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1『腐れ縁の公爵令息から初夜達成を条件に契約結婚を迫られていますが、離婚してくれなさそうだから嫌です!』

「え、絶対嫌ですけど?」

「なぜだ!?」


目の前の超絶美形令息が提示してきた『うまい話』を、私は猜疑心丸出しの半眼でお断りした。


「カミラ、なぜ断るんだ!?」

「いや意味がわからないので普通に無理です」


目の前の男は、国で一番威勢が良い公爵家のご令息であり、腐れ縁の友人でもあるコーリーだ。彼が提示してきた条件はざっくり言うとこうだ。


・コーリーと結婚する

・コーリーと初夜を達成する

・初夜達成以外に条件はない

・カミラに公爵夫人の業務は負担させない

・カミラの自由を約束する

・二人でいつまでも幸せに暮らす


「だって不可能でしょ」

「どれが?」

「全部!!」


どれもこれも不可能だろ馬鹿なのか。

私はしがない金なし男爵家の五女だ。公爵家に嫁ぐとかあらゆる面で無理すぎる。


「初夜だけ達成すれば君は晴れてお役御免だぞ!?あとは悠々自適に暮らすだけだぞ?」

「いやいや、どうやって?コーリーと結婚した時点でいろいろお役目も降ってくるでしょうが」

「大丈夫だ!一切やらなくていい!君には自由を約束する!」


何を自信満々に言い放ってるんだコイツ。公爵家嫡男の妻が引き篭もりで遊び暮らしてたら国中で非難囂囂の笑い物だろうが。

それにそもそも、コーリーが約束してくれるという自由ってのが信用ならない。


「この契約書の自由って、公爵夫人の業務からの自由でしょう?それとも初夜だけ達成したら離婚してくれるの?」


離婚を確約してくれるなら、この話に乗らないでもない。しかし、コーリーは眉を顰め、極めて難解な問題にでも向き合うかのような険しい顔で首を振った。


「……いや、それは分からん。なにせ体を重ねると情が芽生えると聞くからな。抱いたら好きになるかもしれんから約束できん」

「なんだそれ」


やっぱり全然信用できない。


「でも公爵夫人としての面倒な業務はやらせない」


必死に言い募るコーリーに、私はもはや呆れてため息しか出ない。やらせない、というか、私にその仕事は出来ない、の間違いだろう。


「まぁ男爵家の五女には無理だものね」

「うーん、まぁ君の性格的にも向いていないだろうしな」


コーリーは言葉を選んでくれているが、生まれ持っての地盤がない私は、当然ながら人脈もない。本人の能力や資質なんかより、公爵家に嫁ぐ上で必要なのは家の力だ。私にはそれがさっぱりない。


「じゃあ初夜達成の後はどうするの?愛人になれと?」


契約書でパタパタと扇ぎながら投げやりに尋ねれば、コーリーは真面目な顔で否定する。


「情がうつった女を愛人にするわけないだろう」

「じゃあどうすんのさ」


話にならない。私は契約書をバサリと近くの机に放り投げ、テーブルの上のティーセットを行儀悪く引き寄せた。コーリーの真面目な性格を表すようにきちんと綴じられていた書類は、適当に投げてもバササササっと音を立てながらきちんと着地している。横目に見てもそこそこの厚みがある紙の束だ。私のメリットを延々と書き綴ってあって、無駄に長い。


「相変わらずコーリーって夢見がちよね。現実見てよ」

「君は現実主義すぎるよカミラ」


嘆きながらコーリーが手を差し出す。


「同級生のよしみじゃないか。ここは手を結ぼうよ」

「同級生ってだけならもっと候補はたくさんいるでしょう」

「僕の情けなさをよく知っている君が良いんだよ。じゃなきゃこんなお願い、出来やしない」

「……はぁ、ほんとうに情けない……」


この公爵令息との付き合いは意外と長い。入学式に行こうとして道に迷っていたこの馬鹿を助けてやった日から、丸五年だからね。

見た目が完璧すきて中身がポンコツなことを周りが気づかず、半泣きで講堂を探して彷徨っていたのを察して助けてやったのだ。




「入学生の方ですか?」

「そ、うだが」

「もしよろしければご一緒しても?私、あちらの講堂で合ってるのか心配で」

「!あ、あぁ、是非一緒に行こう!そうかあっちかあれかあそこか、小さくて分かりにくいな!」

「ほほっ、私は大きすぎて分かりませんでしたわ、さすが国立王都学園ですねぇ」

「はっはっは!そうだな!」




本当に初対面からポンコツだったな。


だが、当時十三歳にして見事な紅顔の美少年だったコーリーは、現在壮絶な色香を誇る美男子である。相変わらず外見だけは最強だ。中身がこんな残念童貞だとは、誰も思うまい。

なんなら社交界では、あらゆる美女を袖にしている罪作りな遊び人と言われているらしい。絶対見かけ倒しの外見のせいで噂が暴走しているんだろうなぁ。

だがまぁ、学生時代の友人であっただけの私には関係のない話だ。


「私は五年以内に未亡人にしてくれそうな爺子爵の後妻になって、さっさと金のある余生を送りたいのよ。邪魔しないでくれる?」


なぜか顔見知りになってしまっている公爵家の有能な侍女が丁寧に淹れてくれた紅茶を、まずは上品に啜る。いい具合に温かったので、二口目からは威勢よくごくりと飲んだ。私は猫舌なのだ。


「その目的で選ぶのがバイヤー子爵ってのが納得いかんのだ!あの好色ヒヒジジイに嫁いだら何されるか分からんぞ!」


目の前でコーリーは端正な美貌を歪めて、憤懣やる方ないとばかりに怒り狂っている。だが、そんなの承知の上に決まっているではないか。


「いや、結婚するんだから当然でしょ。処女のまま結婚生活クリアできるとは思ってないわよ」

「ああああ!なんでそんなに妙なところで物分かりが良いんだ君は!」


男爵家の五女が貴族の家に嫁げるだけでラッキーなのだが、そんなこと分かっていないのだろう。いや、分かっていても「カミラには勿体無い」と怒るのだろう。コーリーは()()()を高く評価してくれているから。


「白い結婚なんか期待してないわよ。一度しかない処女はなるべく高く売りたいの。私は処女を支払う代わりに、優雅な余生を手に入れる。完璧な計画よ」

「どこが完璧だ!カミラは自分の価値を安く見積もりすぎだよ!君は自分の身をもっと大事にするべきだ」


ほら、やっぱり。

学生時代から相変わらず、コーリーは面倒な正義感と道徳心をお持ちである。さすが良いとこの坊ちゃんである。


「あと嫁入り前の娘が何回も処女って言うな!そこは清い体とかなんとか言い換えろ!」

「あーもーうるさいなぁ」


お目付役の如く面倒臭いことを言い出したコーリーに、私はうんざりと息を吐いて、サクッと話の主導権を奪い返した。


「別にいいじゃないー、平民糞女のハニトラを一緒に潜り抜けた仲でしょ?ベッドの中まで助けに行ってやったでしょ?」

「うっ」


過去の黒歴史、もはやコーリーにとっては暗黒歴史とも言うべき話題を引っ張り出すと、コーリーは顔色をなくして体を小さくした。


「やめろ、思い出させるな!」

「大変だったわよねぇ、あの頭髪も脳内も桃色な女の相手をするのは……」

「うわぁああ!言うなッ」


コーリーは学生時代の三年間、なぜか己をこの世の主人公だと信じるピンク頭のアホ女に絡まれ続けたのだ。そして卒業前夜には、どうやったのか男子寮の中に忍び込まれて夜這いを仕掛けられ、大変な羽目になったのである。


「ううっ……いや、あの時は本当に助かった……」


項垂れるコーリーを半笑いで見ながら、過去に思いを馳せる。

卒業前夜。なぜか食事に睡眠薬を仕込まれていたらしく、目が覚めたら四肢が寝台の柱に拘束されていて絶望していたコーリーを助け出したのが、私である。




「えっ!?なんで続編の主人公がここにいるの!?設定の崩壊じゃない!?」

「ピンク頭さん、うるさいので黙ってくださる?」

「いや、だからなんで!?そんなのいやよー!!このタイミングで現れるキャラじゃないのにおかしうぐっむー!」

「お黙り」


意味不明の内容を喚きながら、雄叫びのような悲鳴をあげる平民女を、私はとりあえず護身術を応用して抑え込み、猿轡を噛ませた。これ以上この場に人を集めてしまい、高貴なご令息のあられもない痴態を他人に見せるわけにはいかなかったので。


「さて、これでよし。コーリー、大丈夫?未遂?」

「み、未遂だ!」

「間に合ってよかったわー」


縄でくくりあげた平民女を放置して、素っ裸のコーリーにシーツを被せてやる。その後に拘束を解いてやれば、半泣きでお礼が言われた。


「あ、ありがと……カミラ……」

「気にしないで。ひとまずここを片付けましょう」

「あの、……見た?」

「気にしないで。ひとまずここを片付けましょう?」


恐る恐る聞いてきたコーリーに、私はにっこり笑って同じセリフを繰り返した。私の意図を察して、がっくりと肩を落としているコーリーに彼の服を押し付け、私は朗らかに続けた。


「早くしてちょうだいな。これ以上男子寮にいると、私まで変態認定されかねないもの」

「そ、そうだね」

「こんなに品行方正に生きてきたのに、変態扱いされちゃ堪らないわ!就職に差し障るじゃない」

「そ……そうだね……ごめんね……」


落ち込んだコーリーが涙目で、私を上目遣いに見上げて呟いた。情けなくて、大層可愛い顔で。


「今日見たものは、誰にも言わないでね」

「もちろんよ」

「助けてくれてありがとう、カミラ」

「……気にしないで。友達でしょう」


悲壮な顔で半泣きだったコーリーの精神状態を考慮し、必死に真面目な顔を取り繕って対処したが、帰室して一人になってから爆笑した。

外面は完璧で、完璧令息とか言われてるくせに!あの間抜けな姿と、可哀想で情けない顔と言ったら!私がいなかったらどうなっていたことかと思うとわりと恐ろしくもあるが、でもまぁ未遂で助かったのだから良いだろう。

コーリーも大して気にしていなかったようだし。

……と、思っていたのだが。




()()で、完全に初夜不能の呪いかけられちゃったのねぇ」

「初夜失敗と言ってくれ!聞こえが悪い!」

「私たちしかいないんだからいいでしょ」


テーブルの真ん中に鎮座する茶菓子を手元に引き寄せ、遠慮なく頂戴する。コーリーが食べる気のなさそうな茶菓子ばかりだから構わないだろう。これは私向けのチョイスだ。


「あれ以来どんな魅力的な女がやってきても、寝室では恐怖に震えて役に立たないんだ」

「うーん、大変ねぇ」


悲壮な顔で打ちひしがれているコーリーには悪いが、私も己の破瓜がかかっているので気軽に了承しかねる。


「でもコーリー、高等研究機関に進学したんだから、卒業はまだ来年でしょ?もう少し猶予はあるじゃない。なんでそんなに急いで結婚したいの?」

「卒業したら二十歳、もう時間がないだろう!?」

「男はそうでもないんじゃない?」

「高位貴族は婚約も結婚も早いんだ!それまでになんとかしとかなきゃ!」

「へぇー」

「今まで婚約者なしで許されていたのが奇跡だ!早く対応しないと大変なことになる!」


なるほど、奥さんに不能であることがバレてしまうのか。というか、婚約者に不能であることを事前にお伝えしなければならなくなるのか。家同士の結びつきなのに、あとから子作りに問題があると判明したら一大事だものね。


「ありゃー、役立たずな息子を持つと大変ね」

「そんなことないからな!一人の時はちゃんと気合い入れて立ち上がるんだからな!」

「ふぅーん」


完全に駄目ってわけじゃないなら、そのうち回復するんじゃないの?と他人の私は思うけれど、本人にとっては一刻を争う一大事なのだろう。知らんけど。


「てか卒業早々に結婚して、そのまま離婚歴ありになってもいいの?」

「初婚という条件は男にはそんなに必要じゃない」

「身勝手ぇ〜、女の私はどうなるのさ」

「早く死にそうな爺と結婚するつもりの君には言われたくない。あと離婚するかどうかは結婚してから考える」

「私の希望条件とは違うなー?」


コーリーのご希望ばかり言われても困る。

離婚の約束さえしてくれれば、契約結婚しても構わないんだけどねー。……いや、よく考えたら。


「と言うか、結婚にこだわらなくても、要はヤッちゃえば良いのでは?」

「は?」

「だから、私と結婚なんて面倒な手間をかけなくても、どっかのご令嬢との初夜本番の練習がてら、娼館行って童貞捨ててきなよ。そうすれば呪いも解けるって」

「そんな簡単に言うな!見知らぬお姉様に手解きされるなんて繊細な僕には無理だ!それに僕はわりと有名人なんだぞ!?」

「守秘義務あるでしょ」


自意識過剰な青少年を白けた目で見るが、コーリーは真顔で真剣だった。


「無理だ……陰で『公爵家の完璧令息、息子は本物の愚息』とか言われたらと思うと耐えられない」

「……っふ」


きっと切実な悩みなのだろうが、あまりの語呂の良さに思わず吹き出しかけた。なんとか堪えたが、私が笑いを堪えて震えていることを察したコーリーに恨めしげに見つめられる。仕方ないでしょ面白かったのよ。


「完璧令息ねぇ……その二つ名、さっさと返上しなさいよ?学生時代から使われてるじゃない。そろそろ飽きない?」

「無理だ、今更」


喜んでいるわけでもなさそうなコーリーは、疲れた様子で首を振った。


「一度手に入れた名声をつつがなく手放すのは難しいよ。落ちぶれた印象を持たれてしまうからね」

「学生時代にあなたが()()だったのは、半分私のおかげでしょうに」


コーリーのあらゆるポンコツ言動を、私が綺麗にフォローし尽くしたからこそである。


「その通りだよ、心から感謝してる。あと君が居ないせいでメッキが剥がれそうでマズイから早く戻って来て欲しいです」

「さすがに正直すぎて笑っちゃうわよ」


私の両手を掴んで切々と語りかけてくるコーリーに、私は断った上でケラケラと遠慮なく笑った。本当に正直な奴だなぁと呆れる。

私が笑い終わるのを苦笑しながら眺めていたコーリーは、ため息を一つ吐いて真面目な顔で続けた。


「それは冗談としても、社交界では噂も命取りなんだ。平民の間なら面白おかしい冗談で済んでも、僕にとっては全てを失いかねない大打撃となりうる。下手な相手に知られるわけにはいかないんだ」


そして澄んだ瞳でじっと私を見つめてくる。言いたいことはよく分かったから、私もはぁ、とため息を一つ吐いて、己を指さして首を傾げてみせた。


「えー……だから私?」

「そう、だからカミラ、君だ」


力強く頷いて、コーリーは熱く語った。


「君のことは僕は誰よりも信頼している。そして君になら、どんな姿を見られてもダメージがない」

「なんでよ。使い物にならん愚息を恥入りなさいよ」

「君なら笑わないだろ?」

「いや笑うわよ、遠慮なく大爆笑するわよ。いいの?」


私の言葉にコーリーは困ったように笑って、「それでも良いよ」と頷いた。


「多分、君になら笑われても平気だと思う」

「なんでよ」

「君に馬鹿にされるのは問題ない」

「被虐趣味なの?良いところのお坊ちゃんに多いって言うわよね。女王様探したら?」

「話を逸らさないでくれるかい?わかってるくせに、意地悪だな」


コーリーが不貞腐れたように唇を尖らせて、拗ねたように睨みつけてくる。


「僕は、君のことを誰よりも認めている。自分より優れていると思う相手になら、笑われても気にならないということだよ」

「……あーもー」


恨めしそうに見つめてくるコーリーに、私はため息が止まらない。


「はぁ……まったく。しょーもない人ね、相変わらず」


差し出されたのは、あまりに無防備で純粋な本音だった。高価な身分のご令息とは思えないあけすけな好意に頭痛がしてくる。


「あーもーーー」


うんざりした顔で、私は自分の眉間をぐりぐりと押した。頭痛を治めるために。そしてついでに、ついついにやけそうになる顔を隠すために。


「私は他人で、あなたのお姉さんでもお母さんでもないんだけど」

「そりゃ姉や母に筆下ろしは頼まないさ」

「ああ言えばこう言う」


まったく、甘えん坊も大概にして欲しい。そう思いながらも、私はわりと絆されていた。


「頼むよカミラ、一生のお願いだ」

「下手すると一生拘束されそうだから嫌よ。あなた、気に入ったおもちゃは手放したくないタイプの甘えん坊なんだもの」

「えー」

「……でもまぁ、筆下ろし()()ならいいわよ」

「え?」


情けなくて可愛い友人のために、一肌脱いでやってもいいかなと、思わなくもない。


「なっ、や、あの、え!?」

「あと報酬は弾んでよ?結婚しなくても一生生きていけるくらいにはね」


破瓜を捧げるというのは、嫁ぎ先を失うこととほぼ同義なのだから、それくらいはお願いしなくては。


「え?え?ええ!?」

「何?不満なの?」


ジロリと睨め付けると、コーリーは動揺丸出しに縋りついてきた。


「やっ、あの、いや、えっと、け、結婚はしてくれないの?」

「しないわよ面倒くさい」


しどろもどろの問いかけを、私はバッサリ切って捨てる。


「なんで!?年寄り好色爺より僕の方がマシでしょ!?」

「マシとか情けない語彙使ってんじゃないわよ、未来の公爵閣下が」


雲の上の存在になるはずのコーリーなのに、いつもあまりにも距離感が近すぎる。こちらも色々誤解してしまいそうになるからやめて欲しい。


「はぁー、てかアナタだって、男爵家の五女と婚姻歴ありとか、無駄な経歴汚しでしょうが」

「で、でも婚前交渉なんて、そんなのふしだらで破廉恥だよ!」

「ふしだらも破廉恥もなにもないでしょ、自分が頼んできてる内容を振り返りなさい」

「ぐっ」


自分の頼み事を思い返して反論の言葉をなくしているコーリーに、私はこれで話は終わりだとばかりに立ち上がった。


「じゃ、そういうことで。筆下ろしのみの契約書に作り直してからまた呼んで」

「嫌だよそんな……えっと、風情がない!」

「風情ぃいい?」


胡乱な目で見ている私を、真っ赤な顔をしたコーリーが必死の形相で引き止める。


「せ、せめて恋人、契約恋人でどうだろうか!?」

「恋人ねえ」


また新しい面倒な手間をかけようとするのか。高貴なお方の日常というのは須く手間がかかるものと聞くが、もう少し即物的で効率的になった方が良いと思う。


「恋人って何するの?」

「そ、そりゃデートしたりとか」

「却下」

「なんで!」

「噂になるでしょ、人に見られるのは嫌よ」

「なんでさ!?前はよく出歩いてたじゃないか」

「学生時代はね。生徒会長と会計というお仕事もあったし、私も最優秀生徒とか貰っててそれなりに立場も対等と言えたから。でも」


薄く笑って、私はコーリーはしっかりと見据えて口を開いた。


()()()()でしょ?」

「カミラ……」


言葉をなくすコーリーに、私は肩をすくめて苦笑する。


「今の私たちは、高等研究機関で研鑽を積む優秀な公爵家の嫡男と、単なる義務教育課程の学園を卒業しただけの男爵令嬢よ。釣り合いが取れないって言ってんの」


これは卑下することもない、ただの事実だ。


「……研究者として、君の方が優秀だと、僕は知っている」

「でも私には、お金がないもの」


苦しげに絞り出されたコーリーの言葉に被せるように、私はあっさりと言い切った。


「分かってるでしょう?研究にはお金がいるの。生まれ持った能力も、生まれた家の力も、才能のうちよ」

「家の力、なんて」

「ははっ、甘っちょろいこと言わないで?」


否定しようとしたコーリーの言葉を叩き潰すように、私は嘲笑った。


「生まれ持って、私は優秀だったわ。努力してこの能力を得たわけじゃないの。能力があったから努力できただけの話」


聞きようによっては傲慢な、けれどこれは、事実に裏付けられた台詞だ。私は私の能力に揺るぎない自信を持っている。私は学園で、誰よりも優秀だった。この目の前にいる、銀の匙を咥えて生まれてきた、とてつもなく優れた男よりも。


「でも、個人の持つ能力も、その人の家の力も同じようなものよ。私たちは無から()()()()()()で生まれるわけじゃない。何もかも、親から受け継いだものでしかありえないのよ」

「それは……そうだけれど」


どう反論して良いか分からないのだろう。恵まれて生きてきたコーリーが、私のような叩き上げの皮肉屋と口喧嘩して勝てるわけがないのだ。


「どうでもいいから、さっさと契約書作り直しなさいな」


書き物机から取り上げた厚みのある契約書を、バサリとコーリーの目の前に叩きつける。


()()()()()を解きたいんでしょ?」


そしてどこかのご令嬢と結婚して、幸せに暮らせば良いのよ。







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