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機転

 なんだろう、面白い気分が伝わってくる。

 急にすごく眩しい気がして、そのうち、やっと身体を思い切り動かすことができて、気持ちがいいという気分になった。それが突然、面白くて仕方がないという思いだけが伝わってきたのだ。

 山の天気のように、ころころと変わる感情にしばし翻弄される。

 そしてそれは、言語ではなく、ただその感情や思いだけが伝わってくるから不思議だ。


(よく、分からないな…)


 私はこのまま眠っていたいというのに。

 何も見ず、何も聞かず、温かくて暗いここに包まって永遠のような長い時を過ごしたい。


(怖い。鍛えていない自分が、一番怖い)


 できたはずのことができないのが怖い。

 私を支えていた自信は一瞬で崩れ去ってしまった。

 もしまた、自分では躱すこともできない状況になったら、その時は舌を噛み切ってやろう。


(あれ)


 と思う。

 私は、今どうしているのだったか。


(まさか眠っている?気を失っている?)


 何も見えぬし、何も聞こえぬ。けれど、身体から不快感は伝わってこない。


(ああきっと、悲鳴も聞こえないのは、つまらないからなのかも知れない)


 だったら暫くこのまま目を覚まさなければ良い。現実から目を逸らすのには、丁度良いのかもしれなかった。


 なのに。

 再び眠りに落ちようとする意識を誰かが揺さぶった。

 言葉が伝わってこないので、判然としないけれど、「起きて」と言っている気がする。


(嫌よ。また非道いことをされたら、お母さんはきっと……)


 それでも無理に、何度も私を揺さぶるそれは、やがて大音量の泣き声となる。


(ごめんね、そうだよね、分からないことが沢山あるよね。任せてごめんね、ありがとう、大好きよ)





✳︎ ✳︎ ✳︎





「っぁぁああああっっ!!!!っぁぁああああっっ!!!!」

「メイリー殿!!メイリー殿!!!」


 大量の涙が瞳を覆っている。曇って前が見えない。

 仰向けの身体をなんとかうつ伏せにして、四肢を曲げた。


「っっ………???」

「どこか痛むのですか!?」


 アレンの声が頭上から聞こえてきて、思わず体躯を思い切り跳ねさせて起き上がった。


「っはあ、はあ……」


(身体が、少しだけ軽い…)


「あの…」


 おろおろしているアレンと、どういう訳だか玄関ホールにいる私と。


(?????)


 状況の把握ができなくて、思い切り混乱する。

 大層心配だという顔をしているアレンの、伸ばされた手を思い切り払いのける。

 鋭い高い音がホールに響いた。


 ざわ、ざわ…


(何がどうなっているの?)


 騒ぎを聞きつけて駆けつけてきたのだろう、ヤイレスの王城の貴族や使用人たちが、私を囲んで狼狽えている。


(私が、泣いていたからだ)


 なぜ、と思考した瞬間、思い出す。

 自分のことをお母さんなどと、よく分からぬ存在を大好きだと、感情を動かしてくるその存在をあやそうと、どうして私はそんなことを思ったのか。


(まさか…)


「あ、あっ…ああ…あなたが、私を守ってくれたの?」


 お腹を摩る。

 何度も吐いて、動くこともままならないほどの悪阻が、嘘みたいに消えている。

 私の声に応えるように、ぐぐぐっとお腹の中を踵で擦るような動きを感じた。


「ありがとう。ふふ、それ、とっても変な感じがするわ、優しくしてくれない?」

「あのう…」


 アレンが懲りずに私へと歩み寄る。


「近寄らないで」

「やっぱり私は…貴方に何かしたのですね…」

「訳の分からないことを」


 つい、右手に持っていたフェンネルの剣を鼻先に突きつけそうになった。

 私はこの国でただ一人のスピアリーとして、そして王太子妃として、その衝動をぐっと堪えた。


(祖国に置いてきたはずのフェンネルの剣を、この子は呼び寄せたというの?まさか、この子も…)


 生唾を飲み込む。

 私が堪えたのを見て、アレンが意を決したという風に近づいてきたので、思い切り警戒する。

 けれど、彼は予想に反して思い切り頭を下げた。

 そして一際大きな声で、ここにいる全員によく聞こえるようにこう言ったのだ。


「…大変ご不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」

「えっ…」

「ドレスにサソリが入ってしまったのは、こちらの落ち度。ですが刺されてなどおりませんので、どうか落ち着かれて下さい」


 ぽかんとする。

 あちこちで「サソリなんてこの国にいたか?」「さあ」という声と「やだーー」「ううっ考えただけで恐ろしいわ」という声が聞こえてくる。

 アレンは何もない地面を何度も踏んでから、そこをハンカチで拭う仕草をした。


「さあ、これで大丈夫。サソリはこの通り動かぬものとなりました」


 私は訳がわからずにいたが、アレンが一芝居打っていることには気がついた。

 こそり、と彼に耳打ちする者がいる。アレンの側近だろうか。


「メイリー殿、スピアリーにお戻りになる準備が整いました。こちらの都合で長期間滞在していただくことになってしまい、申し訳ございませんでした。深くお詫び申し上げます」


 ちら、と周囲を見回す。

 なるほどと納得する者と、スピアリーの王太子妃が来ていたなんてという顔をする者と、好奇の目で見る目と、なぜヤイレスの王子が謝罪しているのかという目と…。


(ご自身のお立場もあるのに、大勢の前で私に頭を下げられた)


 王族が、他国の王族に頭を下げるなど一歩間違えれば降伏と捉えかねられない。けれど、今はサソリのせいだ。

 アレンの機転で、大勢の貴族に囲まれた私に対する奇妙な目はだいぶマシになってきた気がする。


(ひとまず、ここはこの場を収めるのが第一優先だわ。この大勢の人の前で襲ってくるはずもないだろうし…)


 なにより、今なら以前とはいかないまでも、少々なら動けそうである。


 私はアレンの二面性に困惑しながらも、カーテシーで彼の提案を呑むことした。今の私にできることなど、限られているからだ。


「身が縮む思いでした。お見苦しい所をお見せしてしまい、大変申し訳ござきませんでした」


 場を収めることができた安堵からか、ほっとした様な顔を見せた。けれど少し複雑な笑顔を私に向ける。

 周囲に気がつかれない程度に警戒する私に、距離を保ちつつ外まで案内してくれた。


(ああ、外の匂いがする…)


 去り際、どこかから「勇者・メイリーもサソリは苦手なのねぇ」という声が聞こえてきた。

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