4『僕の女神について語ろう』
僕はあの日、女神に出会ったのだ。
「はぁ、退屈だ。学園なんて行ってどうしろと言うんだ……」
うんざりとため息を吐きながら、僕は入学式に向かっていた。
「どこもかしこも人が多いし、僕が迷っているのに誰も声をかけてくれない。声をかけようとすれば逃げられる。もう入学式なんか出ずに帰りたい」
どいつもこいつも、何を考えているのか分からない目をして僕を見ていて気味が悪い。いや、僕のことを「何を考えているのかわからない、気味の悪いやつだ」と思って見ているのか。
「はぁ……どうせ会話の通じない奴ばかりだし、もう家に帰って研究したい……」
朝までいた自分の研究室が早くも懐かしくて、僕は涙目だった。周りは僕と目が合わないようにしているくせに、チラチラと観察してきて気持ち悪い。動物園の檻の中に紛れ込んだような気分だ。
「それにしても、入学式の会場……講堂はどこだ……なんで見つからないんだ……」
人がたくさんいるから分かると言われたが、どこもかしこも人がたくさんだ。会場に辿り着けなかったから参列できなかったと言っても、家族以外は絶対信じてくれない。また公爵家のコーリーが妙なことを言っていると思われるだけだ。くっ、僕が出来ないことは何もない天才であるばかりに。
人の冷たさに絶望しかけた、その時だった。
「あの、すみません」
「え?」
僕に声をかけてくれた者がいたのだ。
「入学生の方ですか?」
涼やかな声に振り返れば、そこにいたのは冬の日差しのように透き通った金髪と、冬晴れの朝のような碧眼の少女だった。
「そ、うだが」
「もしよろしければご一緒しても?私、あちらの講堂で合ってるのか心配で」
救世主の出現に、僕は生まれて初めて、心から神に感謝した。
「!あ、あぁ、是非一緒に行こう!そうかあっちかあれかあそこか、小さくて分かりにくいな!」
「ほほっ、私は大きすぎて分かりませんでしたわ、さすが国立王都学園ですねぇ」
「はっはっは!そうだな!」
理知的な笑みを浮かべて話す彼女は、僕に対して至極ニュートラルで、他の者たちのように怪物を見る目をしていない。それだけでも僕の胸は大層弾んだ。なにせ僕は物心つく前から突出して尋常ならざる傑物だったので、生まれてこのかた、こんな普通の目で見られたことはなかったから。
僕は少々気が短いようで、すぐ苛立ってしまうのだ。
至極簡単な話しかしていないのにちっとも理解しない人間ばかりだし、理解しようともしない者も多い。そして彼らはみんな僕を「公爵家の奇天烈天才児が、また何か意味のわからないことを騒いでいるぞ」と陰で笑うのだ。
そして僕が苛立つとつい膨大な魔力を抑えきれず、チラチラと漏れてしまう。魔力が漏れてしまうと、当てられてしまう脆弱な人間がほとんどだ。そして言うのだ。
「公爵家の癇癪玉が、またどこかを吹き飛ばすぞ」
と。
家の外で家や土地を吹き飛ばしたことなんて一度もないのに、だ。
彼らは怯えながら、同時に僕を馬鹿にしている。
まったく腹立たしい。
……いかん、また魔力が漏れかけた。
入学式で魔力中毒による意識不明者を続出させてしまったら、さすがにまずいだろう。みんな今日を楽しみにしてきているらしいからな。
「あ、お二人とも、受付……で、すか、ね」
「そうです。新入生です」
「は、はい、どうぞこちらへ」
受付の女性は僕らが連れ立って現れたことに驚き、そしてあからさまに動揺した。そしてどちらから声をかけるべきか迷った後で、僕の方を向いた。
「あ、あの……コーリーさ、んはこちらにどうぞ」
学内では生徒に対して職員はさん付けが基本だ。けれど公爵家の僕に対して緊張したのか、顔色まで悪い。
座席表が渡されちらりと目を落とす。分かっていた通り、前から二番目だ。
そう、驚くべきことに、僕は、入学試験でどこかの誰かに負けたのだ。
これは生まれて初めてのことだった。
僕を負かした相手に会うことだけは、今日の唯一の楽しみと言えた。
密かにワクワクしていると、受付の職員は、チラチラとなぜか僕を気にしながら、横に立つ彼女に、二枚の紙を渡した。
「カミラさん、あなたには……こちらを。今日の進行表です。あなたの出番は七番目です。先にお伝えした通り、今日は王太子殿下も入学生として参列されておりますので、ご来賓の方々に高位貴族の方が多数おられます。代表挨拶は首席入学者というのが習いですのでカミラさんにお願いすることになっておりますが、どうかくれぐれも、失礼のないように重々注意して……」
「なんだって!?君が入学生代表なのかい!?」
「ひっ」
僕は驚いて、思わず食いついてしまった。職員が蒼白になって後退っているが、僕は全然気にならなかった。心底どうでもいい。そんなことより、彼女だ!
「そうか!君か!」
僕は脳内に天使のファンファーレが聞こえた気がした。
これはまさに、運命の出会いだ!
弾けるような笑顔を見せ、浮かれ切った声で叫ぶ。
「僕を負かした首席入学者とは一体どこの誰だと思っていたら、君だったのか!」
最高じゃないか!
本心から僕はそう思った。
「あ、あなたが次席の方なのですね。私より代表挨拶向いてそうですね。代わってもらえます?」
「あはは、君、面白いね!」
僕に人前で挨拶させようなんて、なかなか良い度胸しているじゃないか!
ちらりと見渡せば、周りが凍りついている。この子の発言は、あちこちの方面に衝撃を与えたようだ。色んな意味でタブーな発言だったからねぇ。
「無理に決まってるじゃないか。代表挨拶は首席!これは王家でも変更出来ないって有名な話じゃないか」
「そうなんですか?」
ぱっと見の身のこなしは貴族令嬢のようだが、あまりにも王都の常識に疎すぎる。柄にもなく心配になってしまって、僕はお節介をしたくなった。つまりは、暗黙の了解もしくは公然の秘密とされている過去の王族の間抜けな悪行を、ちょっとばかし口に出してあげるってことだ。
「昔、馬鹿な王子様を賢く見せたい馬鹿な王様がいてねー、大騒動になっちゃって、それ以来は裏口裏金が一切効かなくなったんだよー」
誰もが知りながら、口にしてはいけないと思っている昔話……といっても、数代前だからまだ関係者も生きているがな。少し前の話を聞かせてやれば、少女はクスリと笑って首を傾げた。
「へぇー、物知りですね」
「王都に住んでたら誰でもしってるよ」
「へぇー、生憎と私は王都民じゃないもので」
物知りというほどでもない、と謙遜したつもりが、王都の人間ではないのか?という質問に受け取られたらしい。
「私、地方の学校からの推薦なんですよね」
「そうなんだ!地方にも賢い子っているんだねぇ!」
なんと、地方から!これまで親の付き添いで視察に出向いたことはあったが、家畜の延長線上にいそうな人間しかいなかったけれども。どんな土壌からこんな少女が自然発生するんだろうな。神様のとっておきの隠し球みたいな子じゃないか。
「親御さんが賢者だったりする?」
「へ?賢者とか神話世界だけでは?」
半分本気、半分冗談で問い掛ければ、彼女はキョトンと瞬いて首を傾げる。比喩ではなく、種族としての賢者を指していると理解してもらえて嬉しい。
「ジョークだよジョーク!」
「ジョーク分かりにくいですねぇ」
半ば呆れたような顔で苦笑されてしまった。
ジョークを笑ってもらうというのは、コミュニケーションの中でも割と難易度が高いと思う。だってそのためには、同じ知識、思考、教養レベルが必要なのだ。だから、僕のジョークはなかなか通じない。
これは実は時事ネタでもあったのだ。英雄、勇者、賢者、聖者と呼ばれる傑物たちは魂の質が一般的な人類とは違うのではと、最近の霊魂学会でも発表があったのだ。ほぼ文学とか哲学、宗教の範疇の議論だけれどね。なにせ、ここニ百年ほど英雄とかっていう人物は現れていないから、研究を進めるのが難しいのだ。まぁ、つまりは平和ってことだからありがたい話なのだが。
……って、まぁ、こんなことを語り続けても嫌がられるだろうということくらい、僕でも予想はつく。何度も経験しているからね。だから僕は、あっさりと話を切り上げて笑ってみせた。
「あはは、ごめんごめん」
僕が話を続けたそうだったのを察した彼女は、少し待つような顔をしたが、すぐに切り替えて自ら口を開いた。
「親は普通に領地をそこそこおさめてる男爵ですよ。得意なことやるのが幸せだよねって王都での学費出してもらえました」
僕が種族の特殊性と魂の質について語りたそうだったのを、彼女の背景についてより深く詮索したがっていたと思ったのか、金髪の少女は肩をすくめて自己紹介を続けてくれた。
「へぇー!素敵な親御さんだね」
「ありがとうございます。代わりにお前の持参金はないって言われましたけど」
「あはははは!ジョークも分かるんだ、すごい!」
「冗談じゃないんですけどねー」
娘に持参金はないからな、なんて面白いジョークだと思ったが、少女は半笑いで肩をすくめた。
「ここの学費、寮も含めてとはいえ、田舎貴族の持参金くらい高いんですよ」
僕の周りには金に不自由しない者たちしかいなかったから知らなかったが、学園というのは金が必要な場所だったのだ。
いっそ優秀で奨学生として推薦された平民であれば全額補助が出るが、貴族にはそれがない。
親御さんは大変な決断をしたのだと、僕は後に彼らの財政状況を調べて理解した。
「君のご両親はご立派な方なんだねぇ」
「普通の男爵夫婦ですってば」
何度か僕は本心からそう告げたが、彼女はいつも妙な顔をして首を振った。
「あはは、普通ってのは、凄いことだと思うよ」
「コーリー様が言うと、一周回って本気っぽいのが面白いですね」
「面白い?それは良かった」
「褒めてないですよ?」
この美しく賢く勇敢で肝の据わった、最強で最高の少女は、カミラと名乗った。
本当に実家は平凡な男爵家で、今の男爵も善良さと真面目さだけが売りの、大した面白みのない男である。その妻もまた、田舎の女性らしく堅実で欲の少ない平凡な者のようだ。カミラの姉妹もまた、同様に凡庸な者たちだった。
けれど彼らは同時に、非凡でもある。
飛び抜けて優秀で、圧倒的に有能で、世が世ならば賢者か勇者として選ばれてもおかしくない、明らかに異質な少女を、彼らは家族と呼んでいるのだから。
なんの躊躇いも疑いも、恐れも怯えもなく、忌避も嫌悪もなく、ただ純粋な愛情と親愛だけを胸に湛えて。
「カミラ、機嫌がいいね」
「あら、コーリー」
カミラは次第に打ち解けて、僕のことも呼び捨てで呼んでくれるようになった。カミラに気安く名前を呼ばれるたび、まるで精神空間で光魔法を使った時のように、僕の胸の中にパッと光の玉が跳ねる。ピカピカと跳ね回り、あちらこちらに衝突しながら僕の思考を明るくしていくのだ。
「何かいい事でもあったの?」
「ふふ、別に。実家から手紙が来ただけよ。誕生日のお祝いを送ってくれたらしいわ」
それだけ、と言いながらも、カミラの目は嬉しそうに緩んでいるし、頬も綻んでいる。
「そうか、よかったね!」
僕は感情を読み取ることはもともと得意だ。けれど、僕はカミラに関しては、その原因まで理解できるようになっていた。
カミラは誕生日が来ることも、それを祝ってもらうことも好きで、嬉しいのだ。
つまり僕がカミラをお祝いしたら……きっと、もっともっと喜んでくれるに違いない!
「誕生日のパーティーはするのかい?どこを貸し切る?ぜひお祝いに行くよ!」
「あははは!しないわよ、するわけないでしょ!」
「え?なんで?」
けれど僕がウキウキと提案したら、カミラは大爆笑しながら否定した。
「普通そんなパーティーしないの!田舎じゃどっか貸し切ってパーティー開くなんて結婚式の時くらいよ」
「へぇ、そうなのか」
カミラが呆れた顔で笑っている。
カミラはよく僕に「呆れたわ」と言うし、表情にも出す。けれど僕はそれが嫌ではない。
嫌悪や苛立ちや畏怖ではなく、彼女のそれは純粋な「呆れ」だけだから。
「じゃあカミラ達は何するの?」
「まぁ、家によって違うと思うけど、我が家の場合はねー」
「うん」
僕は真面目にカミラの話を聞く。
カミラはどれほど呆れても、僕を見捨てないし見放さない。僕が尋ねれば、きちんと説明してくれるのだ。彼女の声や瞳は、いつも嘲弄や侮蔑ではなく、穏やかな優しさを孕んでいる。
「ふふ、私たちはね、家で誕生日会をするの。王都のお金持ちの人からしたらびっくりするくらいお粗末なものだけれど、とっても楽しいのよ。……まぁ、学園にいる間は、私が王都にいるから無理だけどね」
今年は誕生日会が出来ない、と言った時、少しだけカミラが寂しそうだったから、僕は勇んで手を挙げた。
「あ、じゃあ僕がしてあげるよ!君の誕生日会!」
「ええっ!?……あははっ、ありがとう」
カミラは驚いて目を丸くしたあと、嬉しそうに破顔した。けれどカミラは、少し考えを巡らせた後、さっきと同じ顔で苦笑して首を振った。
「ふふっ、でも遠慮しておくわ。コーリーに任せたら大変なことになりそうだもの。とんでもない規模とか、とんでもないお金がかかってるとか」
「そんなぁ。僕も気をつけるのに」
「コーリーの基準で気をつけていても、私には目ん玉が飛び出るようなことになりかねないから、ありがたいけど遠慮しておくわ」
せっかく張り切ったのに、と僕は肩を落とす。この一瞬で、借りる会場から手配する料理やスイーツ、あらゆる方面に思考をめぐらせたのに。
「無念だ……」
「ふふ、仕方ないわねぇ」
明らかに落ち込んだ僕を見て、カミラは困ったように呟いてから、ニコッと悪戯っぽく笑った。
「じゃあ、どこかのケーキ屋さんでケーキセットでも奢ってちょうだい。それなら私でもお返しできるから」
「わ!もちろんだよ!やったぁ!」
「私じゃ返せないようなものにしないでね?」
「……うん、わかったよ」
釘を刺してくるカミラに、僕は少しだけ残念な気持ちになりながらも頷く。たしかに僕が今思い描いていた「ケーキセットの奢り」は、カミラの財力と権力では出来ないことだった。もう少しお金や家の力がなくても出来るサプライズに変更しよう。
「僕の誕生日にも誕生日会してくれるの?」
「あなたの誕生日は公爵家の大々的なホンモノのパーティーがあるんでしょ?誕生日会なんてつまらないんじゃない?」
「いるよ!して欲しい!」
僕がワクワクしながら問いかけると、カミラは困った顔で首を傾げた。
「誕生日会、してあげたいけれど……私は寮に暮らしているから、飾りつけする会場も用意できないわ。うーん……教授にお願いして、研究室を飾りつけたりしても良いのかしら?」
懸命に考えてくれるカミラを見ていたら胸がドキドキしてきた。心の中で光がポコポコと跳ね回っている。
公爵家の長男と男爵家の五女という、全然違う土俵に立ちながらも、僕と対等であろうと、与え合おうとしてくれるカミラのスタンスは、僕にとって心地よい。
「あはは!アッサー教授なら良いよって言ってくれそうだけれど、僕はカミラと二人がいいなぁ。教授うるさいし」
「あなた、相変わらず本当に失礼よ。だから教授もチクチク言いたくなるのよ?」
お小言を口にしながらも、カミラは僕の誕生日を祝う方法を考えてくれている。目の動きが思索に耽っている時と同じだから。
「僕がカミラをお祝いする時とおんなじが良いな!」
カミラが僕のために悩んでくれるのは嬉しいが、困らせるのは僕の本意ではない。僕は満面の笑みでカミラにおねだりした。
「公爵家での誕生日パーティーは週末になるからさ、当日に、カミラにお祝いしてほしいなぁ」
「……そうね。じゃあその時は、学校帰りにケーキ屋さん行きましょう。奢ってあげる」
「やった!」
両手を上げて、僕は幼児のようにはしゃぐ。大袈裟だとカミラは苦笑しているが、ちっとも大袈裟ではない。今すぐ身体中からぽんぽん光の魔力を発射したいくらい僕は大喜びなのだ。
誰かにお祝いの贈り物をして、誰かからお祝いの贈り物をもらう。
そんなことがこんなに愉快で心弾むものだとは、僕は知らなかった。これが対等な友達というものなのか、僕以外のみんなはこんな素敵な人間関係を持っていたのかと思うと、僕は体が震えてしまいそうだ。
僕は最初、カミラのことがとても気に入ったから、いろんなものをあげようとした。そうすれば人は喜ぶものだと、僕が貧弱な対人経験から学んでいたからだ。
普通の人では手に入らない物品、人脈、経験、知恵、武器。
僕は大体のものが与えられた。
王家に頼まれて付き添った王太子の魔物討伐の初陣では、己の力量を弁えず、敵の力量を計りかねて、うっかり死にかけた王太子。彼には、属性に合わせて攻撃力が十倍になる滅雷の剣をその場で錬成してやった。その時は真っ青な顔の王太子に、泣かんばかりに感謝された。
森の隠者と呼ばれる大魔法使いとのコネクションを熱望していた、人脈作りオタクの宰相の息子。彼には、大魔法使いが好きな春画本のシリーズと、彼に連絡が出来る使い捨ての使い魔を貸してやった。そうしたら、真っ赤に顔を染めたオタクに、土下座して感謝された。
自分より強い相手との終わらぬ戦いを渇望していた騎士団長の脳筋息子。彼には、持たせた武器の所有者の能力を複製できる土人形の兵士を作ってやった。脳筋馬鹿は歓喜の絶叫をしあげながら、感涙していた。ちなみにこれを使った時は、真っ青になった王家の遣いと両親に詰め寄られたが、その土人形は脳筋息子にしか攻撃しないし、回数と時間の制限もあるから大丈夫だ。あれ以来、余計な詮索をされるのが面倒で、攻撃力のある魔法具は使っていない。
……まぁそんなことはどうでも良い。
とにかく、カミラにも何か望むモノを与えてやれば喜ぶと思ったのだ。
けれど、何か欲しいものはないかと尋ねた僕に、カミラは心底不快そうに言い放ったのだ。
「あなた、何様のつもりですか?」
「……え?」
絶句した僕に、カミラは淡々と続けた。
「私は施しは求めていないんです。コーリー様、あなたは私に友達になって欲しいと言いながら、なぜ上位者のように振る舞おうとするのです?あまりにも傲慢では?」
「ご、ごめんよ……そんなつもりじゃなかったんだ……」
僕はしおしおと項垂れて、カミラに謝罪した。
「僕は、君に喜んで欲しかっただけなんだよ」
「子分が欲しいのではなく、友達が欲しいのならば、そのアプローチ方法は変えた方が良いと思いますよ」
呆れを隠そうともせず、カミラは僕をチラリと見て端的に僕のやり方は間違っていると告げた。そして話は終わったとばかりに教科書に目線を戻したのだ。
なんと驚くべきことに、教室の中で行われたこの会話に、クラスメイト達は僕でも分かるほど動揺、もしくは恐怖して凍りついていた。
そりゃそうだろう。
「男爵家の五女が、公爵家の嫡男に何を……」
「あのコーリー様に対してなんてことを」
「あの人を怒らせたら、学校が吹き飛ぶのでは……」
そんな、彼らの心の声が聞こえてきた。うっかり口から漏れてしまったのだろうね、周りの連中が慌てて口を押さえていたよ。
彼らは僕が怒り出し、そして生徒諸共教室を破壊するのではないかと恐れていたのだろう。
だが、僕はもちろんそんな愚行は犯さなかった。
そもそも僕は腹を立ててなんかいなかったから、怒声の代わりに弾んだ声で尋ねたのだ。
「わかった。じゃあ、どうすれば君と仲良くなれるのか、教えてくれるかい?」
「へ?」
そうくるとは思わなかったのだろう。僕が満面の笑みでカミラを見ると、彼女は意表をつかれたようで、普段の冷たさの抜けた、年相応の間抜けな表情を浮かべていた。
「え!?えっと……えー、あー、まぁ、お喋りとか?」
「わかった!」
「え゛っ」
首を傾げて答えを絞り出したカミラに、僕は元気よく首肯した。
カミラは明らかに「しまった、余計なことを言った」と言うような顔をしていたけれど、僕は構わず無邪気に宣言したのだ。
「じゃあこれから毎日、たくさんお喋りしよう!」
と。
今思い返しても、男爵家の娘が、公爵家の嫡男によくもまぁあんな口を聞いたものだと思う。
学園内では身分による差別は認めない、というのはもちろん綺麗事の建前で、実際の学園は、差別も区別もバリバリの場所だ。彼女がそれを超えられるのは、彼女自身が首席入学者、つまりは僕と言う天才すら負かした、特別な存在だからだ。