました」

「…やはり」


 ガタン、と揺れた。馬車が出発したのだ。


「もしお身体が優れなければすぐに仰ってください。休憩にしましょう」


 それで、目の前の美しい人は目を丸くして少し笑った。


「本当に、別の人なのですね」

「私は…非道いことをしましたか?」

「…お腹の子を引きずり出すと言いました。女が何をしても無駄だとも言いました。そして、組み伏せられました」

「ああっっっ!!!本当に…!!!」


 ドリーは私を横目で見ると、「あり得ることでしょう。もう一人のアレン様の気性を考えれば…」と言ったので、私はもう頭を抱えるしかなかった。


「申し訳ありません!!スピアリーに着いたら、どうか私を王族裁判にかけてください…!」

「アレン様」

「なぜ…なぜ私は自分ですら抑えられない…!!」

「アレン様!」


 メイリー殿の一喝で、やっと頭を上げることができた。唇が震える。


「わ、私は…」

「今は、もう少し前向きな話をしましょう」


 袖でぐいと目元を拭った。

 ふう、と一呼吸置いて鼻を啜る。


「…父が、アニエルを国王に推すのも分かるでしょう?自分ですら抑えることができない私に国王は務まらない」

「失礼ですが、アニエル様は狂っていると仰いました。それについてはどうお考えなのでしょうか」

「この国が滅びるだけです…ああっ…」


 再び頭を抱えた私に、二人の視線が刺さる。

 重い口を開くまで、随分と時間を要した。


「父を…殺したのは…恐らくアニエルです」

「まさか!」

「もう一人の私が殺したのでは、とお考えでしょうか。けれどそれはあり得ません」


 メイリー殿は、恐らく「本当に?」と言う言葉を飲み込んだ。

 けれど、私がなぜそう言い切れるのか、答えは簡単だった。


「私は、随分と暫く人格の交代がありませんでした」


 貴方が来るまで、と言いかけた言葉を胸にしまった。


「失礼を承知で言いますが、そんなもの、どうとでも言えるでしょう」

「仰る通りです。でも、だから油断していたのかもしれません」

「それは、何がきっかけで人格が交代するのですか?」


(ああ、やはり聞かれてしまうか…)


 できれば言いたくはなかった。特にメイリー殿には…。

 真横に座るドリーの眉間に皺が寄った。

 私は、随分と長い時間逡巡してから、口を開く。


「……湧き上がるような…欲情です」


 メイリー殿は今度こそ言いようのない嫌悪感を私に向けた。

 ぎゅっと握りしめた手から緊張感が伝わってくる。

 今度こそ、そのフェンネルの剣で刺し殺されるかと覚悟を決めた時だった。


「…アニエル様がシオン様に好意を寄せているから離縁を勧められたのかと思っていましたが、まさか…」


 と言われてギョッとした。私は慌ててそれを否定する。


「それは違います!私が私個人の感情でメイリー様を手中に納めようなどと言う気はありません」

「なぜそう言い切れますか?」

「それは、もう一人の私に、私の人生を乗っ取られるのと同義だからです」


 言っていてつくづく自分勝手な理由だと思う。けれど、それが本心だ。

 案外メイリー殿はなるほどと納得したようだった。


「その、いつから二人の人格が現れるようになったのでしょうか?」

「…第一王女・メリッサが…私の姉が亡くなった時期と重なります。きっと、私の中でショッキングな出来事だったのでしょう。どうも前後の記憶が曖昧なのです」

「まさか、アレン様にとって思い出したくない過去を背負っているのが、もう一人の?」

「ええ。恐らくそうなのでしょう。だから随分と捻くれていて、手がつけられない」

「なるほど…」


 国境を跨ぐ山道が見えてきた。あれを超えたら、なぜだかもうここには帰って来れない気がしてならなかった。

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