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死竜とは

 突然、辺りが霧に包まれる。

 晴れた空が曇り、雷鳴が轟いた。緊張感が一気に張り巡らされる。


「なんだ、これは!」


 ズン…ズゥン…


        ズン…ズン……


 何かの足音だろうか。音が鳴り響くたびに、大地が揺れている。

 霧が広がって視界は明瞭ではないけれど、突然頭上を闇が覆った。


「はっ…」


 そこには見たこともないほどに巨大な黒いドラゴンが大きな口を開けていた。その吐息は気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうなほどで、喉の奥からカルカルと聞こえる喘鳴は耳を劈くほどの音量である。

 鋭い歯からぽたり、と唾液が滴り落ちた。それだけで、落ちたあたりの草は一瞬にして全て枯れてしまった。


 ラピは大きな目をさらに大きく開けて、尻餅をついた。腰が抜けてしまったらしい。

 彼女を安全なところにと思うけれど、とにかく巨大であるため、安全なところなどないに等しい。

 守りながら戦うしかないのか。それにしても、こんなにも巨大なドラゴンがどこに姿を隠していたのだろうか。


「…本当にドラゴンなの…!?こんなに巨大なドラゴンは見たことがないわ!」

『愚かな…人間ども』


 地の底を這うような声。

 私たちは顔を見合わせた。人語を介するドラゴンなど聞いたことがない。そんなものがいるとすれば、それは…


「まさか…まさか死竜…?」


 太古の昔、空と地が神々によって分離された時、その歪みから一匹の竜が生まれた。

 その龍は巨体を持て余して、大地を破壊し、空を壊そうとしたので、神によって冥界送りになったという伝説がある。

 勇者・フェンネルが冒険に出た理由、それが死竜の復活だった。

 フェンネルは死竜を完全に倒すことができず、冥界の裂け目に再び死竜を押し込めて封印した。

 魔物と人間が共生したという黄金時代の始まりである。

 以降、神殿では祈りと歌を捧げることで死竜を封印し続けていたはずだ。


『匂う…聖なる者の匂いだ…』

「ひっ!」


 ラピは自分が標的であると悟って、地面を這ってなんとか逃げようとした。


「くそっ!!」

「俺たちだけじゃどうにもならないぞ!」


 霧はどんどん濃くなって、絶望が支配していく。遂にラピが悲鳴をあげた。

(そうだ!)

私は一つ思いつく。


「ラピ様!歌を!!歌を歌って!!」

「は!?はあ!??アンタ何よ急に…イカれてるんじゃないの!?」

「…このドラゴンが本当に死竜なら、聖職者が歌う封印のための祈り歌を嫌うはずです!」

「……そ、そんなの、無理よ!!!」

「今はそれしか方法がないのです!お願いです!早く!!!」

「なぜ私がそんなことをしなければならないの!?魔物を倒すのがアンタの役目でしょ!!?さっさと倒してよ!」


 自分の身の安全ですら危ういというのに、なにに拘っているのだろう。

 遂には、フリック達も声を上げた。


「今はラピが頼りなんだ!頼む!」「ラピちゃんが歌ってくれれば、俺たちがどうにか倒せるかもしれない!」「このままでは全員危険だ!歌ってくれ!」


 しかし、ラピは目線を泳がせて、自分自身をぎゅうと抱きしめた。

「っっっ!う、…歌えないのよ…っっっ!」


 ふう、ふう、と肩で息をするラピに視線が注がれる。


「封印の祈り歌…知らないもの…」

「そんなはず…神殿で歌うのでしょう!?」

「……っっ」


 以前から不思議に思っていた。信仰のために歌われる祈り歌、それをラピが歌っているのを見たことがない。

 神殿に仕える聖職者でありながら、そんなことがあり得るだろうか。


(おかしいと思った)


 彼女は神殿でちやほや甘やかされていたとも聞いた。多分、信仰心どころか、聖女としての矜持など一切持ち合わせないのだろう。


(ラピだけではなく、神殿全体が堕落しているのかもしれない)


 ラピは歌えないのではなく、知らないと言った。ならば、日頃より祈り歌は捧げられていないことを意味するのではないか。

 封印のための祈り歌を神殿で歌っていないのなら、死竜が復活するのも納得である。


「近年、魔物が凶暴化しているのはこういうことだったのね…」

「おい、まさか…」

「古の封印を祀ることを忘れた神殿側の怠慢、でしょう」


 ラピは私を睨むと、喰らいかかる勢いで怒鳴った。


「なによ!私のせいだって言いたいわけ!?私は知らない!!知らないわよ!!」

「…ラピ様、何もあなたのせいなどと言っておりません。育って来た環境など、誰も疑問に思わない。もしかしたら、ラピ様は犠牲者かも知れない。お可哀想に」


 私は散々なじられた言葉をラピに返した。

 腰を抜かしたままの聖女は私を射殺すような目で睨み続けている。


「ラピ様、今はそれより、死竜を倒すことが先決です。黙って大人しく守られていてください」


 私はなぜか身体の芯がゾクゾクするような感覚を覚える。

 死竜とは、正眼の構えのまま睨み合いが続いている。


「…なんだか、貴方と戦うのが懐かしい気がするわ」

『お前は…そのオーラは…フェンネルッッッ!!!』

「…違う。私は勇者・メイリーよ!!!っはああぁぁぁあああ!!」


 死竜が動揺した隙に、私は高く跳躍した。

 レントが投げた槍が死竜の腹に刺さったのを足がかりにして、そこからさらに跳躍する。

 フリックが剣に硬化の魔法をかけてくれ、続け様に詠唱が始まる。


「ブリザードエッジ!!!」


 パキッパキパキ…キィイイイン!!!

 死竜の足が氷漬けになり、大地に張り付く。

 フリックは休むことなく、長い長い詠唱を始めた。


『ええい!鬱陶しい!!』


 死竜の頭に降り立つ。

 私は剣を振り上げたが、躊躇ってゆっくりと剣先を下ろす。


「メイリーちゃん!!何を…」


 ディエゴが叫ぶのも構わず、頭の上で跪いた。


「死竜よ…古の神が作りし貴方もまた、人々が恐れし神。我々人間が信仰を怠り、また争いを生むところでした。どうか、冥界にお帰りいただけませんか」


 なぜか、私じゃない誰かの声が重なった気がした。


『…ふざけるな。封印が解けた今こそ、地上を統治してやる!ええい、忌々しい!!』


 氷の足枷をなんなく壊し、ラピの元へ進んだ。

 振り払われた私は勢いよく墜落した。

「うっ!」

 身体を起こすと、目の前にはフリックが杖を突き出し、長い詠唱を終えた。


「ダークマター!!!」


(あの詠唱は、ダークマターだったの!?)


 何とか立ち上がると、フリックが膝をついて肩で息をしていた。


 ギュウウウゥゥゥン……


『オオオォォォ…』


 バキバキ、メキ……


 空間が歪む厭な音と、まるで木々が倒れるような、巨体を砕く音が鳴り響いた。

 そこにいた全員が耳を塞いだ。不快な音で頭がおかしくなりそうだ。

 遂にフリックが倒れ込む。どうやら魔力を消費しすぎたらしい。


「フリック…無茶を……!」

「…まだこんなところじゃ、死にたくないんだ」

「ええ、そうね。本当にそうだわ」


 死竜は、ふらつきながらなおも巨体を揺らしてラピへと進んでいく。


「くそっ!倒せない…っっ!」

「ううん、十分ダメージを負っているはずだわ、フリック、後は私に任せて」

「メイリー!!!」


 傷は、ポーションを振りかけて回復した。後は全力で挑むのみ!!


「ひっ…ひっ…」


 ラピの前に立ち塞がる。再度死竜と対峙した。

 私は今この瞬間のために生きる勇者だ。

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