命の訪れ
刺繍もできぬし、花言葉も知らない。女性らしいといわれる物から避けてきたように思う。
そういうものが嫌いなわけじゃない、綺麗なものは好きだ。けれど、マメだらけの手では、泥だらけの稽古着では、綺麗なものが似合わないと敬遠していた。
「メイリー様、ここは毛糸をこうすくって…」
「こうして、こう?」
「とってもお上手ですよ」
最近侍女のトリアリから、編み物を教わり始めた。
というのも
「あまり根を詰めすぎないようにお願いしますね」
「分かっているわ、でも、もうちょっとで完成だもの。あと少し頑張りたいわ」
「まだまだ安定期にもなっていないのですから、そんなに急がずとも…」
「だって…できあがった小さな帽子と一緒にシオン様に報告したいから…」
トリアリは「まあ!」と声を上げてから、今度は声を顰めて耳打ちした。
「まだ妊娠したこと、お伝えしていらっしゃらないのですか?」
「これができたら、ってそう思って…。だってまだ安定期にも入っていないのに、報告してもと…」
「ご夫婦なのですから、安定期前こそ支え合わなくては!」
「でも、ほら、もう出来上がるわ」
小さな小さな帽子と、靴下と、手袋と。どれも真っ白な毛糸で編み上げた。
できあがったそれらを胸の前に当てて、少しだけ目を閉じる。
コンコン、
扉を叩く音がして、トリアリが応対している。ハーブティーのおかわりだろうか。
「失礼する」
「シオン様!あ、えっと…」
「ちょっと話があってな…ん?それはなんだ?」
小さな帽子達を繁々と見て「君が編んだのか」と聞いた。
初めて作った編み物を、あんまり見られると恥ずかしくなって俯く。
「…トリアリが、教えてくれました」
「随分と小さいな」
シオン様は思い切り首を傾げて考えている。整った眉毛が眉間に皺を作っている。
私はなんだかそれがおかしくて、笑ってしまいそうになる。
「…これができあがったら、シオン様にお伝えしようと、そう決めていたのです。たった今、出来上がったのですよ」
「って、まさか、君…」
「男の子でも女の子でも良いように白の毛糸を選んだのです」
笑ってそう伝えたのに、なぜかシオン様はほろっと涙をこぼした。
驚いてハンカチを渡すと、伸ばした手を掴んで抱き寄せられた。
「なんだ、よくわからない。なぜか涙が出るな」
「シオン様が泣いているところ、初めて見た気がします」
「すまない。嬉しくて…ああ。最近メイリーの体調が優れなさそうだったから心配していた」
「すみません、なんでもないなどと言って。あれは嘘です」
「…まだ、つらいのか?」
「少しだけ」
にっこり笑ったつもりだったが、シオン様は「嘘だ」と言って私を抱き上げると、ベッドに横たえた。
「父上に報告するのはまだ先の方が良いだろうか」
「そうしてくださると助かります。でも、横になっていなければいけないほど辛くはありませんから」
椅子を引っ張ってきたシオン様は、私の頬を撫でると、涙の筋が残る顔を近づけた。
「メイリーのそう言う言葉ほど当てにならん。我慢強いのは良いことだが、今は自分だけの体じゃないと自覚した方が良い」
「それは…そうですけど…」
「僕は、君が心配で堪らないんだよ。平気で自分を犠牲にできる君が。やっと城に閉じ込めることができて、安心しているくらいだ。酷い男だと詰ったって良い」
「む、自己管理くらいちゃんとできます!」
私が編んだ小さい手袋を二本の指にはめて、私の頬をつんつんと突いた。
「まだこれよりも小さい我が子が、懸命に君の中で生きている」
「じ、自覚します…。それより、シオン様も何か用件があったのでは?」
「ああ、うん…まあ、そうなんだが…」
(なんか、すごい嫌そうなんだけど…)
「建国祭の時に、ヤイレス国の王族が来ていただろ」
「アニエル王女と、アレン王子でしょうか」
シオン様の側室に、と言われて、お断りしたはずのヤイレス国の王女。
息を飲むほど美しかった。建国祭のあの日、みなの視線が釘付けになったのを覚えている。
「…その王女様がお前のことを大層気に入ったらしい。ぜひ一度ヤイレスに来て、名産の紅茶でも一緒にと」
「挨拶程度しかしておりませんのに、気に入ったとは…」
「なんの魂胆があるのか知らんが、その身体だ。まだ公にできないしな、体調を崩していると伝えよう」
「お気遣い、感謝申し上げます。宜しいのですか?国のためを考えれば、せっかく彼方が招待してくださっているのをお断りするなど」
「体調が悪いのは本当のことだろう。さて、僕はそろそろ失礼する。名残惜しいが」
「あ、」
起きあがろうとするのを片手で制された。まだ指にはまっていた手袋を外すと、わざわざ私の指に付け替えて、お腹の上に手を乗せた。更にシオン様の手が重なる。
「メイリー」
落とされた口付けに、一切の不安が払われる。
「またすぐ様子を見に来よう。トリアリ、何かあったらすぐに報せろ」
「かしこまりました」
侍女は、てきぱきと椅子を戻し、私に薄い掛け布団を持ってくると「休まれますか?」と聞いた。
「…そうするわ」
多分トリアリが窓を開けたのだろう、爽やかな風が通る。
少し熱った頬に気持ちが良かった。
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