回復師が減っている理由
「なんだ、こりゃあ…」
異常な光景に、レノンさんは斧を携えて、張り巡らされた根をよじ登って行った。
「レノン、さん…リ、リーリエちゃんが…」
木々はすっかり静まり返り、根だの枝だのは、異常な形のままぴったりと静止している。
「……取り敢えず、降そう」
「ジジイ…」
「お前を踏まないと、リーリエの所に行けん。悪いが我慢しろ」
ぎゅっとワカナチの頭を踏む様によじ登って、力なくぶら下がっている少女に巻きついた根を取り去ると、まるで幼児をあやすように抱き抱えた。
レノンさんは、足場が悪い、けれどすでに息のない少女にせめてこれ以上傷をつけない様慎重に降りて行った。
そっと地面にリーリエちゃんを横たえたレノンさんは、次に私の手足に巻き付いた根を斧で取り去った。
私は剣を手にシオン様に巻きついた根を取り去り、レノンさんはワカナチを救出した。
ワカナチは何度か顔を顰めた。
(たぶん、肋が折れているんだわ)
それでもリーリエちゃんの側まで駆け寄ると、ワカナチはぶるぶると震える手を翳して回復しようと試みた。
それが無謀であることくらい、誰の目から見ても明らかだ。
「か、神よ…こ、この者の…傷を……癒したまえ」
「ワカナチ、もうやめろ」
「神よ……!!元に戻せ!!クソ野郎が!!」
「ワカナチ!!」
「何が神だ!!肝心な時に回復できなくてどうする!!おい!!元に戻しやがれ!!!聞いてやがんのか!!!」
シオン様が、ワカナチの胸ぐらを掴んで叫んだ。
「もうやめろ!!!!」
「っっっ…!!!」
「もう、静かに眠らせてやれ…」
「お、お前に…王太子様に何が分かるんだよ!!あぁ!!?何の苦労もせずに、今までぬくぬく育ってきたんだろうがよ!!!俺たちみたいなゴミクズの気持ちなんか…寄り添い合って生きてきた奴らの気持ちなんか分からねぇだろ!!!」
「…リーリエの気持ちを一番分かってないのはお前じゃないのか?」
「なんだとッ!?」
「なら聞くが、リーリエがラピと神官長の娘だったと、お前は知っていたか?」
「…は?」
「僕が眠っている間に、リーリエが夢に潜ってきて全て話してくれた」
「う、嘘だ…だ、だって…神官長はリーリエの言葉を奪って……リーリエと逃げたのだって……」
「何があったのか話せ」
ぎゅっと唇を噛み締めたワカナチは、シオン様の腕を払った。
リーリエちゃんの小さい手を握る。
「…俺は、俺のせいでリーリエが言葉を失ったと思っていた。回復師は言葉によって癒しをもたらす。それはこの国の神へ願いを乞うからだ」
(そうか、ワカナチは異国の神を信仰している)
「拾ってくれた恩があれ、あの腐り切った神殿の中で育ってきた俺は、改宗する気にはなれなかったんだ。けれど神殿にいる限り、何かしらの役に立たなければ暮らしていけない。神官にならない以上、回復師になるよりなかった。リーリエの為なんて、かっこつけの口実だ。しょうもねぇだろ」
しっかり握られた小さな手をおでこに当てて、まるで祈る様な姿勢になる。
「異国の俺が神殿から出て暮らすなんて、恐ろしかった。ましてやこの顔の刺青だ。神官長は異国人の俺に、この国の神に祈るための言葉が不十分だとそう言った」
『回復師になる為に方法が一つある』そう言われたそうだ。
「…リーリエが連れて行かれて…戻ってきた妹は言葉を失っていたんだ。『神の御心に沿う為の信仰心も、献金する金もないなら、誰かの言葉を捧げるより他、ない』…と」
『良かったな、めでたく回復師になれて』神官長の言葉は、呪いの様に耳にこびりついているそうだ。
「あれは神官長が、脅威となる力を持つリーリエと、神殿の情報を知りすぎた俺を、縛り付けるための鎖だったんだな……」
「神殿を出たというのは、逃げ出した、ということ?神官長はそれを見越して、大金の献金を要求したり、リーリエちゃんの言葉を奪ったりしたのね。けれどそれは脅威を封じるためだった。まさか心で植物や自然と会話ができるとも知らずに」
頷いたワカナチの頬から涙が滴っている。
「そもそも、回復師が激減しているのはそれが原因だ。回復師を志す者には、多額の献金を要求した。ゆくゆくは癒しの聖女・ラピ一人を神格化して、神殿を再興させることが目的だったからだ。まあ、どっかの誰かのおかげで魔物が大人しくなったのも、ラピが囚われたのも計算外みたいだが」
神官長がワカナチは知りすぎた、と言っていたのはこういうことか。
レノンさんが、綺麗な服を何枚か携えて戻ってきた。
「メイリーさん、悪いが着替えさせてやってくれるか?血だらけで可哀想だ」
「レノンさん、それは?」
「ああ、娘が小さかった頃の服が捨てられねぇで取っといてあったんでな。使ってくれれば娘も喜ぶ」
「そう、ですか」
ワカナチはリーリエちゃんをぎゅうと抱いて言った。
「良かったな…お前はみんなに愛されている」
「…お兄ちゃんが残念だけどな」
「おい」
「…あー、それと、良ければ、うちを使ってくれて構わない。この様子じゃ、あの空き家を使うのは無理だろ?」
「…すまない」
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