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決意(後半、シオン視点)

 どんな罰を受けても良い。

 ザダクにシオン様を残して、私は王都へと急いだ。


(次にシオン様と会う時、私はきっと身分を剥奪されているだろう)


 それでも良い。それで良いのだ。


 戦ぐ風が伸びた髪を靡かせる。


(ああ、もう王都が見えてきた)


 ザダクの街から王都まではそんなに離れていないのだ。ましてや、魔物が沈静化した世界では難なく森を抜けられる。


「必ずラピを殺してみせるわ。見ていて、リーリエちゃん…」


 今日、私はこの手を穢す。

 牢にいる罪人を私情で殺めるなど許されるはずもない。

 確かな殺意に、歩みを進める足の感覚が失われていく。

 父や兄たちは、遠征のたびに魔物ではない血をべっとりとつけて帰還したことも少なくない。

 だから、慣れていない訳じゃない。けれど、慣れるはずもない。


 最後に結った細い髪の毛の感触が手のひらに蘇った。

 果たして、墓前に報告することが叶うだろうか。


(なぜ、私は素直にラピの謝罪を受け入れたのだろう)


 今更ながら、自分の能天気さが恥ずかしくなる。あの時、シオン様が呆れていたのは、当然の反応なのだ。


「私、今度はあなたになんて言われようとも絶対に許さないわ。覚悟していて、ラピ」


 王都に足を踏み入れた時、少々の懐かしさが胸をくすぐったけれど、決意を胸に王城へと向かった。


「あ!勇者・メイリー……」


 私に気がついて声をかけようとした人々は、私が纏う異様な雰囲気に、伸ばした手を引っ込めた。





✳︎ ✳︎ ✳︎





「メイリーが出て行った…?一体どこに…」

「さてねぇ、この子の埋葬がこれからだってのに」


 ハーリーという恰幅の良い中年女性は「あ、」と何かを思い出したように、前掛けのポケットをまさぐった。


「そうだ、お礼に取っといてくれってこんなもんを渡されたよ」

「っ!それは…」


 僕の表情を見て何かを察したのか、眉間に皺を寄せながらため息をついて、メイリーから渡されたという翡翠の髪飾りを僕に押し付けた。


「やっぱりね。あたしゃそんな高価な代物を付けるような子綺麗な髪の毛じゃないから、貰っても困るよって言っときな」

「メイリー…」


 一体、どうしてしまったんだ。また僕は、君を探して彷徨うのか。


(まさかとは思うが…リーリエの仇を討つつもりか!?)


 くらくらして、倒れ込みそうになる。


「ちょっと、大丈夫かい!?」

「メイリー…メイリー!」


 扉にもたれるように立っていたワカナチが、膝をついた僕にやおら近づいて、襟を掴んだ。


「おーおー、情けねぇな。これからリーリエの埋葬なんだよ。そういうのは外でやってくれや」

「ちょっ…アンタ!!この方は…!!」


 ハーリーが慌てて割って入ろうとした。

 けれど、ワカナチは「はん!」と鼻で笑った。


「こいつが王太子殿下様だなんてことは知ってらぁ。だが、ここにいる間はそんなことは知らぬ存ぜぬで良いんだろ?」

「や、やめておくれよ、ちょっと!!ああっ!!!レノン!!!レノン!!!来ておくれ!大変……」


 左頬に痛烈な痛みが走る。

 鮮血が飛ぶ。


「きゃああああ!!!!」

「おい、どうした!!!ハーリー!!!!…え?」


 外で穴を掘っていたレノンが、泥だらけのまま慌ててワカナチを引き剥がして羽交い締めにした。


「この馬鹿野郎が!!何やってんだ!!」

「うるせえ!!!お返しだ!バーーカ!!!」

「くそ!!イカれてやがる!!」

「離せクソジジイ!!!」

「妹が死んだってのに、何やってやがんだ!てめぇは!」

「おいこら!!女が一人いなくなったら随分と堕落するんだなあ!そんな奴が王太子だと!?俺はこの国の未来が心配だぜ!!」


 殴られた頬よりも、鮮烈な衝撃が走る。

 僕は、なんと情けない男なのだろうか、と。


「クソガキ!!口を慎め!!」

「うるせえ!ジジイ!!離せ!!」


 ゆら、と立ち上がる僕を見て、ハーリーとレノンは息を呑んで後退した。

 ワカナチは首を傾げて嘲笑っているかのように僕を見下す。


「…効いたな」

「あァ!?」

「お前の言う通りだ、ワカナチ。僕はどうやらメイリーが弱点らしい。だがそんな腑抜けに国政は務まらん」

「ケッ。分かったら穴掘りの続きだ、王太子様」

「勿論だ」


 ハーリーとレノンはおろおろして、僕を引き留めた。


「すぐに探しに行った方がいいんじゃ…」

「いいえ。あいつは勇者だ。すぐにどうこうなるようなことはないだろう」

「だが、しかし…」

「せめて僕だけは、この娘の埋葬に立ち会わなければならぬ」

「俺たちが言うのも何ですが…一庶民の埋葬に王太子殿下ともあろう方がそうまでして立ち会う義理がありますか」


 僕が言葉を紡ぐより前に、ワカナチが有無を言わさない言葉を発した。


「どうやら妹は、兄貴よりもその王子様を信用してる節があってな」


 ワカナチは今までの態度を一変させて、今度は僕に頭を下げた。


「シオン王太子殿下。どうか、妹の埋葬に立ち会って下さい。きっとリーリエも喜びます」

「元よりそのつもりだ」


 僕たちのやりとりに、夫妻は閉口するよりなかった。

 転がっていたスコップと鍬を持つと、一方をワカナチに押し付ける。


「ほら、続きやるぞ」

「…いや、やっぱりアンタは家の中で待っててくれよ」

「なんだ、今更遠慮しても遅い。言っただろう、僕は今何者でもない」

「じゃあ殴ったことはノーカンで」

「…まあ、王族に対する暴行だからな。くくり首って知ってるか?」


 ざっくざっくと掘り進める僕たちを見て、夫妻は「意外と気が合うのかしら」「全く何がどうなってんだ」などと言い合った。

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