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地下牢で

「ふんふんふーん」


 なんの歌なのか分からない。けれど聖女はいつも聞いた事もない曲調の鼻歌を歌った。


「ふ、ふふ…」


 そして決まって、思い出したように不気味に笑った。


 地下牢は夏場でも肌寒い。

 常にジメジメしていて、どことなく汚水の臭いが立ち込めていた。

 そんな中で、彼女は一等高かったという服をいつまでも買いたてのような気分で、裾を広げてみたりポーズをとってみたりしている。

 普通は読書をするか手紙を書くか、寝るか、呆然と格子のついた窓を眺めるか…囚人の行動などそんなものである。

 "変わり者"

 衛兵たちは、聖女に対してそんな風な印象を抱いていた。


 石造りの階段を、三人の衛兵が交代のために降りてきた。


「お疲れさん、囚人の様子はどうだ?」


 言いながら、鍵の受け渡しのため片手を差し出したのは、来月任期を全うする五十がらみのバランという衛兵だった。

 長年勤め上げたこの城のことは知り尽くしている。殊更地下牢に関しては、家よりも長く過ごしたのでなんでも知っていた。誰も知り得ないような地下牢の噂話や怪談が何より得意で、飲みの席では、部下たちは決まってバランの話を聞きたがった。


「…アルソン?」

「……」


 アルソンと呼ばれた衛兵は、今日の夜勤を終えれば翌日から長期休暇である。明日結婚式を上げて、そのまま新婚旅行へ行く予定であった。

 なるほど、マリッジブルーとはこのことか、女がなるならわかるが、男がマリッジブルーとは珍しいなどと思い、揶揄おうと肩を組んだ。


「おいおい、嫁さんがそわそわしながらお前の帰りを待ってるんだろうよ!明日結婚式なんだろー!?早く帰ってやれよ!それともあれか?みんなで一杯やってから帰るか!?」


 バランと共に階段を下ってきた二人の衛兵は、ニヤニヤしながらそれを見守った。

 二人は荷物を置いたり、そんなことをしているうち、言いようのない違和感を感じる。

 アルソン含め、交代する者たち三人の様子がどうもおかしいのだ。


「バランさん、なんか…変じゃないっすか?」


 誰かがそんなことを言った。その瞬間だった。

 アルソンは、手に持っていた槍でバランを突き刺した。


「え?」


 それは、バランの左腕を貫通している。


「う、うわああああ!!!」

「バランさん!!!」

「ぐっ!!!アルソン!!!!おま…おまえ、どうしちまった……ぐぅっ…!!!」


 アルソンは首を傾げて、眉間に皺を寄せた。まるで、バラン達がおかしい、そんな表情だった。


「あのおじさん、嫌い。殺して」


 その声は、一番堅固に閉ざされていたはずの扉の奥から聞こえてくる。

 アルソンは条件反射のように、バランに向けて再び槍を突き刺した。

 それをなんとか制する。


「おい!お前ら逃げろ!!」


 そう叫んで振り向くと、他の二人も、交代するはずの衛兵と格闘していた。


「お…お前たち…夜の間に何があったんだよ……」


 バランは絶対に秘密にしていた隠し扉の存在を明かす時だと胸に決めた。


「今すぐ奥に向かって走れ!!!早く!!」


 バランの絶叫に、慌てて二人は駆け出した。


「最奥にある通路に、一つだけ黄色い石が埋まった煉瓦がある!それを思い切り押せ!!ホールに出られる!」

「バランさんは…!!」

「うるせえ!!こいつらこのままにしておけるかよ!」

「なら俺たちが…」

「ふざけるな…アルソンの目は俺が覚ますんだよ!!早く行け!ぐずぐずするな!応援を呼べえぇぇ!!!」


 二人のうち、若い男は躊躇したが、経験豊富な衛兵は「行こう。早く応援を呼ぶんだ」と冷静に促した。


 二人は行き止まりまで走り抜けると、黄色い石がついた煉瓦を見つけ、それを思い切り押した。


 ゴゴゴゴゴ……


 行き止まりだったはずの壁がぐるりと回転し、二人を中に押し込むようにして再びピッタリと閉まった。


「頼むぜ…」




 回転扉の勢いで、ホールに投げ出されるような格好の二人は、急激な場面転換にまるで夢を見ていたような気持ちになった。

 振り返った壁は、何事もなかったかのようにいつも通りの装いでそこにある。

 しかし、この扉の向こう側では、今まさに悪夢と見紛う光景が広がっているのだ。

 ぎゅっと拳を握る。


「敵襲!!!!敵襲!!!!」


 叫びながら、二人は駆け出した。

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