表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/114

誇り

(わかっている…)


 頚椎を手刀で叩いて昏倒させれば良い。父や、操られた衛兵達と同じように。

 だから、シオン様の頸を手刀で叩けば…そう思うのに、体が動いてくれない。

 震えが治らなくて、歯がガチガチと音を立てた。

 呼吸が乱れて、勝手に涙が溢れてきて、目の前の景色をぼんやりさせる。


「っ…!!メイリー!!頸を!!!早く!!!」


(お父様、分かっているの、分かっているのよ)


 シオン様が私の剣を奪い去って、ラピを護るように構えた。

 私は、よろよろと立つことができたものの、靄の中にいるみたいに全ての感覚が鈍くなった。

 それほどに、シオン様の敵意が私に衝撃を与えている。


(…シオン様…私は貴方の愛がなければ、歩くことさえできないのです)


「メイリー!!!しっかりしろ!!」


 それでも父に鼓舞されて、なんとかファイティングポーズを取ることができた。けれどもう、呼吸すら自分の思うようにできないでいる。


「…死ね、メイリー」

「あっ……」


 私に切先をしっかりと向けて、シオン様は駆け出した。その綺麗な琥珀色の瞳は、明後日の方向を向いている。


(回り込んで、手刀を…!!)


 完全に操られていると分かってなお、体がうまく動かない。

『死ね、メイリー』

 シオン様の声で放たれたその言葉は、私の頭の中をぐわんぐわんと何度も駆け巡った。

 もう、なんの力も出せない。辛うじて腕を広げることだけができた。


「お慕いしておりました、シオン様」


 何を馬鹿なことを、と父が叫んだのが微かに聞き取れる。

 私はもう、自分の体さえ自由に動かすことがままならない。

 もしかしたら、ラピに操られたのは私の方なのかもしれない。そう錯覚するほどに。


 切先が私の喉元に触れようとした時、私は目を閉じて、シオン様が振るう剣が身体に刺さっていくのを受け入れた。


 静かだ。何も感じない。そっと目を開けてみる。


「メイリー……」


 振り絞るような声が、形の整った唇から溢れた。


「シオン様」


 シオン様は、自分自身の胸を貫いていたのだ。


「メイリー」


 琥珀色の瞳は、私をしっかりと見つめている。

 震える手が私の頬に触れたと同時に落ちた。

 シオン様が触れた頬を触ってみる。


 血だ。


「っっっ!!!!殿下ぁ!!!!」

「…許せ、ミュークレイ。こうするしかなかっ…ごぼっ」


 父が駆け寄り、出血を抑えようと傷口を抑えた。それでもどくどくと溢れていく。


「シオン様、どうして」

「どうして?馬鹿なことを言う。君を愛しているからだ、メイリー。君がいなくなった世界にいる意味などないんだ。君を殺めるなんて、この命に換えても、できない」


 私は震える手でポシェットを探る。


(早くポーションを…!!…ああっっ!!)


 国王陛下に渡してしまったと気がついて、へたり込む。


(どうすれば、良かったの…。ううん、私がしっかりしていなかったからだ)


 一番大切な人を守れなくて、何が勇者だ。

 シオン様は、仰向けに転がって、天を仰いで笑った。


「…僕が、君を守ったんだ。今だけは、自分が少し誇らしい」

「っっっ!!!」

「なあ、褒めてくれよ。自力でラピの術を破ってやったんだ」

「貴方がこんなことになるくらいなら…」

「こうするしかなかったんだ。微かに目覚めた意識で、この体を止めるのは」

「…私が、しっかりしていなかったばかりに…!!!」

「そう自分を責めるな。元はと言えば、僕の油断が招いたことなのだから」

「シオン様…」


 その時だった。蓋のあいたポシェットから一本だけポーションが転がったのだ。


(陛下!!…まさか、全て使わず、残していてくださったの!?)


 その瓶をぎゅっと握りしめてから、蓋を開けた。

 剣が刺さったままの胸にポーションをかける。

 蒸気が上がっているうちに、少しずつ剣を引き抜いた。


「ぐっ!!!うぅっ!!!」

「シオン様、もう少しです!頑張ってください!!」


 けれど、すぐに蒸気が上がりきってしまい、剣はあと少しのところで完全に抜くことができなくなった。


(無理に引き抜けば、それこそ失血死してしまうわ)


「くそっ!!!くそぉっ!!!」

「怒るな、ミュークレイ。…父に、すまないと…伝えてくれるか」

「そんなもの!!お断りします!!!儂は…儂は…諦めないっっっ!!!」

「はは、君の父親は本当に諦めが悪いらしい。なぁメイリー」


 唇をかみしめて、涙を堪える。絶対に助ける、だから泣いてはダメだ。


「…お言葉ですが、私も悪いんです、諦め」


 シオン様はほとんど血の気が抜けて真っ青になった顔で微笑むと「それは頼もしいな」と言って微かに微笑んだ。

面白かった!続きが読みたい!と思ったら、

ぜひ広告下の評価を【⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎】→【★★★★★】にしていただけたらモチベーションがアップします!よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ