私の旦那様はとんでもなくおかしい1
「頼む!頼むよカミラ、どうかこれだけでも付けてくれ!」
「嫌に決まってんでしょ倫理観狂ってんの!?」
「君に狂った哀れな男の頼みだよ!?」
「アンタみたいな男に捕まった私の方が哀れよ!!」
睨み合う私たちの間にあるのは手枷にも似た腕輪である。
なんでこんな謎の輪っかがデンと鎮座しているのか。
それは、コーリーが妙な色恋指南書を手に入れたからだ。
「ねぇカミラ、知ってる?世の中にはいろんな男女の駆け引きがあるんだよ」
「は?」
珍しく自宅でのんびり寛げる夫婦の休日。
コーリーは目をキラキラと輝かせながら、ピンクの本を片手に昼食へと現れた。
「たとえばね、いちゃつきたい心をグッと堪えて毎日一つずつ許可を出して十日目に全ての制限を解除して辛抱たまらんとむしゃぶりつくとか、わざと他の男といちゃつく振りをして恋人の嫉妬を煽ることで夜の運動会を刺激的で激しいものにしちゃうとか、それから」
「いやアンタ真っ昼間から何言ってんの!?」
無言で聞かなかったふりをするメイド達の優しさが辛い。しかも料理を超速で配膳して全員この部屋を辞してしまった。この話は長引きますと言われているようで辛い。
「せっかくの休みなのに朝から籠ってナニかしてると思ったら……そんな馬鹿な本を読んでいたの……」
深いため息とともにジロリと睨み、私はとりあえず目の前のサラダに手を伸ばす。せっかくのお料理は美味しく頂かなければ。
「これは素晴らしい本なんだよ!絶版になってるものをやっと見つけたんだ!」
「へぇー、どこで」
面倒に思いながらも、一応会話は続ける。無視するとこの男はすぐに拗ねるから、さらに面倒なことになるので……と思いながら続きを促せば、コーリーはとんでもないことを口にした。
「王太子殿下の秘密の秘蔵書が並んでる棚の中」
「は?」
誰の何の棚だと?
「まったく、殿下がこんなイイモノを貯め込んでいるなんて知らなかったよ!独占なんてありえないよね!だから、とりあえず借りてきてんだ!」
「……はぁああ!?」
コイツなんて言った!?
「どういうこと!?」
まさか王家の私物を盗んできたのかと、真っ青になった私がカラトリーを放り出して詰め寄ると、コーリーは唇を尖らせた。
「良いものは共有しないとダメでしょ?だから王太子は赤くなったり青くなったりしてたけど、まぁ……借りてきたってわけさっ!」
「おおぉ……」
キラッキラの笑顔で言い切る夫の無邪気さが恐ろしい。殿下もご存じなのね?とりあえず窃盗じゃないのね?よかった……が、しかし。
「つまり殿下は了承されてないってことでしょう!?家臣が恐喝して大事な私物を巻き上げてくるなんて、ありえないでしょ!」
「恐喝じゃないよ!?ちゃんと同意の上でだよ!」
「赤くなったら青くなったりしてたんでしょうが!無理矢理同意を取り付けるなんて、アンタ何をしたの!脅迫でもしたの!?」
「え、そりゃお花と引き換えにだよ」
「…………あーーーーーー」
お花というのが、コーリーが最近完成させた『夢薔薇』を指すと察して、私は額を抑えてその場にしゃがみ込んだ。
これはお隣の国にヤバイ花を降らせようとしているコーリーが、その実験の片手間に作った、違う意味でヤバイ花だ。
「夢薔薇は、男の夢を叶える魔法の花……、殿下も大層喜んでいたよ!」
「あぁぁぁ…………」
満面の笑みで得意げに言い切るコーリーに、私は諸々を察してしまった。思わず窓の外に顔を向け、王城に住まう哀れな貴婦人に思いを馳せる。
「さいですか。……はぁ、王太子妃殿下には頑張って頂くしかないわね……」
きっとまた来年くらいに、王子様か王女様が誕生されることだろう。王太子妃殿下も相当魔力の多い方だから、産後のお体の回復も一瞬なのかもしれないが、あまり無理はなさらないで欲しいものだ。
魔法の夢薔薇、これはざっくり言うと、夜の夫婦生活の夢を叶えるためのモノだ。頭の悪そうな品物だが、コーリーのお手間入りだけあって、割と複雑な仕組みである。簡単に説明すると、相手にして欲しいことを薔薇に念じて、その薔薇を相手に渡すと、その願いが叶う。つまり媚薬の呪い版だ。
「殿下は『なんて素敵な魔法の花なんだろう!僕はずっとやりたかったことがあるんだ!』と感謝感激していたよ」
「聞きたくなかったわね」
他人の閨事など知りたくない。次にどんな顔をして会えばいいのか。
嫌そうに顔を顰めた私の前で、コーリーはサラッと聞き捨てならないことを呟いた。
「まぁあそこは相思相愛だから、きっと大丈夫だろう」
「は?」
きっと大丈夫、だと?
「……ちょっと待って、コーリー、ちゃんと殿下に夢薔薇のリスクも伝えたんでしょうね!?」
「へ?」
「へ?じゃないわよ!!」
夢薔薇は、魔法の行使には同意を得ていないと、股間のモノが全て消滅して強制去勢となるように設定されている。この設定の解除はおそらくほぼ不可能だ。なにせこの呪いは、私とコーリーの全力なのだ。
「殿下を強制去勢することになったら、私たち大層不名誉な罪状で処刑されちゃうじゃない!!」
「それは殿下が奥さんを強姦したって触れ回るのと同じだから、あり得ないと思うよ」
「コーリィイイイイイ」
「ぅわぁ!?カミラ、怒ってる!?」
「怒ってるわよ!」
しれっと笑顔を浮かべるコーリーに私は青筋を立てて激怒した。国の未来に関わる大事じゃないの!
「アンタそこまで分かっていて、言わずに渡したわね!?王太子妃殿下の次のご懐妊を聞くまで気が気じゃない日が続くじゃないの!この馬鹿!!」
「だだだだいじょうぶだよ!あそこは我が家と張るくらいラブラブなんだから!」
「我が家と同程度じゃ十分に不安よ!常時離婚危機ってことでしょ!」
「ええええぇえええ!?」
私の暴言に大層な衝撃を受けて固まっているコーリーに、さすがに多少罪悪感を抱く。
だが、どう考えてもコイツが悪い。あと、私は三日に一度は本気で「離婚しようかな」と考える程度に許し難い案件が降ってきたり、吹き出してきたりするのだ。
この一週間だけでも、浴室や厠から見守り用の魔法蝶が現れたり、夜の夫婦生活が毎回映像音声ともに半永久記録装置に記録されていることが判明したり、下着におそらく経皮的に吸収される媚薬と思しき謎の薬品が塗布されていたり……普通に考えたら、裁判もしくは警備隊案件である。全て握りつぶして破壊したが、思い出すだけで腹が立つ。
「なんで!?カミラ、何がそんなに嫌だったんだい!?僕は君をこんなに愛しているのに!!」
「愛の名の下にしたことは全て許されると思ってるなら大間違いよ」
「そんなぁあああああっ」
床に突っ伏して号泣しているコーリーを白い目で見ながら、私は内心で新鮮に衝撃と感動を覚えた。
まさか怒らせている自覚なかったのか、この男。




