僕の女神について語ろう こぼれ話
本編(短編)の後半に付け足したコーリー視点のこぼれ話=長すぎたのでカットした部分です。
カミラの考え方は僕にとって、時折不思議だった。
たとえば『友情』だ。
友達とは対等なものだと、どちらかが優位に立っていたり、強者であるべきではないのだと、カミラは確信していた。
まるで幼児が読む絵本のような道徳感を貫く彼女を、最初は理解できなかった。世の中に平等なんてあり得ないのに、対等なんて不可能だと、そう思っていたのだ。
けれどカミラは、その後も決して態度を変えなかった。僕に一言頼めば、いや、ポロリと零せば何も頼まなくても解決するような些細な問題……研究室の合宿費だとか、新しい実験道具が欲しいだとか、参考書を買いたいだとか、流行りの店で話題のスイーツが食べたいだとか、そんなことも、全てカミラは自力で解決した。教授のお手伝いという名のアルバイトだとか、あらゆる学会発表で新人賞を取って賞金稼ぎをするだとか。そういう普通とはかけ離れた方法で、カミラは己のお小遣いを稼ぎ、友達と遊んでくれた。
そのついでに、彼女の名声は次第に、いや急激に高まっていったのだ。
彼女の認識を、遥かに超えて。
「留学!?」
「ええ、アッサー教授の母国への留学の話が出ているの。学費だけじゃなくて生活費も研究費も全部出してもらえるんですって。良い話だと思わない?」
「へ、へぇ……それはそれは……」
「ま、家族と三年は離れ離れになっちゃうから、ちょっと躊躇うんだけどねぇ」
「へぇ〜」
カミラがそう言いつつも、若干乗り気であるのを察して、僕は慌てて王家に直通の紙烏を飛ばした。その夜には王家からも紙烏で返信が来て、『頭脳の流出は絶対に阻止してくれ』と言われた。そして『君自身もどうか国内に留まってくれ』と。
よく分かったな。
カミラが行くなら僕も行こうかな、と今ちょうど思っていたところだ。
だがまぁ僕も、隣国の武器大好き戦闘最高、みたいな風潮は嫌いなのだ。カミラという叡智の塊みたいな人、彼の国には勿体無い。
だがカミラは特別扱いを嫌う人だ。彼女だけの待遇を改善するのは悪手だろう。
「さて、何が一番良いかなぁ。……そうだ」
僕は思いつきをいくつか紙にさらさらと書きつけた。それを烏にしてまた飛ばす。
「これでよし」
期限は明日と書いておいたから、今夜王宮は眠らず働いてくれるだろう。そしてきっと明日には愉快な告知が行われると期待して、僕はそのまま眠りについた。
「ねぇコーリー!これ素敵だと思わない!?」
「ん?へぇ、若手研究者への研究費支援か」
「そう!生活費と研究費の支援ですって!」
はしゃぐカミラは、僕に「申請書」と書かれている一枚の紙切れを見せてくれた。
「しかも!学会発表が五回以上と、一定レベル以上の雑誌に筆頭著者の論文が三つ、……つまりある程度の業績があれば、って条件付きだけれど、学園内に個人の研究スペースを与えてくれて、個人に研究費も貰えるの!成果次第では増額もありよ!」
普通ならそのレベルに達する頃には「若手」ではなくなっているから、ほとんど不可能な条件だ。けれど、カミラは普通ではないから、十分に達成可能な条件である。しかも、あと一歩で。
「あー!燃えてきたわ!もうすぐもう一本論文が仕上がるから、それで条件を達成したら即申請するわ!」
どうやら王家は相当頑張ってくれたらしい。昨日の今日でここまで形をととのえて、実際に制度として形にしてくれたのだ。
ほとんど鋳型は僕が作ったから、あとは承認するだけだったと思うけどね。まぁでも、みんな寝ずにハンコ押してあちこちに書類を持って行って、せっせと紙切れを刷ったのだろう。仕事が遅い彼らにしては上出来である。
「すごいやカミラ、頑張って!」
目をキラキラとさせたカミラが、「まったくもう」と呟いて、いつものように呆れ顔で笑った。
「あなたもだらだらしていないで、さっさと論文書きなさいよ」
腰に手を当てて「めっ」と幼児を叱るような顔をするカミラに、僕は顔を緩ませて舌を出す。まるで庶民の家の、甘い姉に甘える弟のように。
「あはは、だってさぁ」
ぽりぽりと頬を掻きながら、僕は柔らかな時間に甘えて、目を細めて我儘を口にする。
「研究や発明は楽しいけど、書くの面倒なんだよねぇ」
「そういうところが研究者としてダメなのよねぇあなた」
もはや、あまりにも僕は飛び抜けすぎていて、諫めてくれる相手も、叱ってくれる相手も随分前からいなかった。だから、僕にはカミラの叱責やお小言がとても嬉しくて。
「あはは、ごめんってば」
怒られたくて、つい何度も同じことを繰り返していた。だから僕のことを、カミラはとんでもなくポンコツだと信じている。僕がポンコツだというのは確かに間違いでもないのだけれど、実際、そのうちの一部は僕のピュアな甘えであった。まぁ、そのことすら、カミラには見抜かれていたような気もするけれど。




