今年の首席はいろいろすごい2級友
私の隣の席のカミラさんは、いろいろとただモノではない。
「カミラさん、公爵家のコーリー様と本当に仲が良いのね!」
今日も寮から一緒に登校してきたから、朝から揶揄いたくてうずうずしていた私は、昼休みにとうとう口に出した。
こんなに仲良しなのだもの、どこまで進んでいるのか気になる!
きっと手は繋いだわよね!ハグは?キスとか?それとも……きゃー!ハレンチ!私たちまだ十三歳なのに!
そんな脳内で妄想大爆発している私をよそに、カミラさんは一瞬複雑そうに口元を歪めてから、ため息まじりに淡々と返した。
「……別に、仲良くないわよ?」
「うそぉ、だっていつも一緒じゃない!」
あんなにベタベタしておいて何を照れてるのよー、とニヤつきながら続ければ、カミラさんはしれっと凄いことを言い放った。
「付き纏われているだけよ」
「つきまっ……ッ!?」
なんという言い方!
思わず絶句して周りの様子を伺ってしまった。
普通ならば、こんなことを言えば
「男爵家の娘ごときが公爵家の令息になんという口を聞くのだ」
「傲慢で身の程知らずな発言だ」
などと叩かれそうだが、カミラさんの言葉が聞こえたはずの周りも目を逸らして聞こえなかった振りをしている。だってコーリー様だけじゃなくて、カミラさんも十分に特別だから。
「で、でも、コーリー様が来てくださるのは、嬉しいでしょう!?」
「ちっとも?面倒なだけよ」
「うそっ、嘘よぉおお!」
「嘘じゃないわ、本心から迷惑だし、本音で言えばなんでこんな目にって叫びたいわよ」
うんざりと遠い目をするカミラさんに、さすがに能天気な私もすぐにかける言葉が見つからなかった。けれど私の肩にはこのクラスの乙女たちの夢と希望がかかっているのだ。私は気を引き締めてカミラさんに迫った。
「な、なんで?だって見初められたら玉の輿よ?」
「それって公爵夫人になるってことでしょう?」
「そうよ!?素晴らしいことじゃない!」
「えぇ〜……?」
勢い込み、鼻の穴を膨らませて力説するが、カミラさんの反応は芳しくない。そして、逆に私に向かってとんでもない質問をしてきた。
「アンナさんは公爵夫人になりたいの?」
「えええっ!?ま、まさか!」
考えるだけで血の気が引きそうである。私は真っ青になって、顔の前で両手をブンブンと振った。
「私なんかには無理よ!恐れ多いわ!」
「私も同じよ。とてもじゃないけれど無理。男爵家の五女には荷が重いわ」
あっさり言うカミラさんだが、私は納得できない。頬を膨らませてカミラさんを見上げた。
「……えぇー?そんなことないと思うけど」
「そんなことあるわよ」
「大丈夫よ!身分差なんて覆せるわ!カミラさんは優秀だもの!」
頭の中に、最近読んだ貴公子×平民や王子様×男爵令嬢などの身分差系恋愛小説のような、ハッピーエンドを思い浮かべる。
カミラさんは口は悪いけれど、とんでもない美少女だ。コーリー様と並んでも遜色ないどころか相乗効果で二人とも人外級美人に見える。二人とも、凡人とは纏うオーラが違うのだ。
「それに二人ともオーラがあるもの!お似合いだわ!」
「それ、オーラじゃなくて漏れてる魔力だと思うわよ」
「え?まさかぁ!魔力漏れなんて、私たち、もうそんな歳じゃないでしょう?」
冗談だと思ってケラケラ笑ったが、カミラさんは憂い顔で「はぁ」とため息をつく。
「あの人といると腹立つことが多くて、私もつい漏れちゃうのよねぇー、無意識下の威嚇行動なんだと思うけれど」
「……威嚇?」
「まぁそれは置いておいて」
「う、うん」
どうやらこの話題さ深く聞かない方が良いと悟り、私はおとなしくカミラさんの方を向く。そして困ったように苦笑する首席入学者に説かれたのだ。
「身分差ってのは、覆せないわよ。身分の差は明確なものだもの。無理にひっくり返せば不幸になるだけよ」
まるで甘い夢を見る子に現実を諭す親のような顔で、カミラさんは悟り切った顔で語った。
「公爵家をはじめ高位の貴族家へ嫁ぐ女性に必要とされるのは、魔力量でも魔法研究の業績でもないの。下級貴族の私たちは、そのあたりをよくわきまえて、学生時代を過ごす必要があると思うわよ」
「……カミラさんって、夢がないのね」
「よく言われるわ」
がっくり肩を落とす私に、苦笑いしたカミラさんはひょいと肩をすくめた。
「あとコーリー様に関しては向こうもそんな気はないと思うわよ」
「そうかしら?」
「そうよ」
カミラさんは聞き耳を立てている級友たちには関心も示さず、窓の外に囀る小雀達を見てふっと笑った。
「彼は、初めて見つけたオモチャに大興奮して、夢中になっているだけのお子様。そのうち飽きて忘れるわ」
「……カミラさん……?」
薔薇色の唇に美しい冷笑を湛えて、カミラさんは呟く。その言葉に込められた嘲りに、私はぶるりと背筋を震わせてしまった。
「そんなことより」
私の抱いた恐怖を察したのか、カミラさんはニヤっと笑うと私の方に向き直り、軽快に肩をすくめてみせた。
「私は研究室の方が楽しいわ」
「研究室?」
思いがけない言葉に、私はキョトンと目を瞬く。
「配属は高学年になってからじゃなかったかしら?」
「成績上位者は希望すれば入学と同時に配属してもらえるの。私はアッサー教授のところに配属してもらえたわ」
あっさりと告げたカミラさんの言葉に、私は絶句して、その後で叫んだ。
「あっさーきょうじゅ!?気難しくて弟子を取らない変わり者と有名な!?」
たしか隣国の王族出身の凄まじい美形だけれど、研究より顔についてコメントされることの方が多いと腹を立てて顔に呪いの紋様を刻んだっていう変人教授だ。
「そうなの?面接の時に教授の論文が最高にクールでイカしてるって語ったら、めちゃくちゃ喜んでらしたわよ。すごく可愛いらしい方だったわ」
「そ、そう……」
顔の紋様のことは、気にしてないんだろうなぁ。
カミラさん、自分の美貌にも大して興味ないみたいだし。
まぁ宗教画の天使だとか美の具現だとか言われているコーリー様と一緒にいて、平然としてるんだものね。
「本当にカミラさんって変わっているわね」
「よく言われるわ」
ジョークだと思ったのか、カミラさんは肩をすくめて笑う。肩をすくめるたびにくしゃりと片目を瞑る仕草は癖なのか、なんとも言えず可愛らしい。自分の美貌を分かっていないからこその、無防備な変顔の魅力である。
「美少女なのになぁ、もったいない!もうちょっと有効活用すれば良いのにぃ」
「不幸にもあのコーリー様の顔面を見る機会が多くてね。アレを見てから鏡を見て、自分が美少女とはとても思えないのよねぇ」
「……まぁ、コーリー様はねぇ……」
コーリー様、言動が突飛すぎてみんな「それどころじゃない」ってなっちゃうけど、神様の贔屓としか思えないような、凄まじい美形だからなぁ。
「ま、どうでもいいけど」
「そっかぁ」
本当にどうでもよさそうに呟いて、次の講義の準備を始めたカミラさんを、私はぼんやりと眺める。
あの変態変人奇天烈奇才、ととても公爵家のご子息に対してとは思えないような枕詞をつけて形容されるコーリー様と並んでも、勝るとも劣らない鬼才のカミラさんには、私みたいな凡人の考えることは本当にどうでも良いのだろう。残念だ。並んでいるとすごく綺麗でお似合いなのになぁ。
綺麗といえば、今年の入学生には本当に美形が多いと思う。王太子殿下、殿下のご学友の皆様、殿下たちの婚約者様方、それからカミラさん……みんな本当に美男美女である。
特に王太子殿下だ。
殿下はなんというか、とても口には出せないけれど、ちょっと残念でお可哀想なお方だと思う。殿下はすっごくカッコよくて素敵なのに、コーリー様が派手に……というか、変に悪目立ちするせいで、印象が霞んじゃうのよねぇ。
あんなに完璧な王子様なのに。
この学年じゃなければきっともう、もっともっとキャッキャ言われたと思うもの!
それにコーリー様が何かしでかす度に、なぜか殿下が尻拭いしてらっしゃる気がするし……この学年に入学してしまったばかりに、殿下は心労が多そうで心配だわ。
臣下としては、苦労性の殿下には本当にお幸せになってほしい。
まぁ、私みたいな貧乏子爵家の娘が心配することじゃないんだけれどね。




