6.蜘蛛を求めて森の奥
今日も森の中で蜘蛛探し。
前回ログアウト後に色々調べてみたけど、森に入った時にあったボス級は結局わからずじまいだった。攻略サイトでも秘密の羊村にたどり着いたプレイヤーはまだいないみたいだったし。この村は初期スタート地点からかなり離れているか、見つけられていないかのどちらかだろう。名前に「秘密」ってついてるくらいだし。
ランダムスタートはロストしまくる代わりに簡単に行けないレアな場所からスタートできるみたいだけど、まだ他のプレイヤーもスタート地点周辺から出れていないし、こういう場所は地図にのっている確率は低い。メガロドンのいた場所もわからないだろうし、ソーンさんとサモくんのいる場所も簡単には行けないんだろうなぁ。結局自分でプレイしてみるしかないのだ。
ただ、悪い情報だけではなかった。デスペナルティのことだが、このゲームには何とデスペナルティは拠点への強制送還しかなかった。その場で復活できないのは手間だが、アイテムや所持金が減る仕様はないようで安心した。ボスと会ってしまっても、死ぬだけで今のところデメリットはない。
心置きなく死ねるということが分かったし、さっさとクエストをクリアして装備をてにいれますか!
と思っていたんだけど、目視で見つかるのは蝶や蛾の目立つ虫エネミーばかり、蜘蛛はあっちが不意打ちをしてくるまで見つけるのが難しいのだ。
蜘蛛って糸で巣を張るイメージがあったけど、この森で蜘蛛の巣を見たことがない。木の上の高いところに巣を張っているか、巣を張らずに木で生活しているタイプかもしれない。
「うーん。さくっと終わらせると思ってたけど、このクエスト時間がかかるかも……。」
蜘蛛以外のドロップに≪蝶の羽≫とか≪鱗粉≫≪虫の牙≫なんかも集まっているし、これらを売ってゴルドで装備を買ったほうが早いかも……。でもクエスト未達成っていうのも気持ち悪いし。
…………時間はかかるかもだけど、クエスト達成するか。今後人間の街に行けばゴルドは沢山使うだろうし、少しでもとっておきたい。
となると、蜘蛛が不意打ちをしてくるまで森にいるか。ついでに森の奥まで行ってみようかな。
◇◇◇
蜘蛛の出現を求めてどんどん森の奥へ向かっているけど、周りは代わり映えのしない風景ですっかり迷ってしまった。目印でもつけて歩けばよかった。
でも奥に来たおかげで、何回か蜘蛛が出てきて小瓶も四本ゲットできた。これで合計八本、あと十一本だ。
ほとんどの戦闘で不意打ちされているとはいえ、慣れてきたし体力はまだ余裕がある。まだまだ奥のほうに進んでみよう。と足を踏み出した時、
「ん?」
フワッと甘い匂いが漂ってきた。
「なんだろ……、どこかに蜂の巣でもあるのかな。」
こんな森の中の甘い香りなんて、蜂蜜くらいしか思いつかない。
蜂にはまだ遭遇していなかったな。蜂蜜があるなら取りたいけど、刺されたら確実に毒状態になりそう。
とりあえず匂いが香るほうへ向かってみる。死んでも拠点に戻るだけだし、道に迷っているし丁度いいかもしれない。
どんどん甘い匂いは強くなっていく。周りを見ると私だけでなく蝶や蛾も香りのほうにフラフラと飛んでいく。
なんだろ、蝶とかって蜂蜜に寄ってかないよね? なんだか不安になってきた。
不穏な気配は感じつつも歩き続けていると、甘い匂いが一等強い場所に出た。
「うわっ」
それは木からでていた。蜂蜜を鼻先に突き付けられたような、むわっとした甘い匂いが鼻にへばりつく。
「なにこれ……。」
見た目も異常だ。木の幹がうごうごと波打つように動いているのだ。よくみると幹の表面が見えないほど虫でびっしりと覆われている、気持ち悪さに鳥肌が立つ。
気持ち悪いんだけど、チャンスでもある。木についているのは蝶が多いんだけど、蜘蛛や百足も集まっている。ここで蜘蛛を一気に叩いて、ドロップを大量入手できるかもしれない。
多分この木は、甘い匂いを出して虫を惹きつける、プレイヤーに用意された虫大量入手スポットじゃないだろうか。他のゲームでもそういうスポットが用意されている時がある。
虫を刺激しないようにゆっくり近づいて見ると、今まで見たことのないカブトムシやクワガタムシもいることが確認できた。
絶対レア虫だ! ドロップ品もレアものかもしれない!
じりじりと近づき、ナイフを振り上げると、
ぐるりと視界が回った。
「は」
一瞬何が起きたのかわからなかったが、地面が急速に離れていくのをみて直ぐに我に返る。
足首に何かが巻き付いていて、それに引っ張られたのだ!
「な、何が!」
頭を起こして足首を見ると、茶色くて長いごつごつした紐のようなものが巻き付いている。
これは……。
その時、メキメキと何かが動くような音が聞こえた。狙っていた虫たちがあちこちに散らばり、逃げ出していく。
目を向けるとそれは地面に突き刺さっていた根をずるりと抜き、先ほどまで動いていなかった枝や蔓ははうねうねと蠢く。
なんで私はこれをボーナススポットだと思ってしまったのか。こいつは食虫植物のように甘い匂いをだして生き物を誘い捕食する、食人木だ。
食人木。マダガスカルの木。デビルツリー。ヤ=テ=ベオ。樹木子。
呼び名は沢山あるが、全部人や大型の動物を誘い殺して捕食する伝説上の植物だ。
食虫植物が虫を誘い出す様に、私は甘い匂いと虫につられてまんまと罠に嵌ってしまったのだ。
これはヤバいのでは!?
不幸中の幸いか手放さなかったナイフで、足首に巻きついている枝を切り落とそうとするが
「うわわ! くそっ!」
足首を掴まれたまま、ぐるんぐるんと振り回されて、上手く枝に当たらない。
このままだと……!
そのうち足首以外にも枝と蔓が巻き付き、体が動かない様に固定されてしまった。
食人木はゆっくりと近づいてくると、ミキミキと音をたてて幹の先が縦に割れていき、割れ目からは私の頭と同じくらいの大きさの丸い球根の様なものがでてきた。
私は見ていることしかできない。なんとか脱出しようともがいても、締め付けが強くなるだけでびくともしない。
球根がガバッと口を開く、頭が口元に持って行かれると、びっしりと牙の様なものが生えているのが見えた。
そしてそのまま目の前が真っ暗になった。
▽ プレイヤーがロストしました。拠点へと戻ります。
気がつくと羊小屋で倒れていた。
拠点が出来てからの記念すべき初ロストなわけだが……。
…………私はロストしても全然平気だと思ってた。
デスペナルティが重いわけではないし、ロストも慣れたし、何よりゲームだしまたやり直せばいいなんて、思っていたのだが。
これは、何というか……、このゲームに結構ハマっているからかもしれないが…………悔しいな。
罠に嵌ったのも、何も出来ずに死んだのもなんか悔しかった。
「メエ?」
「あ、ごめん。大丈夫。」
倒れたままなのを、羊が心配して寄ってきてくれた。そのままモコモコの毛を撫で回す。
「メエ〜、メエ〜。」
よし、決めた。この悔しさは解消するべきだ。やってやる。
「リベンジだ!」
「メエェ! メェェ!」
よく分からないけど、頑張れよ。そう言われている気がした。