反転(アレン視点)
パラパラ、パラパラ、
天井から埃が落ちてくる。それが目に入るのを嫌って思い切り顔を背く。
(何が、起こった…)
なぜか景色が反転している。メイリーに覆い被さっていたはずなのに、こちらが仰向けになっている。そして、そのメイリーはといえば…
数歩下がったところで、剣を手に切先をこちらに向けている。あれがフェンネルの剣か、などと思った次の瞬間、押し潰されるような感覚に身動きが取れなくなった。
(なんだ、この威圧感は…!!)
つかつかと歩んでくるその目は、まだ目覚めたばかりと言わんばかりに眠たそうにしている。トロンとした目を何度も瞬いた。
おまけに、くわ、と欠伸をしてから、首をくるくると回している。
「アレン様!!一体何が!!!」
扉が開かれたと同時に、衛兵が二人傾れ込んできた。
メイリーはゆっくりとそちらに向き直ると、何度か目を擦った。まるで寝起きのそれである。
衛兵達は、我々を交互に見て叫んだ。
「な、なんということを…!!〜〜っっ!!スピアリーが!!!」
彼らはメイリーを捕まえようと、弾丸のように突進した。それを、最小限の動きで躱わしている。先程、私が押さえつけて硬直していた彼女とは、まるで別人のように映る。
衛兵二人は、私が腰を抜かしているベッドに倒れ込んできた。
メイリーはこちらを気にするそぶりも見せず、二の腕をぺちぺちと叩くと、削げ落ちた筋肉に困惑している様子だった。
開け放たれた扉から、部屋の外へと歩みを進める彼女を見て、私は二人の衛兵を揺する。
「おい!起きろ!」
けれど、二人は完全に伸びていて使い物にならなかった。
(入れ替わるか?…いや)
もう一人の私は、メイリーに執着しているものの優しすぎる。
(お前が欲しがっていたから、ここに軟禁していたのじゃないか。それが、いつまで経っても手もつけずに)
本当に腹が立つ。
起き上がって、部屋を飛び出した。見れば、メイリーは剣を手に、のろのろと歩いている。
さっきまでの、恐怖に身を固くしていた彼女とは完全に違っている。余裕のある立ち振る舞いと、舐め切ったような顔。
(まさか、メイリーも二重人格なのか?)
それとも、勇者・フェンネルが乗り移ったのか、と考えてくだらぬ思考を追い出した。
『どういうことだ』
もう一人の私が目を覚ましたらしい。入れ替わろうと意識のドアを叩いている。
「ふざけるな。お前に任せておけるか」
『それは、こちらの台詞だ』
「おい、勝手に…やめろ……」
『私が肉欲を治めているのは、お前が意識の表層に現れるからだ。気がついていないとでも思ったか?浅はかだったな』
(くそ……)
どれくらい眠っていたか、身体が重たく感じられる。
(それにしても…メイリー殿が逃げ出したのか)
身重の体だ。メイリー殿の従者がいなくなってしまった以上、あちらから迎えが来るのを待っていた方がいいと思ったが。
だが、少し安堵している自分がいた。書簡の返事がなくとも、あちらに送り返す口実ができたからだ。
そうすればもう、沸き起こる衝動を抑えなくて済む。
「一向にスピアリーから返事がなかったのは、本当はお前が認めた書簡を棄てていたからじゃないのか?」
後頭部が、うず、と痛んだ。
大人しく眠っていればいいものを。底なし沼に手足を絡め取られながら、まだ踠いているのが分かる。
「なんにせよ、お前がメイリー殿を即座にあちらにお返ししなかったのがことの発端だ」
メイリー殿の従者は、やはりもう一人の私がどうにかしてしまったのだろうか。まさかそこまで、と思って心がざわつく。
メイリー殿は軽やかに螺旋階段を下り、階下の玄関ホールへと向かっている。
(まさか、このまま一人でお帰りになる気か!?)
思って焦った。欄干に手をかけて叫ぶ。
「メイリー殿!!」
呼ばれた彼女は緩やかにこちらを振り向く。ドレスに剣を持った出立がなんともアンバランスで、私はまた湧き起こるものを、なんとか腹の底に治めた。
「スピアリーまで送り届けましょう!」
暫くの間の後に、小首を傾げて唇を少しだけ開いているのを見て、それで私は猛烈に失敗したと自覚する。
「あ、えっと…さっきのあれは…私じゃなくて…!!」
(馬鹿か!!そんなことを言って信じてもらえるわけがない!!)
思うに、私はきっと彼女に非道いことをしようとした、いや、恐らくしたかもしれない。それを送り返しましょうかと言ったところで、警戒されるだけだというのに。
けれど、ならばどうすれば良いのだ。
「あ、あの!こちらで馬車を用意しましょう!優秀な騸馬と御者をすぐに手配しますので!!どうか、その、剣を…納めてください!!」
瞬きもせず私を見つめ返す目に耐えられなくなって、私は階下へ駆け降りた。
駆け寄るその間も、彼女はじっと私を見ている。
「メイリー殿、私は…私はその…あなたをどうにかしてしまったのでしょうか…」
言いながら、思い切り躓いて彼女の足元まで転がって、鼻を強打した。暫く呻いてから、そっと見上げると、メイリー殿は、
ころころと笑っていた。
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