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境界線(第一王女、メリッサ視点)

『ありゃあ、メリッサ様じゃないか?』『おや、本当だよ』『なんだってお姫様が一人で走ってるんだい?』『やだよ、何か攻めてきたんじゃないだろうね』『馬鹿をお言い!だったら尚更隠れるだろうさ』『それは違ぇねえ』


 この国の第一王女である私が、血相を変えてむちゃくちゃに走っていく姿を見て、ヤイレスの人たちは騒然とした。

 それでなくとも、初めて降った冷たい雪に文句をつけていたというのに、全くおかしな事ばかりだと。

 それでも私は走った。走って王城に入り、みんなの静止を振り切って、妹の、アニエルの部屋に乗り込んだ。


 妹は、スピアリーの国王からの贈り物である宝石を加工して作ったブローチを付けて、いつにも増して着飾っていた。

 別段驚くでもない、けれど冷たい目で、転がり込む様に扉を開けた私を見ている。

 その様子に、少しだけ違和感を感じた。


『はあ、はあ、アニエル…!!』

『…神様の供物になったのじゃあなかったの?…ああ、それとも逃げてきた?そうよね、いくらお姉様だって死にたくないわよね。もし私がお姉様の様に醜かったら死んでしまいたいけれど』


 息を切らして妹を迎えにきた私にとって、どんな暴言も犬の鳴き声となんら変わらない気持ちだった。

 駆け寄ってアニエルの腕を掴むと部屋から引き摺り出した。


『っっっ!!!お姉様っ!ついに狂ったの!!?』


 私は構わず妹を引っ張ったまま歩んだ。


『…ねえ、アニエル。ヤイレスに冷たい雪が降ったわ』

『それが何!?私はこの王城にいるのよ!?どうでもいい事だわ!!』

『…本当にあなたがこの国の女王になろうというなら、私はそれを止めなければならないわね。でも大丈夫、一緒に行くのよ』

『やめて!!!やめてよ!!!痛い!!!助けて!!誰か!!!』


 目の前の威圧感に、思わず歩が止まる。

 大きな影が伸びている。目線を上げるとそこには、国王である父が立っていた。


『おとう、さま…』

『メリッサよ。…貴様は、神の啓示などと嘯き、時期国王であるアニエルを殺す気だな?』

『なにを…!私は…北極で神と対話しました!!神は、アニエルを連れてこいと!!!』


 父は大袈裟なまでに肩を上下させてため息をつくと、やれやれと言ったふうに首を左右に振った。


『神と対話?ついに気が狂ったらしい』

『お父様!!この国は、神に祝福された…』

『黙れ!!!国の秩序を乱し、アニエルの殺害を目論み、ゆくゆくは王の座を狙う魂胆だったのだろう!!』

『そんな…わ、わた、私は…王の座など…』

『まだ言うか!!お前はもう儂の娘でもなんでもない!!この罪人を連れて行け!!!』

『え…』


 衛兵達が私を取り囲み、縄で手を括ると思い切り縛り上げた。


『うっ!!!』

『大罪人め!さっさと歩け!』


 ぐいぐいと引っ張られたが、なんとかその場に留まろうと踏ん張った。


『お父様!!冷たい雪が…』

『…最後まで無様に縋るか。恥を晒しおって』


 私に一瞥をくれた父は、アニエルの銀髪を愛おしそうに撫でた。

 その手つきにゾッとする。

 アニエルは、無感動に私を見ていた。

 どん、と背中を押されて、今度は私が引きずられる様に連れて行かれた。





 東の塔は、神の祝福が及ばぬ場所だ。余白、或いは忘れられた場所、ついで、などと呼ばれている。

 主に、貴族や王族が罪を犯した場合、この東の塔に幽閉されることになる。

 北国らしい突き刺さる様な寒さと、容赦のない風がそこにはあった。

 格子がついたはめ殺しの窓の外は、どんよりとした灰色の景色である。


(…そう、確か、神がこの地を祝福する時に、ここが見えなかったからとか、悪魔の使いである大蛇がとぐろを巻いていたのが見えて避けたとも言われているわ)


 あれから、神のお告げはない。見限られたのだろうか。

 この塔がそもそも冬国らしい寒さであるから、冷たい雪が降ったヤイレスがその後どうなったのか、わからなかった。

 窓の外を見上げて、手を組んだ。


『神よ…どうか、ヤイレスの人々が…この世界の人々が、毎日を笑顔で過ごせる様にお導きください』


 外はごうごうと音を立てて風が吹き荒んでいる。


(アレンは、どうしているだろう)


 会いになど来ないでほしかった。だから、思っているくらいで丁度いい。


 ガチャガチャ、

 後ろで扉が開く音がした。


(食事かしら)


 と思って振り向くと、何人もの門番達がずかずかと入ってきた。


『なんですか、何の用でしょうか』


 男達は黙していたが、やがて全員がお互いを見合うと、大爆笑がこだました。


『な、なんなのです!』

『あははははは!!!!!いやー、本当に酷い面だ!!』


 私は、目の前の光景に、ただ困惑するしかなかった。


『でも、これが王女様なんだろ?』

『ちげぇねえけどよ、俺ぁパスだぜ?いくらなんでも酷すぎらぁ!』

『あはははは!!!』

『おい!ドイミネ!お前いけるだろ!?』

『勘弁してくれよ』

『ドイミネも無理とか!王女様が可哀想だろー!?』


 私は身を固くして、なるべく壁に寄った。

 やがて、門番を仕切っているらしい男が私の顎を掴むと、嘲笑の笑みを向けた。


『ぐっ!!』

『イイコトを教えてやるよ。アンタは明日処刑が決まった。罪状は、まあ、分かるだろ?』

『私はっ…なにもしていないっ!』


 ドン!

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。

 強烈な痛みが腹部を突き抜けていく。


『げえっ!!』

『俺たちはよぉ、普通に暮らしてたら貴族様なんて、ましてや王女様なんて一生知らずに死ぬだろ?だからさ、ここに来て処刑が決まった貴族女はみんな俺たちの慰み者にしてるんだよなぁ』


 ドン!

 二発目の方が痛かった。思い切り身体をしならせて殴られた身体。


『っっっ!!!』


 がん!

 倒れた私の頭が、ぎりぎりと踏まれている。


『でも、アンタはダメだ。いくらなんでも顔が酷い』

『ということで、僕たちの日頃のストレスを発散しまーーす』


 身体を這い上がってくるような恐怖。目を逸らしたいのに、見ずにはいられない、人間の反応の不思議。

 押さえつけられた頭を思い切り捻って、目を見開いた。


『やめろよ、お前ら、怖がっているじゃないか』


 男の一人がそう言った。一筋の光が差し込まれて、幾ばくかホッとした時、その男は崩れた笑顔で言った。


『と、言うことでいっぱい虐めまーーす!』


 げらげらげら…


 品のない笑い声が、この世界を満たした。


(歪んでいる…)


 祝福されたこの国は、こんなにも腐っていた。

 誰のせいだろうか。


 ゆら、と近づいてくる無数の影に、もう微塵の恐怖もなかった。

 それでも、一度目の殴打は痛烈な痛みが走る。


『うっ!!!!』


 その痛みは、少しだけ私の頭の回転を早くした。

 さっき見た光景が脳裏を駆け巡った。

 それで、アニエルの胸元のボタンが掛け違っていたのに気がつく。


(あの時の違和感は、そういうこと…)


 国王である父が妹を触る嫌な手つきに、点と点が線になる。


(あの二人は…まさか…まさか…)


 何度も殴られ、蹴られ、松明であちこちを灼かれても、絶望に堕ちた私は心が飛びそうになるのを、与えられる痛みで堪えられたと言っても良い。


(あの二人がどうだろうと、私も人のことなんて言えないわ…私とアレンも…)


 穢れきっている。この男たちも、お父様も、アニエルも、アレンも、私も。この国も、この世界も。


(…ああ、いつからこの国は狂ってしまったのだろう)


 そして思い至る。


(そうか)


 神がこの国を祝福したのが間違いだったのじゃないか。


 意識が飛んだ瞬間、思い至ったのはそんなつまらないことだった。

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