お花を買わないでください②
「神よ、この者の傷口を癒やし、元に戻し給え」
回復師の言葉通り、リーリエが噛んだ舌は元に戻った。
ベッドに横たわった少女は血だらけで、着替えさせることになった唯一の女性である私の指もまた傷だらけなのである。
「私が…」と申し出たものの、着替えさせるにも血がついてしまうのに気がついて、がっくりした。
回復師は、私の指に目が留まったかた思うと大変気まずそうに目を逸らした。
「…ほら、手ぇ出せ」
「えっ…でも…私や私の仲間は回復させないのじゃあ…」
「仕方ねぇだろ。妹が可哀想だ」
「ありがとう、回復師さん」
やっと目があったと思ったが、やっぱり目を逸らされてしまう。
「神よ、この者の傷口を癒し、元の美しい手に戻し給え」
その言葉に、空中の粒子が輝きを放ちながら私の指に集まった。何となくくすぐったいような、蠢く様な不思議な感覚がする。
粒子は次第に光を失い、現れた手はすっかり元通りだった。
「わ!すごい…!!」
「別に。あんた、勇者なんだから性悪聖女様に回復してもらったことあるだろ。なんでそんなに驚いてんだよ」
「あはは…ラピは私を回復したこと、なかったから…」
「ケッ、相変わらずだなアイツ」
「本当にありがとう」
「……ワカナチ」
「え?なに?」
「…俺の名前だ、一度しか言わん」
さっさと手を離して、ワカナチは新しくリーリエの服を探り始めた。
「ありがとう、ワカナチ。その、すごく疲れるのでしょう?回復するのって」
「…いや。何と言えばいいかな。回復師は神や精霊にお願いしてその力を借りる。あまり疲れるということはない」
「そうなの!?でも、ラピは…」
「ああ、あれの回復は神や精霊の力を使わない。自分の体力や気力を使う。…神殿側からすれば都合が良いんだ。だから聖女などと祀られる」
「え…?」
桜色の服をずい、と押し付けられた。
「ほら、手を洗ってさっさと着替えさせてやってくれ」
「なっ……」
「そのために治してやったんだ」
「う、うん、そうね?」
(なんか、いちいちムカつくわね!!)
回復師は神殿で経験を積むのだから、ラピのことを知っていて当然だと思うけれど…
(性悪女って…)
彼女の性格の悪さは周知の事実だったのか。それにしても、聖女が神殿側にとって都合が良いとはどういうことだろう。
リーリエの服を手早く脱がして、血を温かいタオルで拭った。
(まだ幼いこの少女の身に、一体何が起きたのだろう)
ワカナチという回復師と、レノンさんの話し声が聞こえてくる。それは次第に怒声となった。
「今すぐここから出て行け」
「なんだと!?お前の妹助けたのは誰だと思ってやがんだ!!」
「そもそもお前らが来なきゃこんなことにはなってねぇんだよ」
カーテンを思い切り引いて、2人を窘めた。
「ちょっと!リーリエちゃんが寝てるのよ!?静かにしてちょうだい」
「着替えさせたなら、お前もさっさと出て行け。勇者様」
「私の名前はメイリーだわ!いつまでも嫌味ったらしく勇者様なんて呼ばないでいただける!?」
「んだよ、お前が一番うるせぇぞ」
「ぐっ…それは、ごめん。でも、このまま同じことを続けるつもり?いずれリーリエちゃんの心が壊れてしまうわよ」
「だから、もう構わないでくれよ」
つかつか、と近寄ったレノンさんが再びワカナチの胸ぐらを掴んだ。次の瞬間、思い切りその頬をぶん殴る。
「ってぇ…」
「お前が一番ガキンチョだな。妹さんの方がよっぽど大人だ」
「あぁ!?」
「可哀想に、お前のエゴに付き合わされて、死にたいほど嫌だったんだろうよ」
「ッッッ!!!!」
「良い加減大人になったらどうだ?お兄ちゃん」
(レノンさんも大抵子ども染みてると思うけど…黙っておこう)
「リーリエは…妹は…俺のせいで言葉を失ったんだぞ…」
「ならなおさら、もっと苦しめちゃいけないな」
「はっ…そんなこと分かってる。あんたの言う通りだよ…でも、俺たちはこれしか思いつかないんだ……ったく、情けねぇ…」
ワカナチは床に座ったまま、前髪をかき上げて思い切り自嘲の笑みを浮かべている。
「おいおい、センチになっててどうする?お前が自分の力で妹さんを救わなくてどうする」
「は!?」
「メイリーさんと一緒に探してきたら良いだろう。きっと力になってくれるはずだ」
私の肩を掴んで、ずいと前に押し出したので思わず「ちょっと!」と声が出る。
「メイリーさんは、協力してくれるだろ?それに、どのみちメンバーが目を覚まさないんじゃあ、冒険もできない。安心しろ、妹さんの面倒は街のモンが責任持ってみてやる」
「レノンさん!?で、でも、探すって…どこを…」
ワカナチは徐に立ち上がると、私へと手を差し出した。
「まずは神殿、だろうな…」
それは、私たちが再び目指す場所だった。
(躊躇していても仕方ない。もしかしたら、回復師が減っているというのも今回のことと何か関係があるのかも…)
私は決意して、その手を握り返した。
「約束して、妹さんの言葉が戻ったら、街の人も私の仲間も目覚めさせてちょうだい」
「ああ、わかった。約束しよう。メイリー」
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