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捜索は続く(アレン王子視点)

 あの人は、眩暈がするほど良い香りがした。だから今はまだ、あまり長い時間を共にすることはできない。


(自制が効かなくなる)


 私は紳士だ。重たくなった胸の感情を密かに下ろすしかない。

 こんなはずでは、とため息が出る。相手は他国の王太子の正妃。何を心動かされているのだ。

 長い廊下を渡っているうちに収まればいいが。


 ふっと音もなく後ろに諜報員が立ったのが分かる。


「…報告しろ」

「大きな進展はありません。これ以上探すには国境を越える必要があるかと」

「はあ…。我が妹ながら、あれは本当にどうしようもないな。あちらの国のご迷惑となることだけは極力避けろ…と言いたいが、気を遣っている場合ではなさそうだ」

「如何されますか」

「何度も送っている書簡の返事がないのは、アニエルが既にシオン殿を籠絡しているからかも知れぬな。そういう方ではないと信じたいが…。吐き気がする。仕方がない、あくまでも秘密裏に探し出せ」

「御意」


 諜報員が音もなく去った廊下を振り返る。

 あの人がいる部屋の扉が際立って見えた。


(お可哀想に…)


 伝説が生まれる地、スピアリーの勇者。

 魔物と、争いと、血の匂いが絶えない西の国の王太子妃。

 穏やかな、神の真綿の愛に包まれた我が国からは想像もできない荒れた地だった。

 けれど、なぜ神は聖女を、フェンネルの勇者は次代の勇者を、西の大陸に選んだのか。

 答えは簡単だ。あの地から湧く魔物を封じるためだ。神はこの国を、ヤイレスを愛したと言われているが本当にそうだろうか。

 私は国民を愛しているが、この国の人々は神の愛に胡座をかき、怠惰で横柄である。それはこの国が豊かで、平和であるからだろう。

 対して、スピアリーの国民はみな勤勉であるし、協力的である。それは、やはり魔物の存在が大きいのでは、と時折考える。


 安穏と生きてきた我々には、ついこの間まで魔物が跋扈していた地の、彼らの日々の苦労など想像もできぬ。なにせこちらでは、魔物が一匹でも出れば、国力は大いに削がれるのだから。その間に他国からの侵入を許したら、たちまちこの国は乗っ取られてしまうだろう。


(それが、メイリー殿の手で死竜を倒し、魔物を鎮静化させただなんて…もはや人間兵器じゃないか)


 公爵令嬢としての彼女は何度か見かけたことがあった。おっとりとしていて、死竜を封印させたなど、全く想像ができなかったが…今ならよく分かる。時折貫くように睨む目が、私を殺そうとしているように感じるからだ。

 妹に殺されそうになったのだから、私に対して警戒するのもよく分かる。


(アニエル、なぜお前はいつも余計なことをしてくれる……)


 妹が誰を好きになろうと知ったことではないが、お陰でこちらは大いに誤解されている。

 誰もメイリー殿を害そうなどという気はないのに、警戒心を解いてくれない。


(ああ、そうか、部屋の前にへばりついている衛兵のせいでもある)


 この国では、スピアリーに対する嫌悪感が強い国民が多い。故に私がメイリー殿を妃に迎えることを断念した訳であるが。ここにきて、密やかな恋心を再燃した自覚は確かにある。ある、が、私はそこまで愚かじゃない。


「このっ…」


 衛兵は、なにやら言いかけたのを私に見られて、何事もなかったかのように姿勢を正している。メイリー殿が物音でもたてたのだろうか。私は彼を追求するつもりもないので、足早に廊下を歩き始める。


(魔物が湧くのをスピアリーが留めてくれていたのに、魔物の地という印象はどうしても払拭出来ないらしい)


 ただただ残念に思うばかりだ。

 アニエルにも何度となく、誰を好きになろうとお前の勝手だが、国民の冷ややかな視線は避けられぬと伝えたのに。


(あいつは、どうやら私ほどは弁えていないらしい)


 お陰で、メイリー殿をこのような待遇でしか匿うことが叶わない。


(アニエル…どこにいるか知らぬが、早く帰ってこないか)


 窓の外では、温かい雪が溶け始めて、春の予感を運ぶ青空がなんとなく不穏なものである気がしてならなかった。

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