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しばしの別れ(ワカナチ視点)

「ワカナチ!ねえ!ワカナチってば!」

「うるせぇな。また怪我でもしたのか?いい加減にしろよ」

「ちなうの!見て見て!これ、ワカナチー」


 リリエッタが、ぴろりんと紙を広げて見せてくれたのは、画用紙いっぱいに描かれた俺の顔だった。不気味な顔の模様まで、しっかり描かれているのでこれは間違いなく俺なのである。


「さすが、四歳になると違いますねー。ならここが診療所であり、まだまだこれから怪我人だの病人だのが来て忙しくなるということくらい分かりませんかねー」

「ううん。だって、並んでなかったよ。ワカナチ、暇だよ。それから私、四歳じゃないよ五歳だよ」

「…豪快なところと、サラッと傷つくことを言うのは母ちゃんそっくりだな…」

「んーん。でもお父様に似てちたんだって」

「そりゃまあ、顔立ちは変わるだろ」


 この国の王女殿下は、ウェーブがかった髪の毛をふたつに結いている。右の方を引っ張ると不満気に言った。


「あのね、髪の毛がね、だんだんお父様みたいな金色っぽくなってちたの」

「ほーん。確かに、大人になると色が変わると言うこともあるみたいだな」

「やだあ。私、お母様みたいな黒がいいもん」

「…へえ?変わってるな。この国じゃあ、ブロンズの髪に碧眼っていうのが女児のアコガレなんだろ?」

「黒の方がかっこいいもん」


 はあ、とため息をついたリリエッタは茶色の瞳で俺を見つめた。


「ワカナチの顔のそれ、良いなあ」

「おうおう、人の過去の傷を抉るじゃねえか。王女様が羨ましがるような物じゃねぇよ」

「…絵、よく描けてる?顔の模様頑張ったんだよ」

「はあ、これはなあ、ケガレと言ってだな…あー、なんで言えば良いんだ?えーっと…だからつまり、ばっちいってことなわけ」

「ばっちい?ばっちいかなあ」

「わかったら稽古もほどほどにして、さっさと戻れ。本当にシオンのやつに怒られ…」


 ふんわりと、柔らかな唇が頬に触れた。

 ものすごい緊張感が走って、咄嗟にリリエッタの小さな肩を握ると、思い切り自分から引き剥がした。


「っっっ…!!!!」

「…ワカナチ、ばっちくないよ。毎日ちゃんと顔洗ってるでしょ?」

「…?????」


 訳がわからず頬を抑えて、呆然とした。


(…こんなこと知れたら、シオンのやつにぶん殴られるだけじゃ済まねえぞ)


 リリエッタはぶんぶんと手を振って走り去って行った。

 なぜだか王女に気に入られているらしい、という自覚はあった。まあ、幼さゆえに自分の行動についてどんな意味があるか無頓着なのだろうが…。


 視線を落とすと、診察台に置かれた自分の似顔絵の模様がやけに細かく詳細に描かれていて、どうやら王女殿下は自分に対して相当執着していることを重く自覚した。


(まあ、そのうち飽きるんだろうが)


「…ワカナチ、ワカナチってば」

「うおっ!びっくりした…なんだよメイリー…様じゃねぇか。なんなんだよ、親子揃って」

「あら、リリエッタも来たの?」

「見ろこれ、俺の似顔絵なんだと」


 差し出した紙を繁々見つめると、目を細くしたメイリーが微笑みを湛えて言った。


「リリエッタは本当にワカナチのことが大好きなのね」

「それはどうも、大変光栄なことで。それで、一体なんの用だよ」

「聞いたわ…ここを辞めるのですって?」


 今度は寂しそうな目で、俺の似顔絵をさらりと撫でた。


「別に…?折角魔物が大人しくなったんだ、色んなところへ旅に出てみたいんだよ」

「まさかとは思うけれど、東の国に帰るつもり?」

「それはない。俺が帰ったら石を投げられるぞ。二度と帰れない故郷だからな」

「じゃあ…」

「だから!そんな重い覚悟のある旅じゃねぇんだって。もっと気軽な……」


 言っていて自分をぶん殴りたくなる。目の前のこいつから逃れたいだけなのだ。何年経っても、自分が近くにいる限り、いつまでも心が揺れ動くだろう。


(物理的に距離を取らなきゃダメなんだ。それをはっきり自覚しただけのことだ)


 今だに時折妄想する。もっと早くに王都に辿り着いていたら、勇者になったこいつのパーティメンバーになっていたら、ラピからこいつを守れていたら、シオンからメイリーを奪えていたら。

 もしかしたら、妹と三人で慎ましく暮らしていたんじゃないか、身分が違いすぎるけれど…そんなつまらない妄想だ。


 俺は肩を丸くして、さっき確かに口付けされた頬に触れて情けなくなる。


「ねえ、それまだ待ってくれない?」

「はあ?なんでだよ」

「…リリエッタは、あの子は多分勇者になるわ」

「何、言って…。ばかやろ、リリエッタは王女殿下だろ?お前…何考えて…」

「フェンネルは、きっとリリエッタを選ぶからよ」

「ふざけんな!あの子は…!!」

「覚えている?リリエッタに名前をつける時、ワカナチにリーリエちゃんの名前を受け継ぎたいとお願いした時に、了承してくれたこと、とっても感謝しているわ。だからかしらね、あの子がワカナチにべったりなのは」

「この世界はもう、平和だろ」

「でもそれっていつまで?保証のない以上、絶対なんてないわ。それに、これだけはわかる。冒険を掻き立てる思いは誰にも止められないもの…」

「……」

「だから…ね、ワカナチ。リリエッタがもしも冒険に出る事があったとしたら、一緒に行ってあげて欲しいの」

「願い下げだ」


 似顔絵をメイリーに押し付けると、酷く傷ついた顔を想像してしまい、それ以上見れなくなる。


「お前ももう戻れよ」


 メイリーは、ようやく慣れたらしいヒールをカツカツと鳴らして去って行った。


 それから俺は淡々と業務をこなして、最後に自分の荷物をまとめた。

 回復師長にだけは挨拶しなければと、頭を下げる。


「お世話になりました」

「いつでも戻って来い」

「それはないでしょうね」

「…そうかい、残念だ。ほら、これ餞別だ」


 手に握らされたのは、少なくない路銀だった。

 無言で頭を下げると、回復師長は手をひらひらとさせて机に向き直った。

 後ろを振り返りもせず、城の門を潜る。


(今ここを経てば、夜には次の街まで辿り着くだろう)


 踏み出す足が重い。ふと、声が聞こえた気がして立ち止まる。


「ワカナチ!!」


 空耳じゃない。振り返るとそれは、懸命にヒールの靴で走ってくるメイリーだった。


「おま、何やってんだよ!」


 俺の目の前で足を止めると、何かを俺の胸に押し付けた。


「忘れ物よ」

「あ?」


 見ればそれは、リリエッタが描いた似顔絵だった。


「ばか」

「おいおい、王太子妃殿下ともあろう方が随分と口の悪い…」

「本当に…ばかだわ!」


 なぜだ、なぜメイリーが俺のために泣いているんだ。

 こんなことがあってはいけないのに。


「…泣くなよ、面倒くせえな」

「だ、だって…」

「ったく。戻ってくれば良いんだろ!?リリエッタのパーティメンバーにならないといけないからな」

「ワカナチ…本当に?」

「俺は口は悪いが、嘘は言わねぇ」


 メイリーは涙をそのままに、ポカンと口を開けた。


「そうかしら」

「お前な…」

「ワカナチ、私のことが嫌いでも、リリエッタのこと気にかけてくれて本当にありがとう。道中気をつけて」

「…じゃねぇよ」

「え?」

「お前のこと、嫌いじゃねぇよ、別に」

「あら、やっぱり嘘つきじゃないの」

「なんでそう言う思考になるのか知らねぇけど、俺はお前のことが…」

「私が、何?」

「〜〜〜っっっ!!うるせえ!ばーかばーか!!」

「なっ!!!」


 何を言おうとしているんだ、馬鹿なのは俺の方だ。


「とにかく、約束はしたからな!お前もさっさと戻れ!シオンに言われるだろ!」

「あら、シオン様とワカナチは仲良しなんだから、何も言われないわよ」

「だから!なんでそうなるんだよ!」


(笑ってる)


 くるくるよく表情が変わるな。こんなやつが王太子妃で大丈夫なんだろうか。


「ワカナチ、気をつけてね。いってらっしゃい」

「…お前も元気でな」


 なぜだかあれだけ重たかった一歩が軽やかだ。


(振り返らない)


 後ろで、いつまでもメイリーが手を振っている気がした。

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