ミュークレイ公爵邸にて(後半、シオン視点)
「まあまあ!!」
「あらあら!」
「小さいわねぇ」
「可愛いわぁ」
「メイリーに似てるわねぇ」
母と姉たちがそれぞれに感嘆のため息を漏らす。
リリエッタは、交代交代に抱っこされていくが、口元をむにゃむにゃさせるだけで泣きはしなかった。
「ほら、メイリーと殿下のお子です。あなたも抱っこして差し上げてください」
「ああ、いや、儂は…」
「そんなこと言ってないで、さあ」
「く、首が座っていないのでどうも怖いのだ。見ているだけで良い」
母は仕方なさそうに私に向き直ると、複雑な顔をした。
「この人ったら、メイリーの時もそうだったのよ。怖いから抱かない!なんて言って」
「お父様が?」
私は父から甘やかされて育った記憶しかないので、想像ができない。
「そうよ。陣痛が来たって聞いた時はソワソワしてまだかまだかって言ってたくせに」
父の方を見ると、咳払いをして左手をヒラヒラさせた。父が恥ずかしさからよく見せる所作である。父はそのままこちらを見ることなく退出してしまった。
仕掛けを作動させたように、それがきっかけとなってリリエッタが顔をくしゃくしゃにして泣き出したので、私の胸に返される。
「ああ、きっと眠いのだわ」
「眠るまで僕があやしてこようか」
「でも…」
「久しぶりにご家族と過ごすのだ。僕に甘えてくれ」
リリエッタを抱えて、穏やかな外の空気を吸いにシオン様も退出された。
(抱っこだけで寝るかしら…)
一抹の不安が大きな胸のざわめきになる。気持ちが不安定だ。
ローロアお姉様が私の肩にそっと手を乗せた。
「大丈夫よ」
「けれど、心配で…」
「ふふふ」
「なんで笑うんですか」
「貴方は今、ちょっとしたことがまるで星が降ってきたみたいな大事に感じる時だから」
「大事ですよ!」
まるで獣の咆哮のような声を出してしまい、自分でも驚き口元を押さえた。
「ほらね、いつものメイリーじゃないでしょう?」
「時折、自分が恐ろしいのです、とても…」
「大丈夫よ。そういうものよ」
母や姉たちは私を囲んで背中をさすったり、手を握ったりしてくれた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
僕はきょろきょろと周囲を確認する。念入りなくらいに。
「リリエッタ!!やっと父と二人きりだ!っっっっ!!!」
頬擦りすると、リリエッタはきょとんとして泣き止んだ。
「なかなか順番が回ってこないからな…王城では父上が独占しているしな…」
琥珀色の瞳は僕からの遺伝だろうか。碧眼となった今お揃いとは言えないが。
「かわいいな…。メイリーに似ているからだろうか…」
長いまつ毛が伏せられた。心地よい風にうっとりとしているように見える。
可愛さが溢れて、心配の種が芽生える。
「悪い虫がつかぬように徹底的に父が守るからな」
大きな欠伸をして、薄い舌が震えているのが見えた。
(小さいな。全てが小さい)
まじまじと観察していると、突然後ろから声をかけられた。
「殿下」
「っっ!!ミュ、ミュークレイ!」
驚きと、気まずさに顔の筋肉がぴくぴくと動いた。
「いつからそこにいた」
「今外の空気を吸いにきたばかりですが…」
ほっと胸を撫で下ろす。まさか頬擦りしているのを見られたのではあるまいかと思ったが杞憂だったらしい。
庭のベンチに腰掛けるよう促される。リリエッタは寝てしまったらしいから、一休みするのも良いだろう。
「…ミュークレイ、抱かないのか?そなたの孫だぞ」
「儂は…」
「まさかまだ父上の腕のことを気にしているのか」
低い声でそう言うと、喉仏を上下させて、額から口までペロリと撫でた。
「父上はとうにそなたのことを許しておる。そもそもあれは…」
「懐の深い陛下のこと、お許し頂いているのは存じております。儂は自分自身が許せぬのです」
「変なことを考えておらぬだろうな」
「滅相もございません。この命を賭して償うことが、今生の儂にできる精一杯。命を断つなど、陛下が知ったらご自分を責めるに決まっております」
「ミュークレイ…そなたは…」
ふ、と春の空を見上げた老人は急に老け込んで見える。
遠い目をしているその先に、何を映しているのだろう。
「儂はもう爺ですから、どんなに長くても十年と生きられますまい。それでは、償いに短すぎるのです」
「十分すぎる」
「いいえ。死んでも、生まれ変わっても、儂は罪を背負っていくでしょう」
「良い加減にしないか」
いつの間にか僕を見ていたミュークレイは、目線を僕の胸で眠るリリエッタに映した。
「…末の娘が産んだ孫娘は一等可愛いですな。…罪に塗れた手が触れて良いものではない」
「抱けぬか」
「何も父君のことだけではありません。儂はこの国のために沢山の命を殺してきた。まだ無垢な命に触れるのは…いつも躊躇います」
「…無理強いはせぬが、後悔するぞ。僕は、自分がこの子を取り上げたことが一番誇らしいと思っているくらいだ」
「聞き及んでおります。殿下がいなければメイリーは死んでいた。助けられてばかりでございます」
「何を言うか。メイリーは僕の大切な人なのだ。ミュークレイがメイリーを大切に思うように、僕もまた…」
目の前の老人は、すっかり頭髪が薄くなった頭を深々と下げた。
「あれは勇者の肩書きがなければ、王太子妃など到底務まらぬ野生動物です。ご迷惑をかけておりませぬか」
「元々嫁がせるつもりがなかったのだろう?」
「…仰る通りでございます。神からの贈り物と思って大事にしすぎました」
「ほう、神からの。ならばこの子もそうだ」
僕は半ば強制的にリリエッタを押し付けた。新生児を抱きしめるしかなかった老人は、思わぬ柔らかさに首を伸ばした。
「…で、殿下…」
「どうだ、温かいだろう」
顔を赤くして、流れるに任せる涙が頬を伝っている。
「はい。この上なく柔らかく、温かい。真綿のようでございます」
「それで良い。メイリーも喜ぶ」
暫く落ち着いていたリリエッタが再び泣き出してしまったので僕の胸に返される。
泣き声を聞いたらしいメイリーが二階の窓を開けて、こちらを覗いているのが見えた。懸命に何かを叫んでいる。
「シオン様!お茶が入りましたから、交代しましょう!」
「今そちらに行く!」
小さく手を振って、窓枠の奥に吸い込まれていく彼女をいつまでも見つめた。
「さて、ミュークレイ、戻るとしようか」
「そうしましょう。アップルパイを焼いたらしいですぞ」
「それは楽しみだ。またリリエッタを抱いてやってくれ」
「いくらでも。…頬擦りはできませんが」
「!!!見ていたのか…?」
「さて」
心地よい風に再びうとうとするリリエッタは、飛び交う声も気にせず欠伸をしてから目を閉じた。
「〜〜〜っっっ!!!ミュークレイッ!!!」
「ほっほっほ!」
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