誇り
(わかっている…)
頚椎を手刀で叩いて昏倒させれば良い。父や、操られた衛兵達と同じように。
だから、シオン様の頸を手刀で叩けば…そう思うのに、体が動いてくれない。
震えが治らなくて、歯がガチガチと音を立てた。
呼吸が乱れて、勝手に涙が溢れてきて、目の前の景色をぼんやりさせる。
「っ…!!メイリー!!頸を!!!早く!!!」
(お父様、分かっているの、分かっているのよ)
シオン様が私の剣を奪い去って、ラピを護るように構えた。
私は、よろよろと立つことができたものの、靄の中にいるみたいに全ての感覚が鈍くなった。
それほどに、シオン様の敵意が私に衝撃を与えている。
(…シオン様…私は貴方の愛がなければ、歩くことさえできないのです)
「メイリー!!!しっかりしろ!!」
それでも父に鼓舞されて、なんとかファイティングポーズを取ることができた。けれどもう、呼吸すら自分の思うようにできないでいる。
「…死ね、メイリー」
「あっ……」
私に切先をしっかりと向けて、シオン様は駆け出した。その綺麗な琥珀色の瞳は、明後日の方向を向いている。
(回り込んで、手刀を…!!)
完全に操られていると分かってなお、体がうまく動かない。
『死ね、メイリー』
シオン様の声で放たれたその言葉は、私の頭の中をぐわんぐわんと何度も駆け巡った。
もう、なんの力も出せない。辛うじて腕を広げることだけができた。
「お慕いしておりました、シオン様」
何を馬鹿なことを、と父が叫んだのが微かに聞き取れる。
私はもう、自分の体さえ自由に動かすことがままならない。
もしかしたら、ラピに操られたのは私の方なのかもしれない。そう錯覚するほどに。
切先が私の喉元に触れようとした時、私は目を閉じて、シオン様が振るう剣が身体に刺さっていくのを受け入れた。
静かだ。何も感じない。そっと目を開けてみる。
「メイリー……」
振り絞るような声が、形の整った唇から溢れた。
「シオン様」
シオン様は、自分自身の胸を貫いていたのだ。
「メイリー」
琥珀色の瞳は、私をしっかりと見つめている。
震える手が私の頬に触れたと同時に落ちた。
シオン様が触れた頬を触ってみる。
血だ。
「っっっ!!!!殿下ぁ!!!!」
「…許せ、ミュークレイ。こうするしかなかっ…ごぼっ」
父が駆け寄り、出血を抑えようと傷口を抑えた。それでもどくどくと溢れていく。
「シオン様、どうして」
「どうして?馬鹿なことを言う。君を愛しているからだ、メイリー。君がいなくなった世界にいる意味などないんだ。君を殺めるなんて、この命に換えても、できない」
私は震える手でポシェットを探る。
(早くポーションを…!!…ああっっ!!)
国王陛下に渡してしまったと気がついて、へたり込む。
(どうすれば、良かったの…。ううん、私がしっかりしていなかったからだ)
一番大切な人を守れなくて、何が勇者だ。
シオン様は、仰向けに転がって、天を仰いで笑った。
「…僕が、君を守ったんだ。今だけは、自分が少し誇らしい」
「っっっ!!!」
「なあ、褒めてくれよ。自力でラピの術を破ってやったんだ」
「貴方がこんなことになるくらいなら…」
「こうするしかなかったんだ。微かに目覚めた意識で、この体を止めるのは」
「…私が、しっかりしていなかったばかりに…!!!」
「そう自分を責めるな。元はと言えば、僕の油断が招いたことなのだから」
「シオン様…」
その時だった。蓋のあいたポシェットから一本だけポーションが転がったのだ。
(陛下!!…まさか、全て使わず、残していてくださったの!?)
その瓶をぎゅっと握りしめてから、蓋を開けた。
剣が刺さったままの胸にポーションをかける。
蒸気が上がっているうちに、少しずつ剣を引き抜いた。
「ぐっ!!!うぅっ!!!」
「シオン様、もう少しです!頑張ってください!!」
けれど、すぐに蒸気が上がりきってしまい、剣はあと少しのところで完全に抜くことができなくなった。
(無理に引き抜けば、それこそ失血死してしまうわ)
「くそっ!!!くそぉっ!!!」
「怒るな、ミュークレイ。…父に、すまないと…伝えてくれるか」
「そんなもの!!お断りします!!!儂は…儂は…諦めないっっっ!!!」
「はは、君の父親は本当に諦めが悪いらしい。なぁメイリー」
唇をかみしめて、涙を堪える。絶対に助ける、だから泣いてはダメだ。
「…お言葉ですが、私も悪いんです、諦め」
シオン様はほとんど血の気が抜けて真っ青になった顔で微笑むと「それは頼もしいな」と言って微かに微笑んだ。
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