絵と花
父の葬儀が滞りなく終わって、日常が戻り、私は何かを振り払うように王太子妃としての仕事に没頭した。
そんな折、母から亡くなった父の遺品整理を手伝ってくれないかと手紙が来た。
父の面影を感じて懐かしく思うにはまだあまりにも日が浅く、断ろうとした時だ。
「行かないのなら、僕が行こう」
とシオン様が言うので驚き問うと、さらによく分からないことを言われてしまった。
「ミュークレイの遺品だろう?絶対に行きたい」
「んもう!よして下さい。王太子ともあろう方が。そんなに気に掛かるのでしたら私が行きます」
「ふぅん?なんだ、残念だなぁ」
(全然よく分からない…)
そんな訳で、一日だけ休暇を貰い、リリエッタを連れて実家に戻った訳である。
「あらあらまあ!!リリエッタ!おばあちゃまですよ、うふふ」
上機嫌で孫娘を出迎えた母だったが、やはり少し窶れたのが分かる。
「お母様、その…」
「なあに、そんな顔して。それに痩せたんじゃないの?」
「…公務が溜まっていただけですから」
「嘘仰い。無理のしすぎだわ」
私の頬に触れる手が以前よりも骨っぽい。細くなった手に手を重ねた。
「お母様こそ…」
「…あら、私は気楽なものよ。晩酌しても怒られないし、編み物を夜通ししてても何も言われないのよ」
「お母様」
「だから、私、私…寂しくって…とっても」
母はしゃがみ込み両手で顔を抑えた。
「お母様、そんなにお寂しいのに、お父様の面影を処分してしまって良いのですか?」
「いいの、いいのよ、もう。ごめんなさいね、大丈夫だから」
はあ、とため息ひとつついて颯爽と歩き出した母の背中は、自分自身に何かを言い聞かせているかのようだった。
父の書斎はあまり立ち入ったことがない。
机には難しそうな本や書類が山積みになっていて、本棚はぴっちりと隙間なく本が並んでいるので、まだ小さかった私はそれに圧倒されてしまい以来積極的に入ることはなかったのだ。
かちゃりと控えめな音を立てて扉が開く。
主人のいない部屋は静かで、まるでここだけ時間が止まってしまったみたいだった。
「メイリーは、机の引き出しをお願いするわ。私は本棚を整理するから」
「で、でも何が必要なもので、何が処分して良いものなのか、私には分かりかねます」
「あら、そんなことないわ。むしろ貴方にしか分からないものだもの」
母の意図がわからぬまま、一番上の引き出しを開けてみる。
文房具と、便箋や封筒といった類。
二段目は、ブランデーボンボンや葉巻といった嗜好品。
三段目は領地運営に関する書類。
(困った、全然選別できないわ…)
一番上の兄が爵位を継ぐはずで、ブランデーボンボンを食べるかは分からないけれどそのまま使うだろうと言うものが多かった。
(お兄様も葉巻は吸うだろうけれど、銘柄はこれだったかしら?)
よく分からぬまま三段目を閉めて、一番下の引き出しを開ける。
「わ、」
中から出てきたのは、私がまだ幼い子供だった頃に描いた、父の似顔絵と、手紙。それから不器用な私が一生懸命に折ったらしいくしゃくしゃの折り紙だった。
「これ、全部取ってあったの…?」
母が本棚の仕分けをしながら、目線だけこちらに向けて言う。
「そうよ、ぜーんぶ。私も全部取ってあるからその時が来たら棺に入れてちょうだい」
「縁起でもないことを…」
「あら、だって遺された方はどうしたら良いのか分からないでしょう?お父様は倒れるまで元気だったし、ねえ。そんなこと決める前に亡くなってしまったわ。さあ、思い入れのあるものがあれば持って帰って頂戴、画伯さん」
「…そうね、確かに私にしか選別できないわ」
私が描いたお父様の絵はどれも笑顔で、なぜか花を持っている。
「これ、どうしてどれも花を持っているのかしら?」
「覚えてない?貴方が絵を描くとお父様が庭の花を摘んでメイリーにプレゼントしていたじゃない」
記憶がぶわっと巻き戻る。
『よく描けているなあ。宮廷画家よりも上手じゃないか。ほら、お礼のガーベラだよ』
私は父からもらった一輪の花を、お気に入りの花瓶に入れていた気がする。それで、すぐ萎れてしまうのでまたすぐに描いたのだ。あの花瓶は今どこにあるだろう。
(私が唯一女の子らしいことをしていた時かもしれない)
「…お父様は、私にどうなって欲しかったのでしょう」
私の呟きに母は笑って言った。
「幸せになって欲しいに決まっているでしょう」
(ああ、そうか、なら…少しは親孝行できたのかしら)
私は一つ決心する。
「お母様、この手紙や絵、持ち帰っても良いですか?」
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