【第二章完結】建国祭/はじめてのお休み(ワカナチ視点)
訓練で傷ついた騎士達が、昼休みと同時に雪崩れ込んでくる。
大抵がどうってことのない打撲や擦り傷なのだが、今日はなにやら、わあわあと騒がしい声が扉の向こうから聞こえてくる。
「すまない!こいつが足の骨をやってしまったらしい!すぐに診てくれないか!?」
大柄の男が真っ青になった顔を引き攣らせて、両脇を支えられている。
「ああ!そこの寝台に仰向けになってくれ!おい、新入り!お前は軽傷の方に回れ!」
俺は冷たく目線をやると、さっさと指示された持ち場に移動した。
「ったく…どうしようもねぇな。返事くらいしろってんだ。おい!暴れるな!」
「ぐうっ!!!」
騎士が三人、治療台の前に並んでいた。
目を合わせるでもなく、黙々と痛みを取り去っていく。
三人目が俺の前に腕を出した。
「腕の打撲か?ん?別に腫れてないじゃねぇか。おい、ここは暇つぶしに来る場所じゃねぇぞ」
「……相変わらずね、ワカナチ」
「あ?」
そこにいたのは、騎士達に混じって訓練していたらしいメイリーだった。
「おいおい、まだこんなことしてんのかよ。ったく、相変わらずだな」
患部を見やすくするために掛けていた片眼鏡を、がしゃりと台の上に放って眉間を指先で揉んだ。
「何しに来たんだよ。王太子様に怒られるぞ」
「ちょっと診て欲しくて」
「腕ならなんともねぇだろ」
「そうじゃないのよ。なんだか、胸焼けがして…。とにかく気分が優れないのよ」
「はっ!そりゃお前、妊娠でもしてんじゃねぇの?」
「え?」
「…なんだよ」
「そうなの?」
「俺に聞かれてもわからねぇよ!産婆でも呼んで聞いてみろ」
「……」
「おい」
メイリーは、歯に噛むような笑顔を湛えている。
それがなんだか神聖なもののようで、吸い込まれるように魅入った。
(髪が、少し伸びたか)
「ありがとう!そうするね!じゃあ、また!お仕事頑張って!」
「あ!おい!稽古はほどほどにしておけよ!」
立ち去ろうとしたメイリーが「そうそう!」と言って振り向いた。
「明日の建国祭は、さすがにお休みでしょう?家に篭ってないで、ぜひ王都を楽しんで欲しいわ!たくさん出店が出るから!」
「馬鹿じゃねぇの?祭りだからってここは閉まらねぇの」
「あら!お休みの申請をすれば良いじゃない」
「祭りの為にか?くだらねぇ。子どもじゃあるまいし」
「あとそれ!もうここは王城なのよ!?良い加減その口を慎まないと、本当に鞭打ちじゃ済まないわよ」
「るせ。元気じゃねぇか。さっさと行けよ。俺は忙しいんだよ」
「はいはい、お邪魔しました!」
くるりと踵を返して駆けて行ったメイリーの、翡翠の髪飾りが乱反射した。
胸に不快感が登ってくる。
苛々していることに気がつくまで、そんなに時間はかからなかった。
「…なんなんだよ」
✳︎ ✳︎ ✳︎
「さあ!甘い甘い、いちご飴だよーー!!」
「肉巻き串はいらんかねー!?」
「お母ちゃん!綿飴買って!」「おい!順番抜かすなよ!」「おー!それ一口くれよ!」
(…と、言いつつ来てしまった…)
別に祭りに来たかったわけではない。メイリーに言われて、そういえば最近働き詰めで休んでいないことに気がついた。ここは年中無休の神殿ではないのだ。
そんな訳で、明日くらい休ませろと言ったら、案外すんなり休ませてくれたのである。
とはいえ、神殿でしか働いた経験がない俺は、休みの日に何をして良いかわからず、仕方がなく外に出てみたらどんちゃん騒ぎだったというだけだ。
(これ…これが…楽しいのか…?)
右も左も屋台だらけだ。人々がごった返して、自分がどこにいるのかもわからなくなる。
もう家に帰ろう、帰って寝よう、寝溜めしよう、と思って来た道を帰ろうとした時だった。
がさがさ、
風もないのに街路樹が大きく揺れた。
「リーリエか」
なんとなく、そんな気がした。確信はないけれど。
「そうか、お前と来たら、楽しかったのかもしれないな」
どん、
俺の背中に誰かが当たった。
振り向くと、人々が道の左右に分かれていく。
かしゃん、かしゃん、
衛兵達が、手際よくポールに赤いロープを取り付けている。
俺の目の前を通り過ぎ、どんどん向こうへと横歩きしていく衛兵は、手慣れた手つきでロープを巡らしていき、遂に見えなくなった。
元々ごった返していた人達が左右に分かれたのだ。帰るにも、身動きが取れなくなってしまった。
俺の真後ろにいた夫人が甲高い声で「楽しみねぇ」と言った。
「王太子妃としてのメイリー様と王太子殿下が並んでいるのを見られるなんて、久しぶりよね!」
「目に焼き付けなくっちゃ!」
(ああ、そうか、これは…)
やがて、先頭の白騎士が目に入った。
それだけで歓声が上がる。
奥からフロート車に乗ったシオンとメイリーが手を振って現れると、畝るような歓声が轟く。
(あ、)
王太子妃としてのメイリーは、まるで神の祝福を受けたように眩く見えた。
(…馬鹿じゃねぇの。あんな、蛇を捕まえて食う奴の、どこが)
メイリーは、俺に気がつくと、口角を少しだけ上げた。
口元が僅かに動く。
それは多分『楽しんでね』と言っていた。
ガラガラと音を立てて俺の目の前を通り過ぎていく。
(こ……腰が抜けるかと思った…嘘だろ、こんな)
次の瞬間、シオンがチラッと俺を見てあからさまに嫌な顔をした。
俺は、声に出さず「見んな!ばーか!見んな!」と口をパクパクさせる。
シオンは呆れたように笑って、二人はそのまま向こう側に消えて行った。
次に国王陛下が一段高いフロート車に乗って、登場した。左腕の様子を伺うことはできない。大きな拍手と、この国の王を讃える歓声はいつまでも続いた。
(…俺の世界には、眩しすぎる)
「ねえ!!!メイリー様が私を見たわ!!!!」
「いいえ!!!私を見たのよ!!!?」
「違うわよ!私を見たのよ!!!かわいいわねって言ったわ!!!」
きゃいきゃいと言い合う女達を押し除けて、俺は王城へと歩き始めた。
(…やっぱり、仕事するか)
✳︎ ✳︎ ✳︎
王城の診察室に入ると、先輩が一人で腕を組んで眠りこけていた。
俺が入ってきたのに気がつくと、がたがたと大層な音を立てて椅子から転がり落ちた。
「あれぇ?お前、今日非番だったんじゃなかったか?」
「別に。やっぱりやることもないんで」
「分かった!彼女にでも振られたんだろ!」
「うるせぇですよ。仕事してください」
腕をまくって、診察台に向かおうとしたが、診察室はがらんとしたものだった。
「つったってなぁ、お前今日休むって言うから言ってなかったけど、今日忙しくなるのはこれからだから。今は暇なんだよ。ほら、だから他の回復師もみんな来るのは夜からだ」
「それは、どういう…」
「酔っ払って怪我しただの、酔っ払って喧嘩しただの、そんなんだよ」
「はあ…そっすか」
静まり返った部屋で、男二人が手持ち無沙汰にペンを回してみたり、爪を弄ったりしてみたりしている。
思い切り気まずい。
(殆ど喋ったこともないっつうのに…この人の名前なんて言ったっけ…)
大陸の名前は覚えにくいんだよな、などと思っていると、先輩が声をかけてきた。
「暇だろ?俺も念の為にいるだけだしなぁ、念の為が二人いてもなぁ。あれだ、ワカナチ、折角だからホールでも覗いてきたらどうだ?」
「…なんでまた…」
「ほら、これからパーティが始まるだろ。華やかなもんだぜ。なんでもヤイレス国からも王族が来てるらしいとかで」
「いーですよ、俺は。怒られるの嫌だし。先輩が行ったら良いでしょうに」
「別に回復師が覗いてたって怒られやしねぇよ!なんか言われたら見回りとでも言っておけ!ついでに体調不良の方などはおりませんか?とか言っておけばなお良しだ!」
半ば強引に部屋を追い出されてしまった。
「ぜってぇ昼寝の続きする気だろ…はあ」
✳︎ ✳︎ ✳︎
銀糸に輝く美しい髪の、まるで人形のような顔立ちの美しい姫が、国王陛下に挨拶していた。
(あれがヤイレスの…なんだか、えらいもん見ちまったな…)
例えて言うならば、そう、美しすぎて、恐ろしかった。
「まあ!なんと美しい姫君なのでしょう!」「本当にねえ、この場にいられて光栄だわ」「それにヤイレスといえば、資源も豊富でしょう?みんな取り入ろうと必死よ」
ホールでは、ヤイレスの姫への賛辞で溢れていた。
「…それに比べて…メイリー様は…ねぇ?」「しっ!ここて滅多なことを言わないでちょうだい!」「でも、ねぇ、ご結婚してまもなく一年だと言うのに、お子の誕生は愚か、その兆候すらないじゃない」「今は小綺麗にしてるけれど、あれじゃあねぇ」「ああ、いっそヤイレスの姫君を正妃に迎えられればよかったのに」
(馬鹿くせぇ)
一年が経って、この国を救ったのが誰だったのか、もう忘れている。
(だから貴族は嫌いなんだ)
見れば、シオンとメイリーはお互いを見つめ合って微笑んでいた。
(あんな顔で笑うのか)
何を喋っているのだろう。
すぐに、誰かが挨拶に来て、澄ました顔で対応している。
(くだらねぇこと言いやがって。何も知らねぇくせに。あいつが、メイリー以外を選ぶことなんて有り得ねぇよ)
好き勝手なことを言っていた夫人達は、もう違う誰かの陰口を言っていた。
(こわ…)
俄かに外が慌ただしくなってきた。そろそろ日暮れ。怪我をした酔っ払い達で溢れる前に。
(…そろそろ仕事に戻るか)
暫く休みはいらない、と思うと同時に、少しだけメイリーの体調が気になった。
振り返って見ると、シオンが腰に手を回して大層大事なものを守るように立ち回っている。
(俺が気にすることじゃねぇか)
くわっと欠伸ひとつして、どうせならもっと寝坊してからくれば良かったと思いながら、仕事場へと戻って行った。
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