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花嫁は駆ける

 アルソンという老人は、城壁にもたれ掛かって死んでいた。

 最期の力を振り絞ってラピに一矢報いた、勇ましい老人。

 誰ともなく、黙祷を捧げる。


(なぜだろう、すごく若い人に見えるような…)


 彼にも家族がいるのだろう、そう思うと胸が張り裂けそうになる。


「…シオン様、肩を貸しましょう。国王陛下がお待ちです」

「すまない」

「もう無茶はしないと約束してください」

「肝に銘じる。だが、これでおあいこだ」

「?」

「僕の前からいなくなるのは、もうやめてくれ」

「あ、えっと…」


 真剣な眼差しが、私を捕らえた。なぜだろう、見つめ返そうとすると、鼓動が速くなって顔が熱くなる。

 だから顔を逸らせたのに、シオン様はいとも簡単に、私に口付けしてしまう。


「君が生きて、僕が生きている」

「はい」


 今度はしっかりと肩を抱かれて、シオン様の唇がゆっくりと近づいた。


「うぉっほん!!!!」


 父の盛大な咳払いは、明らかに私たちを窘めている。


「国王陛下がお待ちです。一刻も早くご報告せねばなりますまい」

「そう急くなよ…」


 私の肩にもたれ掛かりながら、あまり早くはないスピードで歩き始める。


「…本当に…神はラピを聖女に選んで、君を聖女に選ばない理由が心底分からないな。全くセンスがない」

「おかしなことを。私はフェンネルに選ばれた勇者です」

「思うに、古の勇者とは気が合いそうだ。だが、遂にこの世界に聖女がいなくなった。また新たな聖女が神によって選ばれるのだろうか」

「…そもそも、ラピは本当に神に愛されていたのでしょうか。…私にはまるで子どものおもちゃのように思えてしまいます。飽きたから壊した、良くないでしょうか、こんな考え方…。でも、聖女なんて、この世界に必要ないのかもしれません。悲しい思いをする人が増えるだけ」

「リーリエのことか?…君らしいな」


 向こうから走ってくる人たちがいる。衛兵達と、ウェディングドレス姿の若い女性と、その家族だろうか。


(あのお爺さん、結婚式がどうとかって…まさかね)


 すれ違いざま私たちに気がついて、慌ててお辞儀をしたが、またすぐに走り出して行った。


 目の前だけをしっかりと見つめて、歩いていく。


 遠くで悲鳴と、嗚咽と、何度も老人の名を呼ぶ声がした。





✳︎ ✳︎ ✳︎





 国王陛下と王太子殿下の対面は、なんともあっさりしたものだった。


 ラピの術は全て解けたらしいこと、そのラピ本人が神の怒りをかって骨も残らず雷に焼き尽くされたことを報告した。


「…ところで、左腕はどこにやりましたか」

「まあ、どうやらお前も死にかけたらしいじゃないか。似たようなもんだ」

「…くれぐれも、御身大事にお過ごしください」


 シオン様は一礼すると、「では、後始末が残っておりますので」と言い残して部屋を後にした。

 私も慌ててお辞儀をしてシオン様の後を追いかける。


 彼は、窓辺にもたれ掛かって俯いていた。

 綺麗な金髪が、窓から差す光で煌めいている。


「シオン、様…あの…」

「…君は、知っていたのか。父の腕が……っっ」


 肩越しに琥珀色の瞳が私を射抜くように見た。

 私は少し迷ってから

「はい」と答える。


 壁を殴りつけた彼の肩が震えている。


「……っ!!!」

「シオン様…」

「…すまないが、暫く一人にしてくれ」


(ご自分の父君が大怪我をされて、動揺しないわけがない…)


 私は無言でその場を立ち去った。

 陛下の執務室から出てきた父と目が合う。表情が暗い。

 父はそのまま項垂れるシオン様の元へ行き、跪いた。


「…恐れながら。シオン王太子殿下」

「なんだ。ミュークレイ」


 あくまでも平静を装って返答しているが、やはり声が上擦っている。


「…国王陛下の左腕を落としたのは、私でございます」

「………そうか」

「どうか、厳正な処罰を」

「ならん」

「シオン王太子殿下!」

「お前はラピに操られていたんだろう?」

「ですが…!!」

「なら聞くが、お前は父を害そうと言う気持ちに満ちていたのか?」

「め、滅相もございません!!」

「…お前は父の忠臣だ。それは父自身がよく分かっていることだろう。父が望まないことをしてどうする」

「で、殿下…」


 シオン様は振り向くこともなく歩き始める。

 父は差し伸べた手をそのままに、動けなくなってしまった。


「…変な気を起こすなよ、ミュークレイ。約束したからな」

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