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そして三年後

 私のお母様は勇者だ。


「なあに?リリエッタ、私の顔に何かついてる?」


 ぶんぶんと顔を横に振る。


(私が見ても、綺麗な王妃様にしか見えないんだよなぁ)


 王属騎士や、衛兵達はお母様に憧れて入隊する者も少なくない。

 お母様がそんな騎士や衛兵達に挨拶すると、感動して泣き出す者までいるのだから、世にも不思議である。

 しかもその賛辞は、決して美しいからとか気品があるからとかでは絶対になくて

「憧れの勇者様に会えた!」

というものだった。


 でも、だからだろうか。

 時折、無性に城の外で思い切り走り回りたくなる。私にも勇者の血が流れているからなのかも知れない。


「お母様が勇者だったなんてとても信じられません」

「あら、そう?」


 編み物の手を止める。私はクッションカバーを編もうと思ったけれど思うように進まない。対して、お母様のケープはもうすぐ仕上がりそうである。

 むう、と思って母の顔をじっと見た。「なあに?」と問う表情のなんと柔らかいことか。この母が魔物を倒し、この国を守ったと言うのだから世界の七不思議だ。


「お母様は王妃でしょう?どうやって戦ったの?」

「冒険に出ていた頃は、王妃じゃなかったのよ。髪も短く切って、男の人みたいに魔物をやっつけていたわ。ふふ、懐かしいわね」


(全然想像ができない…)


「お父様と深く知り合ったのだって、冒険に出たからなのよ」

「お祖父様が亡くなる前によく言っていたわ。全然聞き分けてくれなくて、毎日心臓が縮む思いだったと言っていたもの」

「まあ!前国王陛下は、そんなことを…」

「…ねえ、お母様はもう冒険に出ないの?」

「ええ。私は王妃としてこの国を治めること、そして母親としてリリエッタを見守ることが今の仕事だから」

「じゃあ、次の勇者は誰?」


 ふふふ、と笑ったお母様は私の手を取ると、遠出をしようと提案してくれた。

 揺れる馬車は、ヤイレスという我が国の属国との国境まで進む。


(てっきり街まで出るのかと思ったけれど…)


 どうやらお母様が見せたかった物は、大地に深く突き刺さった一振りの剣だった。

 風雨にさらされてなお、その威厳は失われない。これは、きっと…


「これは…勇者の証…フェンネルの剣」

「勇者としての使命の終わりを悟った。とっても辛かったけれど、これが私の運命ね」

「お母様はこの剣を引き抜ける?」

「私はもう勇者じゃないもの。…でも、どうかしらね…次の勇者がその素質を眠らせているのなら、まだ抜けるのかしら。じゃあ、私がこの剣を抜くことができなかったら…それは何を意味しているのかしらね?」


 お母様はいたずらっぽく笑った。


(私も、勇者・メイリーの活躍を見てみたかったわ)


 ガタガタと慌ただしい音が聞こえる。見ればそれは馬車から降りて、こちらへと駆け寄る人だった。

 なんだろうと目を凝らすと、その人影は大声で叫ぶ。


「ああ!メイリー、リリエッタ!ここにいたのか…!探したんだ」

「お父様…」


 お父様はなんだかすごく慌てた様子だ。


「シオン様、どうされたのですか?」

「…ユニコーンが眠りから覚めたんだ」

「ええっと?」

「以前、メイリーがユニコーンを眠らせただろう?信じられないことに、以来ずっと眠っていたらしいんだ。ところが…旅人が無闇に起こして大暴れしているらしい」

「それは…恐ろしいことの前触れでは…」

「いや、恐らくかつての魔物の暴走とは無関係だ。これは旅人が悪い。ちなみにその旅人はかなりの手傷を負ったみたいだ。そして最悪なことに…」


 ゴオオオ!!

 空気が振動した。恐らく何かの鳴き声である。


「我が城に向かっていると…くそっもう危ないらしい!」


 父と母は勢いよく走り出した。

 私も負けじと追いかける。


「リリエッタは危ないから、馬車に乗りなさい!」


 侍女のトリアリが私の小脇を抱えて、馬車に押し込んだ。


「きゃあ!」

「…リリエッタ様、ご無礼をお許しください」

「お母様とお父様は!?」


 血の気が引いて、不安に殺されそうになる。

 けれど、トリアリはふっと微笑んだ。


「大丈夫ですよ、あのお二人は世界で一番お強いのですから」


 ぐすん、と鼻を啜る私の背中をさすってくれる。


「本当に?」

「窓から覗いてみてください、もうお姿がありません」

「え、嘘……。お父様はともかく、お母様はヒールを履いているのよ」

「ふふ、それが勇者・メイリーのすごいところです」


 だから大丈夫だと?ヒールで森の中を走れるから?なんの安心材料にもならない。


「お父様やお母様に何かあったら…わ、私…」

「大丈夫です。絶対に」


(絶対など、あるものか)


 ある日突然、大好きだったワカナチはいなくなったのだ。私はこの世界をいまいち信用していない。


 ガラガラと鳴る馬車は、恐らくかなり急いで城への道を進んだ。


 オオオオオオォ…

 城に着くや、不穏な悲鳴とも建物の軋みとも判別できない異様な音が響いていた。

 馬車から飛び降りようとしたが、トリアリに止められてしまった。


「失礼ですが、リリエッタ様がいては足手纏いです」

「例え足手纏いでも!私の知らないところで両親に何かある方が嫌だわ!」

「リリエッタ様!!」


 私は馬車を降りると、トリアリを振り切って走った。ホールへと続くいくつかの扉は全て破壊されていて、中の様子が伺えた。

 破壊された扉から差し込む陽光が、この世のものとは思えぬほど美しい、一頭のユニコーンを照らしている。

 お母様は、どうやら衛兵から剣を取り上げ、構えていた。


「おかあ……」


 その猛々しいオーラに圧倒されて息ができなくなる。足が動かなくなる。トリアリが追いついて、後ろから私を抱きすくめた。


(こんなお母様は、知らない)


 お母様は顔の前で剣を構えると、不敵な笑みで言った。


「…久しぶりだわ、私を覚えているのね?でも、どうしてご機嫌斜めなのかしら」


 ユニコーンは何度も地面を足で掻くような仕草をした。


(突進する!)


 そうしたら、お母様はあの角に串刺しにされてしまう。思わず目をつぶった。


「ブリザードエッジ!」


 パアアアァァァン……


 力強い詠唱が聞こえて、恐る恐る目を開ける。

 お父様の魔法が、ユニコーンを凍てつかせたらしい。

 ユニコーンはなんとか立っているものの、確実に体力を奪われたようだ。


「大人しく森に帰る気は無いのね?」


 お母様は、覚悟を決めたような顔でドレスの裾を破ると、信じられないほど高く、シャンデリアと同じ高さまで跳躍した。

 空中で一回転すると、お父様が詠唱して雷の魔法を剣に与える。


(聞いたことがある…お父様とお母様はフェンネルの剣を魔剣にして共に戦ったって…)


「はあああぁぁぁあ!!」


 お母様は、今まで一度も聞いたことのないような嗄れた声を発する。

 呼応するようにユニコーンが嘶いた。

 振り下ろされた剣が、角を切り落とす。

 着地したお母様に向かって、角を失ったユニコーンが突進した。

 剣で防ぐが、すごい勢いで押されていく。


「お母様!!!」

「くっ!!ファイヤーレイ!!」


 炎の魔法がユニコーンを貫き、灼いた。


『ヒイイイィィン!!』


 前足を上げて苦悶するユニコーンに、お母様は最後の一撃を与えた。

 真横に払った剣が、ユニコーンの急所に命中したらしい。

 ユニコーンは、一声嘶くと床に倒れ込んだ。


 お父様とお母様は拳を合わせている。


(あれ?)


 ほんの一瞬、お父様が黒髪で、お母様が短髪に見えた気がする。

 ゴシゴシと目を擦った。


(気のせいかな…)


「以前は私がユニコーンを大人しくできたんだけどな…やっぱり勇者の素質がなくなっちゃったのかしら」


 がっくりと肩を落とすお母様に、お父様はなぜか咳払いしてからモゴモゴと言いにくそうに小声で言った。


「いやそういうことじゃ…ないと思う…」


 私は訳がわからなかったが、お母様も訳が分からなかったらしい。ハテナが浮かぶばかりである。


 突然周りから拍手と歓声が響いた。


「勇者・メイリーだ!!」「すごい…」「おい!あれ、俺の剣なんだぜ!家宝にしよう!」「目に焼き付けました!」「かっけぇ!」


 わっと降ってきた沢山の声に、音の圧を感じる。祭典や祝賀行事よりも盛り上がっているではないか。


 そんな私が、一番胸をときめかせている。


(かっこよかった…)


 胸の奥が熱い。


(私もいつか、勇者になりたいわ!)


 お祖父様が生きていたら卒倒してしまいそうだ。今はまだ、心の中だけの秘密にしておく。


 お母様は少し寂しそうな顔で、生き絶えたユニコーンの頬を一撫でした。それがあまりにも慈悲深い聖母のように映る。


「お、お母様…」

「見ていたの?怖かったでしょう」


 ふるふる、

 頭を振ったが、ぎゅうと抱きしめられると涙が止まらなくなってしまった。






「メイリー、リリエッタはまたフェンネルの剣を抜こうとしているのか?」

「すっかり憧れられてしまったわ…。しょうがないわね、私の娘だもの」

「…今なら父上の気持ちが痛いほどわかるな…」

「ふふふ」

「リリエッタはまだ八歳だ。まさか抜けるなんてこと、ないだろう?」

「さあ、どうかしら。フェンネル様にしかわからないことだから」

「あの子が、いつか君のような美しい勇者になる時が来るのだろうか」

「お転婆に飽きなければ素質はあるかもしれないわね」

「全く、お前という奴は…」


 暖かな空気と、穏やかな光の中で交わしたくちづけは、二人を一層幸せにした。




 そんな会話がされている中、私は今日こそフェンネルの剣を抜こうと、懸命に引っ張っていた。


「…はあ、全然だめだぁ…」

「リリエッタ様、そろそろ城に戻らなければ、シオン様もメイリー様も心配されます」


 馬車から降りてきたトリアリが頭を下げて言った。


「ちぇっ…」


(私は勇者になれないのかな)


「いい!?フェンネル、いつか絶対私を勇者って認めさせてやるんだから!」


 握っていた柄を離して、馬車へと駆ける。


 その時、僅かに緩んだ剣が、ほんの少し傾いたのを、誰も知らない。

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