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ヒールはハンデ

「歩きにくくないか」

「とっても。でも今度はお姫様抱っこなどやめて下さいませ。自分の足で確りと、勇者として王太子妃として不毛な争いを辞めさせなければ」


 まもなく国境だ。既に足は靴擦れだらけである。けれど私は、跳ねるように、踊るように軽やかに進んでいった。

 いつの間にか、横を歩いていたシオン様がいないことに気がつく。後ろを振り返るとシオン様が頭を垂れていた。


「…すまない、メイリー」

「頭を上げて下さい、シオン様。私は嫁ぐ以前からこの国のためを思って生きてきたのです。他国の侵略を止めることなど誉以外の何者でも…」

「違うのだ。違うのだ、メイリー。今回の争いの火種はあちらにあるにせよ、売られた喧嘩を買ったのは、僕だ」


 シオン様は尚も深々と頭を下げる。私は、うーんと思う。


「シオン様は何も悪くありません」

「だが!あの時の僕は頭に血が昇っていた。ヤイレスに責められたとて、そしてあの国の軍事力がたかがしれているとはいえ、我が国が多少なりとも消耗するのは事実なのだ。血を流すのは誰だ、みんな僕が守りたいものばかりだというのに」

「シオン様、売られた喧嘩は買わなければ」

「だが、君はヤイレスと和解するつもりなのだろう!?」

「なにを仰いますやら」


 手を差し伸べて、頭を垂れているシオン様の姿勢を正すと、首にするりと腕を回した。

 いきなりのことにシオン様は驚く。


「…私は和解などしません」

「なにを、する気だ?」

「悪いことをしたら、どうしますか?」


 悪巧みのような笑顔でシオン様を見つめる。彼は息を呑んだ。

 私はふふ、と微笑う。


「謝りますでしょう?子どもでも分かることです。どうやら、あちらはご存知ないようですので、きちんと教えて差し上げなければ」

「メイリー…ちょっと、怖いぞ…」

「ふふふ、その高みを極めたプライドをへし折って差し上げて、もう二度と国境を越えることがないように、ここがどんなに恐ろしい国なのかということを教えて差し上げるのです」

「どうした、君、なんだかちょっと…いつもと違うぞ…」


 私はよく晴れた空を仰いだ。「当たり前です」と言ったがシオン様は聞こえなかったのだろうか。「え?」と聞き返される。


「私はもう、ラピの嫌がらせを我慢していたメイリー・ミュークレイではないのです。貴方の妻であり、リリエッタの母です。可愛い娘が怯えて暮らすような未来など、力づくで阻止します」

「ふっ…ふはははは!!!!それでこそメイリーだ!!…君は、絶対に自分のためだけにその力を振るうことをしない。守るものを得た君は、強い」

「それは私の弱点でもあります。ヤイレスに舐められたのは私が原因ですね」

「戦う理由がない時、君はすこぶる弱々しいからな。…つまり、あの子が君を強くしたんだ」


 私の腰に腕が回って、すっかり魔法使いの装いのシオン様が私に口付けした。

 時を超えて、フリックが王太子妃になった私を迎えにきたような不思議な感覚になる。


「さあ、国境はもうすぐです。行きましょうか」


 その時、後ろから轟音が鳴り響いた。

 驚き振り返ると、ほんの数十メートル先の地面からもうもうと土埃が舞っている。


「…大砲か、くだらん。ヤイレスがやりそうなことだ」


 ヤイレスは、元来魔物の出没が珍しいお国柄、生活魔法を除いて殆どの魔法を忘れてしまった。加えて、祝福された国が他国から称賛こそされても侵略などされないだろうという傲慢さから、武術の心得も忘れてしまったのだ。

 けれども、火器類だけは抑止力になると信じて量産していると聞く。鍛えずとも、扱い方さえ学べばいつでも誰でも威力を示せるからである。


「私たちからすれば、そんなもの、何の面白みもないオモチャだわ」


 煙が晴れていく。向こう側にたくさんの人々が見えてきた。

 私は跳躍し、ぽっかりと空いた穴を飛び越えると、ザウッ!と音を立てて着地した。ヒールが地面に刺さる。


「っっっ!!!!」「あっああっ!!!」「うわあああ!!」


 突然私が出現したことに驚いたヤイレス軍は、ガチャガチャと甲冑の音を立てて少し後退した。


「…ねえ、国境を超えているわ。ここは我が国土…」


 ゆらり、と立ち上がる。また僅かに大軍が後退した。


「メイリー…ゆ、勇者・メイリー!!」「かな、敵うわけねぇよ!!!」「今は王太子妃なんだろ!?サソリで泣いてたらしいじゃねぇか!!」「じゃあなんで前線に立ってるんだよ!!」「お、おい!!おい!!早くガトリングの準備…」「馬鹿野郎!!お前らが退かなきゃ打てるか!!手に持ってるもので応戦しやがれ!!」


 ざわつく彼らを前に、呆れて笑ってしまいそうになる。だから、丁寧に教えて差し上げなければ。


「…ガトリング。それ、避けたことあるわ」

「「「!!!?」」」

「魔物の方がよっぽど闘いがいがありそうだったわね」


 装填を済ませたらしいガトリングが後方から目の前に運ばれてくる。


(段取り悪すぎない…?)


 戦い慣れていないのである。私は思わず笑ってしまった。


「さあどうぞ撃って?」

「くそ!!!お見舞いしてやらあ!!!!」


 後方から、シオン様が私を呼ぶ声がしたと同時に、ものすごい発射音が耳を劈く。


 ガガガガガガガ!!!!!!


 私はフェンネルの剣で、発射される弾を一弾残らず叩き割っていく。ヒールに何度か足を取られてドレスの裾が汚れた。

 やがて音が止み、もうもうと立ち上がる煙で向こうが霞んでいる。


「は、はは!!見たか!!!」「あの勇者・メイリーをヤイレスが討ち取った!!」「首を土産にこのままスピアリーの城に乗り込むぞ!!」


 様々な声が飛び交う。発射音より五月蝿かった。

 こんなもので私を殺せると思っているのだ。情けなくてため息が出る。

 つまらない歓喜の声は、土埃が止むまで続いた。


「…もう、その辺で良いかしら?」

「は?」「げえっ!!!」「おいおいまじかよ!!」「あれを全部躱わしたってのか!?」「か、勝てるわけねえ!!」


 私は地面に転がっていた弾を拾って、右手と左手に半分ずつ持って見せた。


「躱わしたんじゃないの。割ったの。躱わしたら後ろにいる、うちの軍に当たっちゃうじゃない」


 と言うと、全員が吐きそうな顔をした。

 ヤイレス軍の後方から野次が飛んで来た。


「おいおい、どうなってるんだ!?」「早く進めよ」「何ビビってんだよ」


(不慣れすぎる…)


 思うと同時に、隊列が崩れて思い切り左右に膨らんだ。

 そして、中央が割れて現れたのは白馬に乗った新王だった。

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