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四女、ローロア

 結局、父の意向もあって暫くは蟄居を言い渡されたわけだけれど、城の中にいた貴族のほとんどは逃げてしまったことを考えれば、ミュークレイ家が事態の収束にかなり貢献したといえる。

 とはいえ、国王陛下の腕を切り落としたのがそのミュークレイ公爵自身なのであるから、差し引いても余りある温情である。


 父は少し痩せた。

 毎日の鍛錬をきっちりこなしてはいるが、食事が喉を通らないらしい。


(まるで自分自身を虐め抜いているみたいだ)


 兄や嫁いだ姉達も心配して顔を見せに来ていたが、一日毎に目に見えて衰弱していく父を見ているのは辛いらしい。

 暫くは賑やかだった我が家も、遂に兄弟達が帰り始めた。

 一番下の姉が帰り際、私の顔をじろじろと見て言った。


「…メイリー、王太子殿下を放ったらかして実家に戻っていて良いの!?」

「…ええっと…。その王太子殿下から「暫く一人にして欲しい」と言われて…」

「んまぁーーー!!何があって!?やっぱり貴方が男勝り過ぎるんじゃあなくって!?」

「は、はあ…」


 四女、ローロアは兄弟の中でも歳が近い。とはいえ、十も歳が離れているので私のことはいつまでもお子ちゃまらしい。


(正直、ローロアお姉様って少し苦手なのよね…)


 困っているふうな私を見て、姉はため息をついた。


「全く。仕方がないわね」

「あの、ローロアお姉様?」


 私の腕をぐん、と引っ張ると、無理やり自分が乗る馬車に私を押し込めてしまった。


「お、お姉様!?」

「良いこと?どんなにお心の広い殿下とはいえ、殿方は殿方。妻が年がら年中、稽古中の騎士のような格好ばかりしていては、その気も削がれるというものです」

「その、気?ですか…」

「…何を今更少女ぶっているのです。夫婦になって数ヶ月、早く子を成しなさいと言っているのですよ」

「な、な…!!なんてことを仰るんです!?」


 ガタン!!


 馬車が揺れて、「うわっ」と声が出た。けれど、姉の方はきっちりと綺麗な姿勢で座ったまま驚きもせず、ただ私をじっと見つめた。


「はあ、本来ならば新婚で一番離れがたい時期に妻を実家に戻らせるなど…。貴方も貴方ですよ、メイリー、泣いて縋るくらいの可愛げがなくてどうしますか」

「それは…お父様のこともあるし…シオン様がお一人の時間が欲しいというのなら…こうするのが一番かと。それに、感情に訴えて殿下を困らせるなんて、王太子妃の素質を問われます」

「そんなもの、裏と表を使い分けるものですよ。…どうやら全く自覚がないようね。貴方が子を成さねば、誰が王室の跡取りを産むのですか。それとも、殿下に側室を薦める気ですか」

「え…」


 シオン様に側室を?

 確かに、冒険ばかりで何も進展しない私たちは、相手の言葉一つで簡単に一喜一憂している。

 本当は、それどころじゃないはずなのに。

 やっと世界が平和になって、ラピのことも落ち着いて、神殿にも新しい風が吹こうとしている今、シオン様の言葉を全て鵜呑みにして実家に戻っていて良いのだろうか。


(それに…側室だなんて…確かに私は奥手だけれど)


「そんなの、嫌です」


 姉は、ふうとため息をつくと、首を傾げて私を再び見つめた。


「…髪はすぐ伸びることはないけれど、肩までは伸びたのね。顔立ちだって、折角お母様の血を受け継いで整っていると言うのに…。私なんて、このお父様由来の鼻が嫌で嫌で仕方ないのに、羨ましいわ」

「お、お姉様?」


 私を上から下までじろじろと見ると、納得したようにまた前を向いた。


「さあ、金に物を言わせるわよ」

「な、何を企んでいるのですか!?」


 ガタン、

 と馬車が一つ音を立てて止まった。降りてみるとそこは、なんとも可愛らしい店の前だった。


「ランジェリー…シ、ショップ…ですか…?」

「そうです」

「お姉様?ここは、私には縁もゆかりもない場所のようです。さっさと立ち去りましょう」

「メイリー」


 姉は、逃げ出そうとした私の首根っこをがっしり掴んだ。


「げほ!!げほ!!」

「良いですか、ランジェリーだけでなく夜着も大変重要です」


 姉に背中を押されるまま、店の中に入る。

 様々な色が目に飛び込んだ。どれも薄い素材のものばかりである。


「ローロアお姉様、こ、こんなうっすーい防御力の低そうなものでは…」

「何を仰いますか。防御力は低くて良いのです」

「ですが!!私は木綿のパンツが好きなんです!!」

「はあ、こともあろうか、ミュークレイ家の者が木綿のパンツなど…私は恥ずかしいですわ!!」


 姉はよろけて棚に手をついた。

「妹が木綿のパンツ、妹が木綿のパンツ…」

 眉間に手を当てて、ぶつぶつと何度も呟いている。


「ちょっと!お姉様、何度も言わないでください!」


 店員たちは、私たちのやりとりを聞こえていないフリをしているらしいが、思い切り肩が震えていた。


「…まさか、ここまでとは…頭痛がします」

「だって、冒険や稽古の時には甲冑ですし、ズボンで擦れるんですから、仕方ないじゃないですか…」


 姉は、わなわなと震え出して、びしっと人差し指を突きつけた。


「それ!!!その考え方が良くありません!なぜ前提が稽古着や甲冑なんですの!?信じられませんわ!!!」


 ほらほらほら、といくつも派手な下着を渡される。抱えきれないほどの量。こんもりして目の前が見えなくなった。


(全部薄い…向こうが透けて見える…)


 透けた向こうに、キラッと輝くものが見えて近づいてみる。

 それは、木綿ではないにしろ、シルクで織られた少しだけ厚めの生地のセットだった。

 パールがあしらわれていて、上品な感じがする。


(これなら、まあ…)


「ふぅん。真珠が素敵じゃない。…厚手すぎるけど」

「もう!お姉様!私にはやっぱりこのような派手なものは似合いません!」

「…メイリー、似合う似合わない、ではありません。…嫌なら帰りますか。家まで送りましょう」

「ローロアお姉様…」

「貴方は冒険などにかこつけて、自分が本当になすべき事から目を逸らしてはいませんか。…これでは、殿下が側室をお迎えになるのも時間の問題だわ」

「え、」

「さあ、何をボケっとしているのですか?買わないのでしょう?帰りますよ」

「〜〜〜っっっ!!!!」

「メイリー?」

「…見立ててください!私に似合うものを!お願いします!」


 姉はふっと微笑んで、


「文句は言わないで頂戴ね」


 と言った。


 それから、レースがついたのだの、パールが連なったのだの、シルクだの、夜着だのを選んでもらった。


(全然着れる気がしない…)


 けれど、姉は大変満足そうに大枚を叩いて、店を後にした。


「あの、ありがとうございます、こんなに買っていただいて」

「だって、貴方に子ができれば、お父様も元気になりますでしょう?」

「…ローロアお姉様…」


 そうだ、つっけんどんな言葉とは裏腹に、家族を一番心配しているのが、ローロアお姉様だった。


「さあ、行くわよ」

「あの、行くって、どこに…」

「何を言っているのかしら、まだまだコスメだって買うんだから」

「え、ええ?」

「貴方ったら、刀だとか甲冑だとかそんなのばっかり買ってるんでしょう?」

「ゔっ…」

「まあ、化粧なんて侍女がやってくれるんだから、それなりにはなるんでしょうけれど…それでも、自分で選んだ化粧品っていうのはね、女を強くさせるのよ」

「女を、強く?」

「女が身に纏うものはみんな女の鎧だわ。社交界に出れば、嫌な事なんて履いて捨てるほどあるけれど、どうしてみんな澄ました笑顔でいられると思う?…今日はこのドレスを着ている、あの口紅をつけている、そういうことが背筋を正してくれるのよ」

「じゃあ、お姉様も?」

「くす、そうね。私もそう」


(ちょっと苦手だったけれど、お姉様のこういうところ、かっこいいかも…)


「さあ、そうと決まればとっとと買って王城に行くわよ!」

「え!!?で、でも…シオン様が…一人になりたいと…」

「そんな言葉を真に受けるんじゃありません!!!」

「こ、こんな下着を持って…王城に帰るなんて…」

「全く、生娘じゃあるまいし、何をそんなに恥ずかしがっているのです!?」

「え?」

「え?……〜〜!!!…はぁ、先が思いやられるわ…」


 私はまた引きずられるように馬車に乗せられた。


(や、やっぱりちょっと苦手…)

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