ミュークレイ公爵に命ずる
国王は息を呑んだ。
現場の惨事を報告したミュークレイ公爵は顔を強張らせるばかりだ。
「なんとっっ…なんということだ…!!!」
「魔の悪いことに、ミュークレイ騎士団のバーバレイ将校率いる一団が、神殿で起こった偵察部隊壊滅の後処理に出払っております。残った騎士団員で一部暴徒化した衛兵を見つけ次第捕縛しておりますが…」
「ぬぅ…」
「あの性悪聖女が牢から抜け出してしまった今、ここも安全ではありません」
「儂のことよりも、優先すべきことがあろう」
「陛下、しかし…」
「冷静になれ、判断を誤るな、ミュークレイ。この城に、その手に落ちた者が何人いるか未知数なのだぞ」
「仰る、通りでございます」
こんな時に、最強と謳われたミュークレイ公爵の娘は不在である。
情けなさを覚え、ため息を一つついた。
「一番初めに現場にいた初老の衛兵、バランの話によりますと、思い起こせばラピが囚われた直後から仲間の衛兵に違和感があったと。ともすると、この数ヶ月で傀儡となった者の人数は、大多数に登る可能性もありましょう」
「そのバランという衛兵はどうしている」
「片腕をやられましたが、命に別状はないようです。現在処置に当たっています」
「そうか」
しばし沈黙した後、国王は重い口を開いた。
限られた人員で、優先すべきことを天秤にかけたのだ。
「ミュークレイ公爵に命ず。…ラピを捕らえよ。必ず生け捕りにして術の正体を暴くのだ」
「仰せのままに。我々、ミュークレイ騎士団が、必ずや事態を収集してみせましょう」
命を賭して守ると誓った国王に背を向け、ミュークレイ公爵は奥歯でその怒りを噛み殺した。
「異変があったらすぐに報せろ」
衛兵はぴしっと敬礼したが、顔は暗くてよく見えなかった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「全く、バランさん…もうあんまり無茶しないでくださいよ」
応援を呼びに行ったオーロという若い男が、援軍を従えてバランを救出したのだ。
「いやあ、すまんな」
「心臓が縮む思いがしたっすよ、もう」
「先頭に立って、なかなかかっこよかったじゃないか。一生に一度の勇士じゃないか?」
「だって、自分が案内しなければ誰が……ってあれ?」
「どうした」
「先輩は…。先輩がいないっす」
それは、共に応援を呼びに行ったはずの青年だ。
「あっれぇ?…そういえば、バランさんを助けた時って…先輩、いましたっけ?」
「それは…いたんだろうよ。見てねぇけど」
「ですよね。…まあ、思ったより元気そうで良かったっす。バランさんの顔が見れたんで自分は戻ります」
「…おい!……気をつけろよ」
バランはなぜ老いた自分の安全が確保されて、若いオーロが戦いに行くのかと思うと胸が痛かった。
その胸中を汲み取ってか、目の前の若者はヘラリと笑う。
「ビールくらい奢って下さいよ。地下牢の不思議な話付きで」
「お前にはとっておき教えただろ」
「抜け道のことです?あれは聞かなかったことにします。下っ端が心に秘めておくには、ちょっと重すぎるっす」
「あ?」
「生きて、帰れますよね?」
「っ…」
何も答える事ができないバランに、ひらひらと手を振ったオーロは処置室を後にした。
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