守るべきもの
乳母に抱かれてうたた寝をしている、リリエッタの頬が産毛で光っている。
「…このままベッドで寝て頂きましょうか?」
「ありがとう、でも私が抱いていたいわ。あなたも少し休んでちょうだい」
「お気遣い痛みいります」
確実に重たくなりつつある娘。私はそれで幸せの重さを知る。
まだまだ夢の中を彷徨っているリリエッタの顔をいつまでもいつまでも見ていたかった。
バタバダバタ…
「なんでしょう、王女殿下が起きてしまいます」
「騒がしいわね。何かあったのかしら」
「見てきましょう」
乳母が扉に近づいた瞬間だった。扉が勢いよく開け放たれる。
息を上げてこちらを見ているのはレントだった。
「…し、失礼します」
「なんです、王女殿下が眠っていらっしゃるのですよ。不躾な…」
「申し訳ございません。ですが、メイリー様…」
私は物々しい雰囲気に、リリエッタをぎゅうと抱きしめる。
レントの額には汗が滲んでいる。焦りと困惑が入り混じった複雑な感情が伝わって来た。
「…ヤイレスが…攻めてまいりました」
「なっ!!なんて傲慢な国なの…!!?散々メイリー様に迷惑をかけておいて…謝罪もないと思えば侵略してきたですって!!?」
(遂にこの時が来てしまった)
私には今まで何も怖いものはなかった。魔物と対峙した時だって、死竜が現れた時だって、死にかけた時だって、常に前を向いていた。
けれど、今は怖いと思う。
それはリリエッタが産まれたから。守るべきものができたから。
(結局、フェンネルが言ったように、人間同士の争いは私自身が幕を下ろすしかないのだわ)
私はリリエッタを乳母に預けると、レントに「行くわよ」と告げた。
「…メイリー様」
閉められた扉に、何重もの魔法をかけて大事に大事に守りたい気持ちを抑える。振り返ることなく国王陛下が待つ広間へと向かった。
「レント」
「なんでしょう」
「くすぐったいわ、普通に話してちょうだい」
「それはできません」
「調子が出ないのよ、私は勇者として最後の役目を終えるのよ」
「…メイリー様…ご武運を」
レントが深々と頭を下げて、広間へ続く扉が開かれた。
隻腕の国王がいつかのあの日のように私を見つめている。フェンネルの剣が私を選んだあの日、旅はここから始まったのだ。
「勇者・メイリー参りました」
「…メイリーよ。今のそなたは勇者であり、王太子妃であり、リリエッタの母親である」
「…左様でございます」
「その全ての立場で問いたい」
「なんでしょうか」
「売られた喧嘩は買う。しかし、国民が犠牲になるのは避けたい。そなたならどうする」
ちらりと見ると、シオン様はすっかり武装して私を強い視線で見つめている。私は頷いた。
「…私に前線をお任せください。戦は必ず回避させてみせましょう。けれど、きっちりオトシマエは付けてもらわなければ」
国王陛下の口角が上がる。
「それでこそメイリーだ。期待しておる」
「光栄にございます」
「死ぬなよ」
「陛下、私はフェンネルに選ばれし勇者です」
国王の隣に控えていた、父であるミュークレイ公爵が私へと近づいて跪いた。
「殿下、ご武運をお祈り申し上げます」
差し出されたフェンネルの剣が窓から差す陽光を反射している。
初めて勇者として王城に呼ばれた日が思い出されて、気持ちが引き締まる。あの日の私は今の私であり、今の私はあの日の私であると思う。
「…ありがとう」
父は何度か瞬いて、目を擦った。
「?」
「行ってまいります」
私はドレスのままシオン様と共に多くの部隊を引き連れて国境へと急いだ。
いつまでもその後ろ姿を見送っていたミュークレイ公爵に、国王は問うた。
「どうした、ミュークレイ」
「…なぜかメイリーがぼやけて…二度と娘に会えない気がして…」
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