表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

74/114

命の訪れ

 刺繍もできぬし、花言葉も知らない。女性らしいといわれる物から避けてきたように思う。

 そういうものが嫌いなわけじゃない、綺麗なものは好きだ。けれど、マメだらけの手では、泥だらけの稽古着では、綺麗なものが似合わないと敬遠していた。


「メイリー様、ここは毛糸をこうすくって…」

「こうして、こう?」

「とってもお上手ですよ」


 最近侍女のトリアリから、編み物を教わり始めた。

 というのも


「あまり根を詰めすぎないようにお願いしますね」

「分かっているわ、でも、もうちょっとで完成だもの。あと少し頑張りたいわ」

「まだまだ安定期にもなっていないのですから、そんなに急がずとも…」

「だって…できあがった小さな帽子と一緒にシオン様に報告したいから…」


 トリアリは「まあ!」と声を上げてから、今度は声を顰めて耳打ちした。


「まだ妊娠したこと、お伝えしていらっしゃらないのですか?」

「これができたら、ってそう思って…。だってまだ安定期にも入っていないのに、報告してもと…」

「ご夫婦なのですから、安定期前こそ支え合わなくては!」

「でも、ほら、もう出来上がるわ」


 小さな小さな帽子と、靴下と、手袋と。どれも真っ白な毛糸で編み上げた。

 できあがったそれらを胸の前に当てて、少しだけ目を閉じる。


 コンコン、

 扉を叩く音がして、トリアリが応対している。ハーブティーのおかわりだろうか。


「失礼する」

「シオン様!あ、えっと…」

「ちょっと話があってな…ん?それはなんだ?」


 小さな帽子達を繁々と見て「君が編んだのか」と聞いた。

 初めて作った編み物を、あんまり見られると恥ずかしくなって俯く。


「…トリアリが、教えてくれました」

「随分と小さいな」


 シオン様は思い切り首を傾げて考えている。整った眉毛が眉間に皺を作っている。

 私はなんだかそれがおかしくて、笑ってしまいそうになる。


「…これができあがったら、シオン様にお伝えしようと、そう決めていたのです。たった今、出来上がったのですよ」

「って、まさか、君…」

「男の子でも女の子でも良いように白の毛糸を選んだのです」


 笑ってそう伝えたのに、なぜかシオン様はほろっと涙をこぼした。

 驚いてハンカチを渡すと、伸ばした手を掴んで抱き寄せられた。


「なんだ、よくわからない。なぜか涙が出るな」

「シオン様が泣いているところ、初めて見た気がします」

「すまない。嬉しくて…ああ。最近メイリーの体調が優れなさそうだったから心配していた」

「すみません、なんでもないなどと言って。あれは嘘です」

「…まだ、つらいのか?」

「少しだけ」


 にっこり笑ったつもりだったが、シオン様は「嘘だ」と言って私を抱き上げると、ベッドに横たえた。


「父上に報告するのはまだ先の方が良いだろうか」

「そうしてくださると助かります。でも、横になっていなければいけないほど辛くはありませんから」


 椅子を引っ張ってきたシオン様は、私の頬を撫でると、涙の筋が残る顔を近づけた。


「メイリーのそう言う言葉ほど当てにならん。我慢強いのは良いことだが、今は自分だけの体じゃないと自覚した方が良い」

「それは…そうですけど…」

「僕は、君が心配で堪らないんだよ。平気で自分を犠牲にできる君が。やっと城に閉じ込めることができて、安心しているくらいだ。酷い男だと詰ったって良い」

「む、自己管理くらいちゃんとできます!」


 私が編んだ小さい手袋を二本の指にはめて、私の頬をつんつんと突いた。


「まだこれよりも小さい我が子が、懸命に君の中で生きている」

「じ、自覚します…。それより、シオン様も何か用件があったのでは?」

「ああ、うん…まあ、そうなんだが…」


(なんか、すごい嫌そうなんだけど…)


「建国祭の時に、ヤイレス国の王族が来ていただろ」

「アニエル王女と、アレン王子でしょうか」


 シオン様の側室に、と言われて、お断りしたはずのヤイレス国の王女。

 息を飲むほど美しかった。建国祭のあの日、みなの視線が釘付けになったのを覚えている。


「…その王女様がお前のことを大層気に入ったらしい。ぜひ一度ヤイレスに来て、名産の紅茶でも一緒にと」

「挨拶程度しかしておりませんのに、気に入ったとは…」

「なんの魂胆があるのか知らんが、その身体だ。まだ公にできないしな、体調を崩していると伝えよう」

「お気遣い、感謝申し上げます。宜しいのですか?国のためを考えれば、せっかく彼方が招待してくださっているのをお断りするなど」

「体調が悪いのは本当のことだろう。さて、僕はそろそろ失礼する。名残惜しいが」

「あ、」


 起きあがろうとするのを片手で制された。まだ指にはまっていた手袋を外すと、わざわざ私の指に付け替えて、お腹の上に手を乗せた。更にシオン様の手が重なる。


「メイリー」


 落とされた口付けに、一切の不安が払われる。


「またすぐ様子を見に来よう。トリアリ、何かあったらすぐに報せろ」

「かしこまりました」


 侍女は、てきぱきと椅子を戻し、私に薄い掛け布団を持ってくると「休まれますか?」と聞いた。


「…そうするわ」


 多分トリアリが窓を開けたのだろう、爽やかな風が通る。

 少し熱った頬に気持ちが良かった。

面白かった!続きが読みたい!と思ったら、

ぜひ広告下の評価を【⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎】→【★★★★★】にしていただけたらモチベーションがアップします!よろしくお願いします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ