その場所は(前半ラピ視点)
「ラピ様、お連れしました」
真顔で遠くを見る男と、項垂れて歩く男と。
その二人は、まるで対照的な出立である。しかし、よく見ればそれは…
「まあ!まあ!!シオン王太子殿下ではなくて!?アルソン!!ねえ、貴方って本当に最高の傀儡だわ!!!」
「ラピ様の喜びこそ自分の幸せです」
「うーん、もう一人の方は異国人かしら?顔のそれは…刺青?……あら、あらあらあら?…ワカナチ、あなたワカナチでしょう!?久しぶりねぇ!!!こなところで会えるなんて!ふふふ、とっても嬉しいわ」
「殿下をお連れする折、邪魔をされては面倒なのでついでに連れてきましたが、お知り合いでしたか」
「ふふ、ふふふ。ワカナチ、貴方って口を塞いでおけば、見てくれは良い男だもの。せっかくの美丈夫が、もったいないと思っていたのよ?」
神殿で出会った少年は、いつの間にか精悍な顔立ちの青年となった。
ところがこの男、非常に口が悪い。聖女であるこの私を、まるで汚物を見るような目で見てくるので大嫌いだった。
顔だけは無駄に好みだったから、余計に腹が立つ。
俯き、床をぼうと見つめる青年の醜い刺青が、顔立ちの良さを却って際立たせている。
アルソンが、きっちり十五度のお辞儀で問うた。
「ラピ様、どちらから召し上がられますか?」
「うーん、せっかくなら入浴してからが良いんだけどぉ」
「かしこまりました。何としてもご用意します」
「…その前に、アルソン。最期の使命を果たすのよ。少し皺が寄ってしまったの。美しいシオン様にいよいよ抱かれるというのに…。完璧ではない私は、嫌だわ」
アルソンは、喉を「ガル」と鳴らして、猛獣の如く私に覆い被さった。
「ちょ、ちょっと!アルソン!丁重に…私を雛のように扱いなさいと…っっ!!何度も言って…っっ!!」
禁断症状だろうか。飢えている。けれど私の命令は絶対なのだ。
私への渇望に苦しむ姿を見ているのが、一番ゾクゾクする。
「グルルルル…」
アルソンは、喉を鳴らし、「ふうふう」と苦しそうに肩を上下させ、歯を剥いて獲物を屠る獣以下の知性に堕ちた。
そうなるともう、興醒めだ。
「…アルソン、貴方って意外と根性がないのね。つまんないの」
ため息をついて、のそりと上体を起こす。
床に押し倒されたので、冒険の最後でパーティの財産を注ぎ込んだ、一等素晴らしい私のドレスが汚れてしまったではないか。
「シオン、もう殺しちゃってよ。コイツ」
この国の王太子は、もう私の傀儡なのだ。わざと呼び捨てにして、わざと汚れた仕事を言いつけた。
シオンが蹲るアルソンに手を伸ばす。
「ねぇ、アルソン?一番働いてくれた貴方への褒美よ。この国の王太子殿下御自らの手で死ねるの」
その時だった。
「……?ちょっと待って」
シオンの手が、伸びたままピタリと止まった。
こめかみに両手を当てる。
「私の傀儡達が…正気を、戻してる?あの女のパパも…!!なぜ!?ちょっと!!!どうなってるのよ!?」
ぎり、歯軋りで犬歯が欠けた。
まさか、またメイリー、あの女が邪魔したのか。
けれど一体どうやって?
神によって与えられた、選ばれし私だけの術は誰にも破られたことなどない。
「シオン!!ワカナチ!!私を連れてあの女を探してちょうだい!」
すると、シオンは私の前に立って肩肘を曲げた。エスコートするということだろう。堕ちても、王子様然としている。
「…良いわね。メイリーの所までエスコートして頂戴」
「御意」
「御意て…。まあ、良いわ」
カツ、カツ、
地上から、階段を降りる光が、まるで私たちのために用意されたバージンロードみたいだ。
私たちは、光指すその先へと歩んだ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
食堂のネズミさえ、逃さぬ程目を皿にして探したが、一向にラピが見つからない。
「これだけ探していないとなれば、ラピはやはり王城から出ているのではないか?」
「……」
「メイリー?」
ワインのボトルが散乱している。
まさか、と思う。
「ワカナチ…?」
父は目を丸くしてパチクリと瞬いて言った。
「ワインがなんだ?ワカナチとは…」
「先ほどお話しした、異国人です。彼は、常にお酒の匂いがする程、お酒が好きなのです。これは、もしかするとワカナチが物色した跡かもしれません」
「うーん、この混乱だ。それで散乱しているのではないのか?」
「いいえ。そうならば、割れていたり倒れていたりするものでしょう?これは、まるでどれを飲むか漁った跡のようです」
「なら、そのワカナチという者も王城に来ていると言いたいのか?」
「或いはシオン様も一緒に」
「ふむ」
蹲み込んでいた父は、仕方がないという風に立ち上がると、「まずいのか」と言った。
「非常に。ワカナチは特にラピを私以上に許せない筈ですから」
「ならば急がなければなるまい。しかし、これだけ探していない。どうする?メイリー」
考えろ、焦るな、考えろ。
息が乱れる。手に汗が滲む。ぎゅっと握り込む。
(王城は徹底的に探した。やはり外に?それとも、庭園?…ううん。違う)
初めてラピに会った時のことを思い出す。
光が差し込んで、それはまるで神がラピを祝福するようだった。
光、違う。
ラピはいつだって光を求めていたように思う。
それはやはり、彼女の心がある場所が、常に暗いからではないだろうか。光を求めながら彷徨う夜の夜行性の蛾のように。
「あ…」
父と目が合う。
「探していないところがあります」
「そんなはず…」
「無意識にそこにはいないだろうと思い込んでいました。けれど、ラピは今も地下牢にいます」
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