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黄昏

「良かった!メイリー様!!!」


 姉の馬車で王城まで送り届けてもらい、たくさんの箱と共に馬車から降りると、侍女のトリアリが駆け寄ってきた。


「おかえりなさいませ!!ああもう、心配したのですよ…!良かった、思ったよりも早く帰城されて」

「ごめんなさいね、殿下のお言葉を真に受けて…」

「そんな、メイリー様が謝る事なんてありませんよう!」

「シオン様と陛下のご様子は?」


 トリアリは、前に組んだ手をもじもじとさせた。


「どちらも、毎日淡々と職務をこなされています。メイリー様が来るより以前の光景に戻ったようです」

「私が?」

「はい。メイリー様がいらっしゃってから、それはもう、陛下も殿下も大変なお喜びようで。王城の春がきたようでございましたから」


(そんな大袈裟な…)


 と思いながら、ホールへと進んだ。王城の修復や清掃はほとんど終わっているらしい。塗料の香りがツン、と鼻についた。


「…それにしてもお珍しい。メイリー様がこんなにたくさんお買い物をされるなんて…」

「四番目の姉が色々と見繕ってくれたんだけど…。そ、そのまま私の部屋に置いといてくれて良いわ」

「?…承知しました」


 何度か咳払いをして、たくさんの箱たちが私の部屋に入っていくのを見届けてから、トリアリをちょいちょいと手招きした。

 トリアリの小さな耳に耳打ちする。


「私、この格好で殿下に会いに行くのは…まずいかしら?」


 トリアリは目をパチクリしてから、顔を赤くして笑った。


「し、失礼ですが…その、かなり今更では…」

「私ってそんなに、稽古着のイメージしかない?」

「えーっと…」

「良いの、分かってるの!こんなだから駄目なんだわ…」

「メイリー様?」

「お願いだわ、シオン様に会う前に思い切りおめかししたいの。お願いできる?」

「もちろんでございますとも!」


 トリアリは、「そうと決まれば!」と言って、ドレスを何着も引っ張り出して、薄紫色を選んだ。

 久しぶりのコルセットに、呼吸の仕方が分からなくなりながら、鏡台の椅子に腰掛けた。

 買ってきたアイシャドウをポイントにトリアリがメイクを施してくれる。


「素敵なパレットですね。艶があって、色味が大変上品です。コンパクトが貝のデザインなのも良いですね」

「ローロア…四番目の姉にね、随分と叱られたのよ。そんなのでは殿下が側室を迎えるのも時間の問題だ、と」

「え…?」

「トリアリ、どうかした?」

「殿下から、聞いて、いないのですか?」


 ドクン、

 鼓動が重たく跳ねた。嫌な予感がする。


「聞いて…何を?」

「あっ…私、出過ぎた真似を…。お忘れください」

「トリアリ」

「〜〜〜っ!…実は、ヤイレス国から第二王女を側室に、という書簡が届いているらしいのです」


(そんなの、聞いていない)


「一体、いつ…?いつ来たの!?」

「その…メイリー様がご実家に戻られてすぐ…。やだ、私ったら。てっきり殿下からお手紙が行っているものだとばかり…」

「正妃である私が嫁いで間もないというのに、なんという不躾な…!」

「殿下はお断りの手紙を出すはずです。…メイリー様!ああ、申し訳ありません、私が変なことを言ってしまって…」

「…良いわ、シオン様に直接聞いてくる」

「す、すぐ仕上げます!」


 トリアリはテキパキと手を動かし、それでも完璧に仕事をこなした。最後の香水だけは遠慮する。

 戦いに行くときのような背筋が伸びる感じがした。


(お姉様が言っていたこと、なんとなくわかるかもしれない)


 今、私を強くしているのは、間違いなくあのアイシャドウパレットである気がする。


 久しぶりに高いヒールで歩く姿に、すれ違う者たちは一瞬息を止めてから頭を垂れた。


 シオン様の部屋の扉にノックしようと手を握った。

 なぜか、この先は時間の流れ方が違うと直感的に感じる。


 コンコン、

 控えめなノックに、扉の向こうから返事が聞こえた。


「なんだ」


 そんなに長い間離れていた訳ではないのに、なぜか懐かしい感じがする。


「…シオン様、メイリーです」


 がちゃん、ばったん、

 と盛大な音がして、急に扉が開いた。


「っ!!!!!」


 ぎゅうと抱きしめられる。

 コルセットよりもきつく、腕が回された。


「シ、シオン様…」

「……ん?」


 シオン様は少し離れて、私を上から下まで見ると、口を半開きにしたまま固まった。


「あ、へ、変ですよね!?こんなの、私には似合わな…」

「それ、僕に会うために?」


 こくこく、と何度も頷くと、シオン様の口から大量の空気が抜けて、ふにゃふにゃとへたり込んだ。


「…反則だ。可愛すぎる」

「私、似合わなかったらどうしようかと…でも、やっぱりいつも綺麗にしていないといけませんよね、王太子妃なのに」

「いや、そういう訳じゃない」

「え…?」


 シオン様は私の腕を引っ張ると部屋に押し込めた。扉に鍵をかけて、その扉にもたれかかる私を、逃さないように手をついて囲っている。


「自制がきかん。許せ」

「!」


 強引に唇を奪われる。身体の芯が溶けてしまって、ふにゃりと腰が抜ける。

 シオン様は私を抱き止めると、翡翠の髪留めを軽く喰んで抜き取った。


「…大事にしてくれて、嬉しい」

「あ、それ…」

「机に置いておこう。失くしたら嫌だろう?」

「な、失くす?なぜ…」

「そのうち分かる」


 書類が山積みになっている机の、小物置きにそっと髪飾りを置くと、へたり込んでいる私に向かってシオン様は歩み寄って来た。

 執務の邪魔にならないよう、しっかり上げた前髪をほぐしている。タイを緩めて、私を抱き上げた。


「力を入れるな。運び辛い」

「ちょっ…ちょっと待ってくださ…」

「初めからとっととこうしておけば良かったな。まあ、結婚式の後すぐに冒険に出たから無理もない」

「聞いてます!?」

「五月蝿い。黙ってろ」


 何がどうなってそうなったのか全然分からないけれど、幼子を寝かしつけるようにベッドに置かれてしまった。

 再び押しつけられた唇に、言葉を奪われてしまう。


「っっ!!」

「メイリー」

「〜〜っ」

「好きだ」


 はっと気がつく。私は稽古着からすぐに着替えたけれど…


「木綿のパンツ!!!」

「……ん?」

「あ、」


 シオン様は、口元を押さえて肩を震わせている。


(わ、私は何を言って…)


「…すまない、気が急いたみたいだ。メイリーが嫌なら無理強いしない」

「む、無理強いなんてこと!…その、嫌じゃ、ないです…よ?」

「良いのか?その木綿のパンツとやらは…」

「それは…嫌ですけど…。でも、それより、殿下が側室を迎えられる方がもっと…嫌です、から」


 シオン様はちょっとびっくりして立ち上がった。机に広がった書類の束から、一枚の紙を取り出す。丁寧なシオン様の字が並んでいた。


「ヤイレスのお姫様のことか?それなら、今断る旨をしたためたところだ」

「やっぱり、本当に来ていたんですね」

「別におかしいことじゃあない。僕は仮にも王太子だ。……なんだ、嫌なのか」

「そりゃあ、嫌ですよ」

「ほう?妬いてるのか?」

「別に、そんなんじゃあ、ないですけど」

「ふうん。存分に妬いてくれて構わないぞ。僕だって随分妬いたんだからな」

「また変なことを…」

「覚えていないなどと言わせないぞ。あの異国人と口付けしていただろう」

「ああ、なんだ、ワカナチのことですか。あれはただの嫌がらせで…」

「ふざけるな。僕はまだ許していない」


 鋭い視線に絡め取られて動けなくなる。


「あの野郎、王城の回復師になったんだぞ。またいつメイリーが狙われるか分かったもんじゃない」


(なんかすごい勘違いしてない?)


「お言葉ですが、ワカナチはそんなんじゃありません。私のことが嫌いで堪らないんですから」

「…全く、無自覚な妻を持つと、心臓が幾つあっても足らん」

「人をお子様みたいに言わないでください」

「君な、久しぶりに会ったと思ったらなんなんだ、喧嘩でもしたいのか」

「うっ……」


 シオン様は「はあ、」とため息をついて、机に浅く腰掛けると、腕を組んで私を見ている。

 強引な口付けに、目的を忘れてしまうところだった。


「その、ごめんなさい。私…全然王太子妃らしくないし。その上、どうやらすごく鈍いらしいので、シオン様を傷つけてばかりいます」


 私は立ち上がると、今度はしっかりその目を見つめて言った。


「シオン様、お辛い時に側におらず申し訳ありませんでした」

「あれは…僕が素直じゃなかったんだ。別に謝らなくても…」

「それに…陛下の腕のこと…シオン様だけが後で報されて、嫌な気持ちにさせてしまいた」

「…っ!違う!あれは…動揺して…。だからメイリーが謝る事なんて全然…」


 今度は優しく、包み込むように抱きしめられる。


「至らない男で、すまない」

「え?」

「言語化すればするほど、僕は自分が嫌になる。お子様なのは僕の方だ。おまけに君のことになると、どうも見境がない」


 柔らかな口付けが、暮れていく黄昏をゆっくりと溶かした。

 やっぱり、この部屋は時間の進み方が違うのかもしれない。

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