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また会えた

「よーう、女勇者」

「あなたは…まさか…フェンネル…?」


 いつかこんな風に古の勇者と会った気がするけれど、頭に靄がかかったようで記憶が不明瞭だ。

 眩しくて、暖かい、葦が生い茂っているこの場所。知らないようで知っている。

 フェンネルは首を傾げて私を覗き込むけれど、表情がよく分からない。


「俺は死ぬまで一生勇者だったが…王太子妃様になっちまった以上、そうはいかねぇわな。あー!!勿体ねぇ!!」

「そんな…私、私は…」


 フェンネルは私のお腹を指差した。


「女っていうのはよ、そうやって次にバトンを渡すことができる。…やっと、やっとだ。俺に順番が来た」

「え?それはどういう…」

「おう、顔も髪の色もあの王子様によく似ている」


 大きく膨らんだお腹を撫でて、まだ産まれぬ我が子の顔を想像した。まさか、この子はフェンネルの生まれ変わりだと言うのだろうか。


(まさか、ね)


「さて。お前の勇者人生は終わりだ」

「…そんな」

「良いじゃねぇか、それだけが人生じゃねぇよ。立場が変われば見る世界も変わるってもんだ」


 自分の両手を見つめる。痩せて筋肉が落ちてしまった手。マメが潰れたところが色素沈着をおこしているけれど、綺麗に治りつつあった。

 こんな自分の手は初めて見る。胸が締め付けられる気持ちだった。


「それでも、私は…」

「それでも?…一体何と戦うつもりだ?」

「え?」

「魔物が大人しくなった黄金時代の再来に、お前は何と戦うつもりなんだよ」

「それは…」


 はあ、とため息をついたフェンネルは大きな岩に腰をかけた。


「言っておくが…人間同士で争うな。一番くだらねぇことだからな。そうだな、それを諌めるのがお前の最後の使命だと思え」

「戦争が、あるのですか?」

「お前の王子様が大層お怒りだぜ」

「それは、多分ヤイレスのことですね」

「あん?どこだ、そりゃあ」

「え?えっと…北の、北極に近い…」

「ほお?ベアレンのことか?今はヤイレスなんて言うんだなぁ」


 悠久の時が経てば、国の名前が変わるのも当然と言えば当然だろうか。


「俺は北極にも冒険に行ったが、あの辺は魔物がでかいんだ」

「北極に、魔物が出るのですか?」

「黄金時代を経て、魔物も随分弱っちくなったらしいな。おまけに局地的だ」

「…そういえば、北極には行ったことがありません」

「楽しかったぜ。とにかく寒くてよ、ウチの回復師が凍ったんだ!本当に!」

「はあ…」


 どう聞いても、あまり楽しそうに聞こえないが、フェンネルは生き生きと語っている。


「仕方がねぇから、魔法使いが魔法の炎で溶かしたんだ。いやー、あれは面白かったな。一生分笑った気がするぜ」

「いやいや、ご本人のことを思うと、お気の毒です」

「それから、サバンナってやつにも行ったな。草木が生い茂ってて。湿地帯でさ、ヒルに食われたんだ。回復師が」

「また回復師さんですか…」

「仕方ねぇよ、あいつ回復能力以外は普通だったからな、うん。これからヒル型のクリーチャーと対戦するってのに、そんなちっこいのにやられるのかって大爆笑だったな」

「お可哀想に…」


 なんというか、フェンネルというのは思い切り人格が破綻しているように感じる。


(まあ、たしかに)


 悲壮感たっぷりの勇者なんて、仲間が不安になるだけなのだろうから、これくらい振り切っていた方が仲間が着いてくるのだろうか。などと思う。


(私には足りないものだわ)


 一生かけても辿り着くことができない、遠い存在だ。

 フェンネルは笑ったのだろうか、よく見えないけれど、肩が上下に動いた。


「…行きたいのか?冒険に」

「とっても。私が歩いたのはごく僅かな場所に限りますから」

「仕方がねぇな、王太子妃殿下なんだからよ。これも天命だな、受け入れろ」

「もう、もう私は…あの剣を…フェンネルの剣を振るうことができないのですか?」


 堪えきれず涙が溢れた。自分の立場はわかっている。けれど、それでも寂しさが心に去来する。


「…俺は長い時代をいくつも亘って、広い世界の中からお前を選んだぜ。ありがとな、俺の剣を相棒にしてくれて」

「フェンネル…」


 古の勇者はぼんやりと姿が見えなくなっていく。手を伸ばしたけれど、決して触れることができなかった。


「結局、俺は仲間とこちらで会えなかった。潮時らしい。俺もここを去る」

「去る?去るって?ここは、一体どこなのですか?」

「さあ、行くか、次の時代に。お前の………」


 口の端が釣り上がって、何か語られているけれど段々と靄に包まれていき、次第に見えなくなった。


(ああ、何を言っているのだろう?それにしても、口元のわくわくが隠しきれていない。きっと、すごく楽しみなことが……)


 そうだ、フェンネルの時代は魔物が世界中を跋扈していたのか聞かなかった、惜しいことをしたな、などと思って耳鳴りと共に意識が混濁していった。

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