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お花を買ってください①

 そろそろ泊まる宿に戻ろうかと、多分飲み屋で酔っ払っているはずのディエゴとレントを探し始めた。


「花を…」


 声をかけられた方を振り向くと、どうやら花売りらしい。

「花を買ってください」

そう言ってずいと差し出したのは、白い百合の花だった。

 花は好きだけれど、今は旅人の身。買ったところで世話ができない。


「ごめんなさいね、まだ旅が続くから買えないわ」

「……」


 大きな目でじっと見つめた後、隣にいたシオン様に花を売り付けようとした。


「花を買ってください」


 シオン様はちょっと面食らって「…すまない、こいつの連れだ。旅の途中なので買うことができないんだ」

「……」


 少女は再び黙って私たちを見つめた。それから何も言わずに去っていってしまった。


「…なんなんだ…」

「まあまあ、まだ子どもですから」


(ちょっと妙な感じだったけど…)


 飲み屋から、丁度ほろほろに酔っ払った二人が出てくるところだった。


「おい、二人とも。そろそろ宿に戻るぞ」

「〜〜っす!了解です!!」「ぐぅ…」

「二人ともすっかり酔っ払ってるわね…あら?」


 ディエゴの手に何やら握られている。見ればそれは、白い百合の花だった。

 私の視線に気がついたらしい、少し草臥れた花を目の前に突き出した。


「ああ、これですかぁ?かーわいい女の子が売ってたんでつい、買っちゃいました!へへへ」

「はあ…あなた、明日発つというのに花なんて買ってどうするのよ…」

「んあ?うーん…まあ、なんとかなりますよ」

「ちょっと、ディエゴ!」


 千鳥足で肩を組んで歩く二人は、二軒目の暖簾をくぐったのでシオン様が首根っこを掴んだ。


「おい、随分と楽しそうだな?まさか目的を忘れたわけじゃあるまい?」

「ゔっ…」「も、もちろん…さあ、宿に帰ろうレント…」


(仕方のない人たち)


 酒癖が悪いわけじゃないのに、ここまで酔っ払うなんて妙だなと思いつつも、宿場へ戻った。


 鼻歌混じり、部屋の扉を開けようとした時だった。肩口に、ふわっとシオン様の香りがする。ドアノブに手が重なった。


「おや?なんだか楽しそうだな、メイリー」

「ええ、ここの宿の温泉が楽しみで。前回も…」


 前回、確かシオン様が浴室の扉を開けて…

 あの時の光景を思い出して、ボワッと顔が赤くなった。


「今度は顔が赤くなったな。変なやつ」

「だ、だって…」


(もしかして全然気にしていないの?じゃあ、恥ずかしいのは私だけ…?)


 それはあんまり酷いではないか。


(なんだか…物凄くムカつくんですけど!)


 ふんと顔を背けて、さっさと部屋の中に入り扉を閉めようとした。

 シオン様が慌てて扉を抑える。


「おいおい、待てよ。なんだよ急に…」

「別に、なんでもありません。今日は殿方三人仲良く寝たらよろしいでしょう」

「冗談じゃあない。おい、本当にどうし…」


 肩を引き寄せられた私の表情を見たシオン様が一瞬固まって狼狽えた。

 それが更に恥ずかしくなって、手を振り払って強引に扉を閉めた。





✳︎ ✳︎ ✳︎





 カポーン、

 反響する桶を置く音や、浴室のほのかな灯り、まろやかな泉質。

 リラックスしたところで訪れる、後悔。


(馬鹿じゃないかしら。一人で何をやってるんだろう)


 私はシオン様にどう思っていて欲しかったのだろうか。よくわからなくなる。


(でも、シオン様だって酷いと思うわ!…いくらなんでも忘れてしまうなんて…だって裸…っっっ!!!)


 ばしゃばしゃ、

 顔に何度も湯をかけてネガティブな思考を追い払った。


(明日、謝ろう…)


 清掃がよく行き届いた部屋で、ぽつんと膝を抱える。

 翡翠の髪飾りを手のひらに載せてじっと見つめてはため息をついた。つまらないことで怒って馬鹿みたいだ。そう、あれはつまらないこと。瑣末なこと。なんでもないこと。

 なのになぜすごく切ないのだろう。こんな感情は知らない。

 私が悪いと思ったり、でも次の瞬間にはシオン様の悪いところを探して、怒った言い訳を探してみたり。

 自分で自分が嫌になる。


 髪飾りを付けてくれた時の、優しい手つきを首筋に感じてすごく会いたくなってしまった。


(自分から拒否しておいて、都合のいい話だわ)


 眠れないまま夜は更けていった。





✳︎ ✳︎ ✳︎





 翌朝、いくら待っても三人は部屋から出てこない。


「朝食のサービス、終わりだよ!良いね!?」

「ちょっ…ちょっとだけ待ってもらえませんか?呼んできますので…」

「全くしょうがないね!メイリーちゃんが言うなら十分だけ待ってやるよ!」


 この宿に泊まるのは三度目。鎧姿の女という物珍しさから、女将さんにすぐ覚えてもらった。夕食の量が多くなったり、サービスでザワークラウトが付いたりと良くしてもらっているのだ。


 私が泊まっていた部屋の隣、男三人が寝ている部屋の扉をノックした。


「もうそろそろ出発するわ!起きてる!?」


 返事はない。まさか、まだ夢の中なのだろうか。


「朝食サービス終わっちゃうわよ!!」


 何度ノックしても、沈黙が返ってくるだけだ。


(おかしい)


 ディエゴとレントはしこたま酔っ払っていたから分かるにしても、シオン様まで寝過ごすなんてことは、あまり考えられない。


「入るわよ!?」


 鍵は、かかっていなかった。


「物騒ね…ちゃんと鍵かけてってあれほど…」


 ベッドに横たわっている三人を見て、違和感を覚える。


「おーい!ちょっと!いつまで寝て…」


 こんなに静かに眠っているなんておかしい。レントのいびきがうるさくなかった日なんてないのだから。


「ねえ!!起きて!!ねえって!!!」


 三人は、どんなに揺さぶっても叩いても大声を出しても、眠ったまま起きることはなかった。

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