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終幕

 ぼたぼたと血が流れて、地面をまだらに染めた。

 刃を深く刺して尚、突き立てる両手に力が込められている。


「…つまらない事を」

「バ…バケモノめ…ッッッ!!」


 後ろから、シオン様が何度も私の名前を呼ぶ声がする。

 私に突き刺さった短剣を、ずるっと抜くと、イシュクアは体制を崩して尻餅をついた。一瞬の間も無くシオン様の魔杖が光る。


「アレストッ!!」

「ゔっ!!!」


 魔法の拘束具がヤイレスの王を捕縛した。すぐさま私へと駆け寄って血が流れる左腕を強く圧迫してくれる。


「っ!メイリ…っっ!!」


 なぜだろう、怪我をしている私よりもシオン様の方が断然顔色が悪い。


「これくらい、どうという事は…」

「ふざけるな!!」

「っ!ご、ごめんなさい…」

「〜〜〜!!くそっ!ワカナチ!!早く来い!!!」


 ヤイレス軍は私の危機を見て、再び大砲とガトリングの装填を始めている。


「へーへー、来ましたよ。…ったく。一旦退がってくれませんかねぇ、王太子妃殿下。俺はこう見えて銃弾なんぞ避けられませんので」


 回復師の悪態に、シオン様は明らかに嫌悪している。私は左腕を抑えながら後退し「悪いわね、ワカナチ」と言った。


「お前さ、そう思うなら守られてろよ」

「え?」

「見ろ、アイツのとんでもねぇ殺意」


 左手の傷がじわじわと塞がっていく。

 ワカナチの言葉はぶっきらぼうなのに、回復の光はほのかに温かいから不思議だ。

 前方に目をやると、シオン様がダークマターの長い詠唱を始めたことに気がつく。


「だめっ!!!シオン様!!!」

「あっ!おい!」


 そう言った時にはもう既に走り出していた。

 光を放つシオン様の魔杖に抱きつく。


「退け!メイリー!!」

「ダメ!!逃げて!!早く!!何をしているの!?すぐに逃げなさい!!!」


 ヤイレス軍は訳もわからず右往左往するばかりである。

 そのうち着火した大砲がこちらに発射された。

 大砲の轟音はゆっくりと低く歪む。ヤイレスの騎士達は呆然としている。


「へ?」「なんだ、あれは…」「…おい、まさかとは思うが…」「…ダークマター、なんじゃないか?多分…」「に、逃げ…」


 ズゥウウウウウン…


 重たい音がして、空間が捩れていく。大砲の砲弾もガトリングの銃弾も、何の意味も持たず質量は無に帰る。


「くっ…!!!もう、もうやめて…っっっ!!」


 強く願った私の想いに呼応するように、フェンネルの剣が眩しく光った。

 私は、まるでそうすることが当たり前であったように、思い切り剣を地面に突き立てる。


「この無益な争いを今すぐに終わらせて!!!」


 それは一瞬のことだった。

 世界中から、一切の音が消える。シオン様のダークマターは消失し、大砲や銃弾は砕け、それがまるで金粉のように降り注いだ。


 あまりのできごとに、その場にいる誰もが手を組み、祈らずにはいられなかった程だ。


「…勇者として、王太子妃として、私はこの戦いを終わらせます」


 イシュクアは、ただただ呆けてその光景を見つめていた。

 ヤイレス軍は、武器の全てを放棄し、膝をついて胸に手を当てる。騎士の最敬礼である。


 フェンネルの剣は大きく鼓動を打つと、光を失った。そして、深く固く地に刺さって二度と抜けなくなってしまった。

 へたり、と座り込んだ私を、後ろからシオン様が抱きしめる。


「メイリー、帰ろう」

「…シオン様、その…怒ってます、よね?」

「はあ…本当に…君といると本当に心臓がいくつあっても足りない」

「申し訳ありません…」

「けれど、それが君なのだ」

「…私のこと、お嫌いになりましたか?」


 ぶわっと涙が溢れて止まらなくなる。抱きしめる手がきつくなる。


「そんなわけ、ないだろ。君に惚れた僕の負けなんだから」

「えっと…じゃあ…」

「僕が怒っているのは自分自身と、こいつに対してだ」


 シオン様が厳しい目線を向けると、イシュクアは口をはくはくとさせた。


「…ス、スピアリーの王太子妃は…バケモノだ!!」


 私たちは呆れて見つめ合う。「全く」とシオン様が気怠そうに対峙しようとした時だ。


「失礼ですが…」


 ヤイレス軍の一人が前に出て頭を下げた。

 するとそれは連鎖して、まるでドミノ倒しのように全員が首を垂れた。騎士達は口々に言葉を選んで言った。


「…我々は…許されざる行いをしたと、今大いに自覚しました」

「なぜか、目が覚めたような…」

「神に祝福された国などと…我々がいかに傲慢に他国に振る舞っていたか…」


 一番先頭の騎士が腰に刺していたサーベルを私へと差し出す。


「…降伏致します」


 その言葉を聞いたイシュクアは「何を勝手に!」と怒鳴った。

 私は騎士からサーベルを手に取ると、イシュクアの首にピッタリと付けた。


「ひっ!」

「ねえ、悪い事をしたら…どうするのかしら?」

「あ、ああ…ああっ!!」

「答えなさい」


 サーベルで首筋をなぞると、イシュクアの顔は真っ青になった。


「さて、戦いを仕掛けた国が敗戦したのなら…どうなるのでしたっけ?」

「お、王族の処刑と…国の解体…」

「ふふ」


 私の意味深な笑いに、イシュクアはゾゾゾっと肩を振るわせた。


「あ、ああ…」

「ふふ、けれど…私はそんなこと望んでいません」

「え…え?」

「私は、ただ謝って欲しいのです。あなた方に非があったと認め、正式に謝罪して欲しい」

「あっ……」

「やっと分かりましたか?この拗れた国同士のいざこざは、ただそれだけのことなのですよ」


 ヤイレスの国王はがっくりと肩を落とした。


「意地を張らず、他国を見下さず、お互いに心を寄せ合えば、こんなつまらないことにはならなかったでしょう」

「…仰る…通りでございます」


 私はサーベルを下ろす。華奢で、華美な王の服は泥だらけだ。両膝をついたイシュクアは、深く頭を下げる。


「申し訳…ございませんでした」




 こうして、私たちは帰路につくことができた。

 越境攻撃については、後日改めて国家裁判にかけられることとなる。そうなれば、ヤイレスの国としての信頼もプライドも失墜するだろう。


「気が済んだのか?」

「ええ、それはもうすっきり」

「今だから思える。徹底的に応戦しなくて良かったと」

「?なぜですか?」

「僕とて無益に血が流れるのは望まないところだ。…が、それよりも君という人にハラハラさせられるからだ」

「ご、ごめんなさい…」

「まあ、君はどうやら勇者を退任したらしいし、これからは落ち着くんだろう。…少し、寂しくもあるな」

「はい、とっても」

「今まで本当によくやった」


 力強く肩を抱き寄せられる。自然と笑みが溢れた。


「帰ったら仕事が山積みでしょうね」

「全くだ」

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