正式な謝罪を
苦虫を噛み潰したような顔のイシュクアが、国旗を持ったドリトンを従えて、スピアリーの王の間の中程まで進むと跪いた。
「ヤイレスの、新しい王よ」
我が国の国王がただ一言を発した。それだけで、イシュクアとドリトンはまるで見えない何かに押しつぶされているかのように萎縮し、背中を丸めた。
「…イ、イシュクア・コネチカルト、ただいま参りました」
「…うむ。貴国は、これより我が国の従属国となる」
「お、仰る通りでございます」
「これ以上ない寛大な処分だと思った方がいいだろう。裏を返せば、命ある限りいつでも儂の首をかくことができるが、な」
「め、めめ、滅相も…」
「その代わり、次は、ない」
ひゅっと喉を鳴らして、だらだらと冷や汗をかいているイシュクアと、目が泳いでいるドリトンを見て、国王陛下は大爆笑した。
「はっはっは!!!どうだ、シオン、侮辱には侮辱で返さねばならぬぞ!」
「…もうその辺にした方が良いでしょう」
(国王陛下ってこんなお方だったっけ…)
そういえば、以前ディエゴとレントに女装させられたシオン様を見て大爆笑していたと聞くし、意外と笑いのツボに関しては悪趣味なのかもしれない。
「うおっほん!まあ、冗談はさておき…」
(冗談なんだ…)
「二国間条約に、よくよく目を通してサインをしたまえ」
演台まで進み、羽ペンを持ったままのイシュクアが震えている。
「どうしたのだ?字が読めぬのだろうか。質問しても良いぞ。臆することなく何でも聞いたらいい」
「…お、恐れながら…火器類の一切の放棄とは…」
「読んで字の如く、銃だの大砲だの物騒なものは持ってはならん」
「な、ならば…この、騎士団および軍は、全てスピアリーに帰属するものである、とは…」
「そちらの国はとにかく弱いらしいからの、全く持って当てにならん。良いか、貴様の国が脅かされるということは、スピアリーにも刃を向けられていると同義。すぐさま応戦できぬようでは困るからのー」
「こ、これでは…我々の…」
「我々の、なんだ?いいか、ヤイレスは我が国の属国になるのだぞ。なぜ銃器類を放棄しないのか」
「ならばそちらも放棄してもらおう!!」
疲労の色が滲むイシュクアが叫んだ。
だが、これには国王陛下も笑うしかなかったらしい。
「…それで、なにを?」
「え?」
「こちらは何を放棄したら良いのだ?」
「だから、その…」
「初めからそんなものは持っておらぬ」
「な、そんな訳が!」
「我々は遅れた国なのだろう?ヤイレスの。銃だの大砲だの、元々持っておらぬ。なぜなら、こちらには魔法と勇者の祝福があるからだ」
「っっっ!!!」
ぎゅうと握り込んだ羽ペンがしなっている。
「…まだ自分たちの立場が理解できていないらしい。もう一度言うぞ、ヤイレスは我が国の属国になる」
「っ…くっ!」
「ヤイレスを祝福した神とやらも、今頃我が国を呪っているかもしれんのー。はっはっは!」
震える手でサインをしたイシュクアは、今にも崩れ落ちそうな身体を引きずりながら、再び跪いた。
「…ヤイレスの王よ、我が国はヤイレスを裏切らない。他国の侵略から貴殿たちを護ることとも同義であることを決して忘れるな」
「…陛下…」
「前王とは少なからぬ縁があったからの、ヤイレスが落魄れるのは儂としても望むところではない」
この時、初めてイシュクアは王の顔になった。一つの覚悟を持って立ち上がり、見たこともないほど美しい所作で国旗を受け取ると、国王陛下の前まで歩き出て十五度のお辞儀をした。
「…ヤイレスは"この国"に従い、軍事、政治における一切を"この国"に預けます」
(やっと…初めてヤイレスがこの国と呼んだ)
スピアリーとは、諸外国が便宜的に付けた名称であり、魔物の湧く地という意味の差別的な意味合いが含まれている。
この国にはもともと国名はないのだ。自国にいれば、この国か我が国であり、外国にいけば我が国かあの国なのである。
(我々はそれを誇りにさえ思っている)
ヤイレスの国旗を受け取った国王陛下が、ようやくホッとしたような顔になった。
「それから…」
イシュクアは私に向き直った。
「メイリー王太子妃殿下、重ね重ね大変申し訳ございませんでした。正式に謝罪させて頂きます」
「…その謝罪をお受けしましょう」
私は「もう、済んだことですから」と言う言葉を飲み込んだ。正式な謝罪は、受け入れるか退けるかのどちらかであるべきだからだ。
「シオン王太子殿下に置かれましても、度重なる御心労をおかけしまして、申し訳ございませんでした」
「全くだ」
あけすけにそんなことを言ったので、一瞬息が止まった。
「それで、鼠の穴はどうしてくれるのだ」
「塞ぐための工賃はこちらで負担しましょう」
「当然だ」
胸に手を当てて一歩下がったイシュクアは、深々と頭を下げた。
シオン様がぽつりと呟く。
「アレン殿と、アニエル殿は…」
「あの二人が見つかった時には既に息がありませんでしたので、憶測でしかありませんが」
イシュクアが言うには、貴族や王族が収監される塔から身を落としたと見られるとのことだった。
けれど確かに彼らの自我は崩壊していたはずで、なぜ二人連れ立って心中紛いのことをしたのかは不明らしい。けれど、遺体に不自然な点も見られないことから、他殺でないことだけは確かなのだという。
(ううん、自我が崩壊しているように見えただけで、本当は…)
そこまで考えて、頭を振った。彼らが死んでしまった以上、真相を深く知ることはできない。
来る時とは全然人が変わってしまったイシュクアは最後まで美しい所作と身のこなしで城を後にした。
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