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部屋の一室にて

 目を覚ました私は、この部屋に寝かされていた。


(ここは、一体…)


 思ったと同時にハッとする。

 ここは遥か北のヤイレスである、と。


「…うっ」


 のろのろと気怠い身体を引き摺って扉に手をかけた時だった。


「大人しくしていて頂きたい」


 男性の低い声が扉の向こうから帰ってきた。

 思わず退く。


「…あの、私早く帰らなければ…」

「貴方様がここを出ることなどありません」

「え?…それは、どういう」


 私は背筋に蛇が這うような寒気がして、思わず窓の方へと走り出した。

 ぐっと力を込めるが、はめ殺しだと分かって、壊すか逡巡した時だった。


 こんこん、

 とても軽やかなノックの音が響いて後ろを振り返り、思わず拳を構えた。

 入ってきたのは、アレン王子であった。

 私のファイティングポーズを見て、王子はギョッとして両手のひらをこちらに向ける。


「…おっと、驚かせてしまったようで申し訳ない。メイリー殿が起きたと報告を受けて参りました。改めてご挨拶します。アレン・コネチカルトと申します」

「こ、これは一体…なんの趣向でしょうか」

「メイリー殿が倒れられたので、ここに運ばせて頂いた次第です」

「部屋の外に控えている方が、もう出られないと言いましたが?」


 思い切り敵意のこもった目で見つめ返した。

 アレン様はソファに座ると、項垂れてぽつりぽつりと話し始めた。


「はあ、どこからどう話したものでしょうか…。実は、この国の王、私の父は半年ほど前に身罷っているのです」

「な、なんと…!!では、この半年の間どのようにして政を治めていたのですか」

「…残った者たちで誤魔化し誤魔化しなんとかやってきました。父は、誰よりも寵愛してきた妹に国王の座を譲るつもりだったようです。でも、あれは…狂っている」

「アニエル様が、ですか…?」


(ちょっと待って、ヤイレスの国王陛下は亡くなっていた…?それじゃあ、誰がアニエル様を側室にという書簡を認めていたのだろう)


 あれは確かに、ヤイレスの紋章が入った王室だけが使える特別な便箋と封筒だった。


「…アニエルは、こともあろうか貴方の国の王太子殿下に恋をした。初めのうちは密やかな密やかな恋だった。それが、日を追うごとに燃え盛っていったのです」

「あ、」


 アニエル様が言った『シオン王太子殿下と離縁して欲しいのです』という言葉がゆっくりと頭の中で反響した。


「メイリー殿が来ているという報せを受けて、まさか毒でも盛るんじゃないか、とそう思って見に行ってみたら、倒れられたので慌てて医師を呼んだのです」

「そう、ですか。お気遣いに感謝申し上げます。…それで、アニエル様は今どこに?」


 アレン様は、堪らないという顔をしてから顔を横に振った。


「分からないのです。城中隈なく探しておりますが、見つかりません」

「なら、私も探しましょう」

「いけません!…その、申し上げにくいのですが、メイリー様を診察した医師によると、お子がいると…」

「ですが……!…そうですね、わかりました」


 言外に、この国で万が一のことがあったら責任が持てないからやめてくれという言葉を思い切り孕んでいた。

 それを無理矢理噛み砕いて理解したつもりになったが、感情が追いつかない。


「…アニエル様が、魔法で手紙を隠してまで私をここに呼んだ理由は…」

「返答次第では、貴方を毒殺しようとしたのかもしれません」


 あの天使のような、成人して間もない少女のような姫が、私を殺めようとしたというのか。

 確かに心の内が読めない、そういう印象を受けたが。


(ワカナチを連れてくればよかった…)


 そこで、ハッとする。


「トリアリ…私の侍女やみんなは一体どこにいるのですか!?」

「それが、妹と一緒にごっそりといなくなっているのです。まさか…妹に言いくるめられて、妹と一緒にスピアリーに戻っているなんてことは…」

「そんなこと!あり得ません!ありえるわけが……!!!」

「とにかく、馬車や従者の行方も共に探しますから、どうかメイリー殿だけでも無事でいて欲しいのです…!!」


(っっ!!!ドレスを脱いで今すぐ駆けて行きたい!!!)


 けれど、私だけの問題じゃないことくらい痛いほど分かっている。

 せっかく宿った命が、私の短慮のせいで、もし失うことになってしまったら…。シオン様や国王陛下の悲しむ顔が浮かんだ。


(特に、塞ぎ込んでいるお父様のことは絶対に刺激したくない)


「くれぐれも、よろしくお願いします」


 辛うじて、それだけ伝えることができた。

 アレン様は、ほっとしたような顔をして、懐から砂糖菓子を取り出すと「口に含んでみてください」と言って差し出した。

 ほろ、と溶けていく砂糖菓子を舐めている間だけ、吐き気を忘れた気がした。


 丁寧にお辞儀をしたアレン様が出ていく時に見えた扉向こうの衛兵は、私をじっと睨みつけている。


(スピアリー、魔物が湧く地)


 久しぶりに自分の国の名前を聞く。他国から見た我が国は、野蛮で、魔物狩りばかりしているそんな印象らしい。

 他国では、魔物が一匹出れば大騒ぎなんだとか。


(もう魔物は大人しくなったんだから、野蛮な印象もほどほどにして欲しいけれど…あ、)


 この間まで剣を振り回していた王太子妃が一番野蛮であると気がついて自嘲の笑みを浮かべた。

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