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青空

 まるで午睡の最中と言っていいほど、少女は安らかな顔をしている。息をしていないのが不思議なほどだ。

 レノンさんの奥さんが温かいタオルで丁寧に体についた血を拭う。

 私は、横たわった少女の細い髪を結い直した。


「ハーリーさん、手伝っていただいてありがとうございます」

「大した事じゃないさ。主人がいきなり子どもの面倒見ることになったって言い出した時は驚いたけどね」


 その手つきは、我が子を労るかのように柔らかく優しい。


「それに、野郎どもには任せられないだろう?」

「ええ、全くその通りです」

「…アンタも大概変わり者だけどね」

「え、私ですか?」

「聞いてるよ、王太子妃様らしいじゃないか。それだけじゃない、あのやけに綺麗な顔がシオン王太子殿下だってこともさ。知らないふりで良いんだろう?」

「そうして頂けると有難いです」


 軽くため息をついて首を緩やかに左右に振った。

 やれやれという風に、タオルを桶に放った。


「どんな事情か知らないけどね、この子を巻き込んだのは何故だい?」

「…私が、弱いからです」

「そんなこた聞いちゃいないよ。いつの時代だって、子どもが不幸になるのだけは…許せないね」


 ハーリーさんは、きっと王太子妃としての私にそう言った。


「仰る、通りです」


 それ以上、他に言葉が見つからない。

 唇を思い切り噛み締めて、震える手でリーリエちゃんの頬を撫でた。

 冷たい。


「…私はこの子と血の繋がりはないからね。筋違いなことは重々承知さ。この子の親は?家族はあの変な模様の兄ちゃんだけかい」

「……」


 答えないのは不誠実だろうか。けれど、ラピと神官長の娘だなんて、勝手に言い回って良い話でもない。

 俯くしかない私を見て再びため息をついたハーリーさんは綺麗なワンピースをリーリエちゃんに着せた。


「そのワンピース…娘さんのものだと聞きました。ありがとうございます」

「ふ、良いんだ。未練がましく取っておいたって仕方がないからね。主人は、着る人がいればあの子が喜ぶと思っているみたいだから」

「あの、娘さんは…?」

「おや、聞いてなかったのかい?去年死んだよ」

「…え」

「二年前に駆け落ちしてね。久方ぶりに便りが来たと思ったら葬式の案内だったんで、腰を抜かしたんだ」

「そんな……」

「二十歳だった。出産の途中で…子どもと一緒に逝っちまったらしい。葬式はさっぱりしたもんでさ、相手の男はすぐに新しい女と家庭を持った。気楽なもんだ」

「…ハーリーさん…。その、なんて言っていいか…」

「すまないね、こんな話」

「いえ、でも良いんですか?大事な思い出の服を…」

「孫ができたら、持ってってやろうと思ってたからさ…。そんな親の願いが叶う事もなく、引き出しの中に仕舞われているより、ずっと良いだろう?」


 ハーリーさんは、娘か孫か、あるいはそのどちらもリーリエちゃんに重ねているのだろうか、額を撫でては「アンタは可愛いね」と言った。


「珍しく、うちの人が楽しげだったからさ、この子には本当に感謝だね」

「レノンさんが良くしてくださって、本当に助かりました」

「……悪かったね、アンタが悪くないことくらい百も承知だ。ババアに八つ当たりされて災難だったと思ってくれよ」

「…そんなことは…ありません。私は…私が一番許せないのですから」


 懸命に繕った笑顔を見たハーリーさんは、息を呑んだ。


「ア、アンタ…何を考えて…」

「準備が整いましたね。さあ、リーリエちゃんが世界で一番大好きなお兄さんを呼んであげて下さい」

「は、早まったこと…考えちゃいけないよ…アンタは仮にも…」


 ふる、と頭を振って翡翠の髪飾りを外して、ハーリーさんの手に握り込ませた。


「なんだい、これ…」

「お礼に取っておいてください」

「アンタ、どこに行くんだい?ちょっと…」


 扉の外は、抜けるような青空だった。まるで天に召されたリーリエちゃんを祝福するかのように。

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